フクマ - 日下部 雅(シリウス)①
「敵襲だ、先ずはボラギノールを挿れようか」
僕は、恐怖で震える人間たちにそう言った。
我ながらオサレなセリフだね。よく思いついたものだ。
だけど、恐怖に浸食された彼らに、僕の名言はまるで響いていないようだね。
そして、この新幹線とやらの上から感じるこの気配…。
途轍もなく禍々しいものだけど、何だろうね。得体の知れない気配だ。
水瀬「シ、シリウス…」
知力に長けた人間、水瀬が震えるか弱い声で僕の名前を呼ぶ。
彼や他の“BREAKERZ”も例外なく、恐怖を感じているようだね。
どうやら、人間には相当キツい気配らしい。
僕自身、何も感じないかというと、それは嘘になるけど。
どちらかというと、恐怖より興味の方が湧いてくる。
こんな気配より、イボ痔の方が何百倍も心配だ。
“おっちゃん”と名乗る空間の神は言っていた。
憑いた人間が死に至れば、憑神も消滅すると。
イボ痔に日下部が殺されたら、僕も消えるということさ。
僕は右手に挿すタイプのボラギノールを握り締め、ガクガクと身体を震わせる水瀬にこう言った。
「上に行って見てくるよ。君たちに危害を加えようものなら、僕が制圧する」
お尻に痛覚を感じながらも、僕は立ち上がる。
さて、新幹線とやらの上に行くにはどうしたら良いんだい?
僕は天井を見上げながら考えた。
天井を赤い放屁でこじ開ける?
いや、それは恐らくかなり目立つ行動となるだろう。
目立たない行動とは何なのか。
それは、多数の人間が当たり前のようにやっていることだ。
普通の人間が新幹線とやらの上にのぼる際、どういった手段を用いるのか。
新幹線に乗ったのは今回で2回目。
上にのぼろうとした人間はいなかったけど、ほとんど……いや、全ての人間が開く扉を通って出入りをしていた。
つまり、目立たず上るにあたって、扉を介して外へ出るのがマストというわけさ。
僕は痛覚を訴えるお尻を撫でながら、新幹線の扉へと向かった。
そして、左右に開く扉の取っ手に手をかける。
…………。
開かないね。
人間の腕力では開けないのか、日下部の腕が貧弱すぎるのかどっちだろう?
まぁ人間の力で無理なら、神の力でこじ開ければ良いさ。
物理的な力を自在に加える赤い放屁、臙脂蒙昧屁。
この放屁を使えば、容易く開けられるだろう。
まずは、扉をこじ開ける前に…。
僕は日下部が履いているズボンを下ろし…、
「痔には、ボラギノールッ!!」
右手に持っていたボラギノールを肛門に挿入した。
「アッ…///」
これで、しばらくは放屁を使っても平気だろう。
それにしても、意図せず出るこの変な声はいったい何なんだろうね。
神である僕にとって、人体というのは謎多きものだ。
水瀬「シ、シリウス…。行くのか?」
ズボンとパンツを下ろした僕の後ろから、水瀬の声が聞こえてきた。
その震える足で良く立てたね。
僕は少しばかり感心しながら、後ろに振り返る。
「あぁ、行くさ。僕以外に動けそうな者はいないみたいだしね」
淡々とそう話した僕とは対照的に、彼はとても怯えているようだった。
水瀬「き、気をつけて。後、もうズボンは下ろさないで。そろそろ通報されるよ」
あぁ、そういえばこの行動も目立つと言っていたね。
全く人間って奴は…。目立つ行動、多すぎないかい?
僕は彼に言われたとおり、パンツとズボンを上げた。
そして、両手を広げてあの放屁の名前を呟く。
「臙脂蒙昧屁」
肛門から発生した赤い放屁を一度両手に集め、それらを目の前の扉に向かわせた。
放屁は僕のイメージ通りに動いていく。
赤い放屁が扉を覆ったのを確認し、僕は右手を軽く払った。
ギギ……ドンッ!
かなり頑丈に閉まっていたみたいだね。
強制的に開かれた扉は大きな音を立て、冷たく強い風が車内に舞い込んだ。
これが“寒い”という感覚か。
自然と身体が震えるね。
「少し席を外させてもらうよ。留守番よろしく」
僕は水瀬や“BREAKERZ”の皆にそう言って、宙屁で飛び立った。
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地面を蹴って新幹線から飛び立った僕は、すぐに体感した。
新幹線という人間を運ぶ物体は途轍もなく速いということ。
通常通りの宙屁では、すぐ置き去りにされていただろうね。
飛び出した瞬間に理解した僕は、いつも以上に放屁を勢い良くかつ大量に噴射させた。
そのお陰で、僕は新幹線のスピードに着いていけている。
僕の咄嗟の判断と、ボラギノールが無かったら終わっていた。
こんな凄まじい噴射、病魔が黙っていないだろう。
それに、この飛行速度は…。
“宙屁・迅翼”にも勝るかもしれないね。
新しい名前が必要だ。
そして、ちょうど新幹線の真上で飛んでいる僕には、日下部の目を通じて、彼が見えていた。
一応、人の形は為しているようだけど…。
彼が放つ邪悪なオーラが人間ではないと主張している。
黒い眼鏡を掛けているようだけど、それも紛い物。本物ではないだろう。
そして、全体的に暗い影のようなものが落ちている。
肌が黒いのかと思ったけど、そうではないようだ。
仮に黒くても、見分けがつかないね。
新幹線の上で立っている彼は、前方を見据えたまま微動だにしない。
上空から見下ろしている僕にも気づいていないようだ。
まずは、僕も降り立って初対面のご挨拶といこうか。
そう考えた僕は高度を落とし、高速で動いている新幹線に近づいた。
あぁ、大丈夫さ。
ちゃんと理解している。
僕は、力の神だからね。
このまま新幹線に足を着けたら、日下部の身体は壊れてしまう。
速ければ速いほど…、重ければ重いほど…、力は強くなる。
新幹線は人間よりも遙かに重く、遙かに速い物体だ。
人体というのは、己が持つ器以上の力に耐えられないものさ。
人間は知恵を絞って道具を生み出し、より大きな力を手に入れた。
その知恵の産物である新幹線に、この身体が壊れることなく足を着けるには、僕の補助が必要だね。
僕はゆっくりと新幹線に近づき、足底が触れるか触れないところでこう呟く。
「臙脂蒙昧屁、靴底へ」
その言葉と同時に、肛門から出ていた無色の宙屁は赤い放屁に変化し、日下部の靴底に張り付いた。
そして、飛べなくなったこの身体は、重力に従って新幹線の上に着地する。
上手くいったよ。
僕が操作している日下部の身体に損傷はない。
理屈は簡単さ。
着地した際に加わる力を臙脂蒙昧屁で相殺したんだ。
“相殺した”というより、ここに立っている間は“相殺し続ける”と言った方が正しいか。
え、計算はどうするのかって?
さっきも言ったけど、僕は力の神だ。
あえて言葉で言うなら、直感で感じて即興で放屁を調整している。
僕に“物理基礎”は必要ない。
新幹線に降り立った僕は、こちらを見据えた彼と対面した。
彼は嫌でも僕を認識しただろうね。
僕の好奇心とは裏腹に、日下部の身体は震え出す。
そんなよくわからない状態で、僕は彼に声を掛けた。
「やぁ、初めまして。皆を怖がらせているのは君かい?」
僕の言葉に対しても、彼は微動だにしない。
無視されるというのはあまり良い気がしないね。
僕のことに全く興味がないということかい?
いや、それはないだろう。
僕は感じ取っているよ。
君から溢れる敵意をね。
「僕はシリウス、又の名をファントムと言う。君も名前があるなら、教えてくれるかい?」
僕は左手で彼を指しながら、そう尋ねた。
名前という言葉に反応したのだろうか?
硬直していた彼は少しばかり動いて、僕の目に焦点を合わせる。
ようやく僕を認識したようだね。
そして、彼はゆっくりと口を開き生気のない声でこう答えた。
「フクマ…」
フクマ…、悪魔の仲間的な感じかい?
中々にカッコいいじゃないか。
「では、フクマと呼ばせて頂くよ。それにしても君のオーラは独特だね」
フクマと名乗った彼が人間じゃないのは間違いない。そして、僕らのような神とも違う。
雰囲気で何となくそれはわかる。
人間や神といった、僕にとって馴染みのある存在ではないということさ。
何者でもない異質な存在。
「人でもなければ神でもない。君はいったい何者なんだい?」
この問いに対し、フクマは何も語らない。
自分の名前以外、話す気はないのかもしれないね。
彼にとって多くを語ることは、何かしらのリスクでもあるのだろうか。
「ふっ…何も言わなくても、君の敵意は感じ取っているよ」
僕は無口なフクマに、一方的に話を続けた。
「これは忠告だ。君が僕や日下部、“BREAKERZ”に危害を加えるならば、僕は君を抹消する」
震える日下部の身体とは対照的に、僕の心には余裕がある。
そのためか、僕は無意識に口角を上げて和やかに話していた。
絶対に勝てるという自信があるんだ。
特質や異能を持つ人間でもなく、同胞である憑神でもないフクマに手加減をする必要はない。
彼は異端かつ敵意を放つ存在。
人間と神、両方にとって脅威となり得る彼を消してしまっても誰も文句は言わないだろう。
かつての戦いでは…。
音と階級の神、2柱に憑かれていた猿渡玖音。
日下部の命を狙った3人組の神憑、三叉槍。
彼らと戦うには、それなりの気遣いが必要だった。
今回はその気遣いが要らない分、戦いやすいというわけさ。
「今すぐ立ち去るのなら、見逃してあげるよ。僕は今、イボ痔のせいで万全ではないしね。無駄な争いは避けたいところなんだ」
そんなことを考えながらも、僕はフクマに忠告する。
だけど、この言葉は僕の本音じゃない。
“無駄な争いは避けたい”だって…?
違うね。僕は今、彼に対する好奇心で満たされている。
彼は何者なのか。どんな技を使ってくるのか。
そして、僕の全力にどれくらい堪えられるのだろうか…!
思えば、僕は全力を出したことがほとんどなかった。
地球の崩壊を御門伊織と止めた時くらいだろうか?
あれは死ぬかと思ったよ。
忠告を続ける僕に対し、フクマは右腕をゆっくりと上げてこちらを指さした。
「その構え、臨戦態勢と受け取って良いのかい?」
戦いが始まることに期待を込めながら、僕はそう問いかける。
相変わらず、彼が問いに答える様子はない。
僕を指さした彼の人差し指に暗い紫色のオーラが集まってきた。
そして、その指先に集約されたオーラは間もなく、僕に向かって一直線に放たれる。
紫色のレーザーとは、久しいね。
その既視感のあるレーザーは僕の首元まで迫り、当たる直前で消滅した。
僕は指を指したまま動かないフクマに対し、微笑みながらこう言う。
「終わりかい?」
…………ってね。
僕の好奇心を満たしてくれることへのリスペクトとして、先手を打たせてあげた。
今度はこっちの番だ。
僕はフクマに正対し、両手を広げてこう言った。
「境域型・臙脂蒙昧屁」
物理的な力を自在に加えることでお馴染み、赤い放屁が肛門から放出される。
そして、これは境域型の放屁だ。指定した領域内で滞留する性質を持っている。
大量に放出された赤い放屁は、直方体状に新幹線全体を覆った。
高速で走る新幹線の上に立つ僕とフクマは、展開された臙脂蒙昧屁の領域内にいるということだ。
「君には視えているかい? 僕らを覆う真紅の放屁、君を引き裂く真っ赤な未来が…!」
僕は圧倒的勝利を確信しつつ、そう言い放った。
臙脂蒙昧屁が展開されているこの領域内に存在する力は全て、僕の支配下にあるのさ。
紅の区域に踏み入れたフクマは圧倒的アウェイ。
「さぁ、抵抗できるものならしてごらん。力づく以外の方法で。できなければ、この一手で僕の勝ちだ」
僕は、指をこちらに向けて硬直しているフクマに手を翳した。
そして、一言こう念じる。
“弾けろ”と…。
彼の身体は腹の辺りから膨れ上がり、五臓六腑を撒き散らしながら飛び散った。
飛散した血肉や内臓も細かく弾け飛ぶ。
内臓や血液にも影が落ちているようだね。
君のどれもが黒く、色がない。
僕ができる限り細かく引き裂いた彼の肉片は、新幹線のスピードに振り落とされてどこかへ飛んでいった。
勝負は欠伸が出るほど退屈なものだったよ。
だけど…、
敵意と禍々しい気配が消えていない。
まだ抹消できてはいないようだ。
人間はバラバラになると死ぬって聞いたんだけど、人を為しているだけの彼は違ったね。
黒い肉体を破壊しても彼は消えない。
禍々しい気配と恐怖で震える日下部の身体が、フクマの復活を予見していた。




