西の旅2日目 - 鬼塚 琉蓮⑨
「いらっしゃいませ~」
薬局の自動ドアが開くと同時に、女の人の声が聞こえてきた。
両手に抱えた皆の荷物の隙間から微かに見える店員さんの姿。
レジの前に立つ20代の彼女は、僕らに淡々と頭を下げて前に向き直る。
旅館を出た僕らは、バスで数分かけて町に出たんだ。
町とは言っても都会ほど栄えてはいないけど。
そして、シリウスさんのイボ痔を治すため、僕らはバス停の近くにあったこの薬局を訪れた。
シリウス「やぁ、君が薬局の主かい?」
レジの前に立ったシリウスさんは、年上の女の人にタメ口で声を掛ける。
「あるじ…。まぁ、店員ですけど」
口調と態度に怪訝な表情を浮かべつつも、彼女はそう返した。
いくら神様でも年上にタメ口はまずいよ、シリウスさん…!
シリウスさんの後ろにいる友紀くんたちも、ヒヤヒヤした様子で彼のお買い物を見守っていた。
シリウス「そうか。じゃあ早速、ボラギノールを呼んでくれ。僕は今、イボ痔という病気の状態なんだ」
呼ぶって何だよ。病気の状態って言い方、おかしいよ。
全く臆すことなくタメ口を使い続けるシリウスさん。
「わ、わかりました…。お持ちしますので少々お待ちください」
店員さんは戸惑いながらもそう言って、商品を探しに行った。
超気まずいな。早くボラギノールを買ってここを出たい。
きっと皆もそう思っているはずだ。
店員さんには、年上にタメ口を利くイキッた高校生と思われているに違いない。
そして、友紀くんたちはまだ見てるだけだから良いだろう。
皆の荷物を持っている僕なんか、違う意味で目立ちまくってるんだ。
しかも、この両手に抱えた荷物のせいであんまり前が見えない…!
「おぉ、逞しいの~。儂が若い時でもそんなには持てんかったぞ」
杖を着いている腰の曲がったお爺さんが僕にそう話しかけてきた。
やっぱり目立ってる。最悪だ。
先生でも何でもない年上の人と明るく話すなんて、僕にはできないよ。地獄の所業だ!
明るく元気にお礼を言いたかった僕だけど…。
「あ、はい…」
口から出たのはめちゃくちゃ暗いトーンの返事だった。
「君は力仕事とか向いてそうじゃな。しっかり頑張れよ!」
暗い返事を意に介さず、お爺さんは僕の肩をバシッと叩いてくる。
グキッ
「ああぁぁぁ~!! ギックリ腰がああぁぁ!」
彼は腰を押さえながら、店の入口の前で転倒した。
マジかよ。こんな場面でも加減しないといけないかよ…。
きっと、僕の丈夫すぎる肩を叩いたことで伝わる振動に腰が耐えられなかったんだ。
こんなのどう加減しろっていうんだ。
「もう、誰も僕に触れないでくれ…!」
誰かに向けて言ったわけじゃない。
思わず口から出たこの言葉を皮切りに、僕の目からはまた涙が溢れた。
「お待たせしました。塗るタイプと挿すタイプ、どちらにされますか?」
救急車がお爺さんを連れていった直後、店員さんが両手に2つの箱を持って戻ってきた。
「これがボラギノールかい? うーん、想像とはかけ離れていて困惑しているよ。まず人型ではないんだね…」
顎に手を当ててじっくりと見比べるシリウスさん。
ボラギノールのこと生き物か何かだと思っていたんだろうか?
シリウス「水瀬、どうやら2種類いるようだ。イボ痔に強いのはどっちだい?」
水瀬「僕もよくわからないけど、周りに塗るより直接挿した方がよく効くんじゃないかな?」
振り返って尋ねたシリウスさんに対し、友紀くんは少し考えながらそう返した。
僕も何となくそんな気はするけど…。でも、痛んでるケツにぶっ挿すのって結構勇気いるくね?
友紀くんだけに…。
ははっ、春なのにまだ寒いな。
シリウス「ふっ、水瀬友紀。君は知力に長けた人間だ。君の言うとおり、挿すタイプにするよ」
優しく微笑むシリウスさんの友紀くんに対する信頼は厚いようだ。
友紀くん、僕の知らないところで君は神様とも仲良くなったんだね。
そりゃそうか。僕みたいな奴とも仲良くなれる君のことだ。
たくさんの人間や神様に慕われてるに違いない。
君にとって僕は数多くいる友達の1人に過ぎない。いや友達じゃない、ただのパシリだ。
でも、僕にとっては、文月くんのようなかけがえのない友達。
時々、嫉妬してしまうよ。そう思う権利なんて僕にはないのに…。
シリウス「薬局の人間、挿すタイプをくれるかい」
シリウスさんはレジの方に向き直り、手を差し出した。
「かしこまりました…。お会計、1000円になります」
怪訝な表情を浮かべながら、レジを打つ店員さん。
やっぱりタメ口はまずすぎるよ。
後ろにいた友紀くんはさっと財布を取り出し、1000円札を彼女に渡した。
神様であるシリウスさんは、お金の払い方を多分わかっていない。
だから、ひとまず友紀くんが払ったんだろう。
レシートと挿すタイプのボラギノールを受け取った友紀くんは、ボラギノールをシリウスさんに手渡した。
シリウス「これでようやく、お尻の痛みから解放される。水瀬、使い方を教えてくれ」
ほっとしたような表情でそう話すシリウスさん。
彼はあくまで神様だ。一般常識を知らないのは、昨日と今日で何となくわかった。
嫌な予感がするのは、僕だけだろうか。
水瀬「えっと、ここでは言いにくいんだけど…。その…、肛門に刺して注入するんだ。痔に効く薬を…」
ばつが悪そうに辿々しく答える友紀くん。
ダメだ、こんなところで説明なんてしたら…。
シリウス「なるほど、とてもシンプルだね。よくわかったよ。だけど…」
シリウスさんはそこまで言ってから、ゆっくりと店員さんの方に振り返る。
シリウス「僕はまだ人間の身体を扱い切れてない。薬局の人間、君に委ねよう」
やめろ、やめてくれ…。
みんな、彼が何をしようとしているのかわかるよね…?
わかるなら、止めてくれ!
僕は荷物で手が塞がってるし、力加減ミスったら薬局の営業ごと止まるから…!
だけど、皆が察している様子はなかった。
いや、あったとしても止められる自信がなかったのかもしれない。
技はあれだけど、日下部さんの能力は強いんだ。
僕の想いは虚しく、シリウスさんはレジにお尻を向け、ズボンのベルト通しに指を引っかけてこう言った。
シリウス「病気を抹消するボラギノールで、僕を蝕むイボ痔を断ってくれ!」
ぼろんっ
勢いよく下ろされた日下部さんの紺のズボン。
僕はそれを嫌でも見ることになってしまった。
顔を引き攣らせる友紀くん一同。
シリウスさんによって、日下部さんの日下部さんが露わになった。
「きゃあああぁぁぁぁぁ~!!」
大きく開いた僕の口から、甲高い声が上がる。
日下部さんの日下部さんを見て、動揺を抑えられなかった僕は全ての荷物を床に落としてしまった。
シリウス「確かにこれは僕らの臨戦態勢でもある。だけど、安心してくれ。敵意はないよ」
ドン引きした顔で内線電話の受話器を上げる店員さんに対し、シリウスさんはニコリと微笑んでそう言う。
友紀くんたちは彼のズボンを上げるため近づこうとしているんだけど…。
日下部さんのあれが放つ存在感に圧倒され、1歩も踏み出せないでいた。
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獅子王「知ってる? ゴリラは普段、温厚な動物なんだけど、怒るとうんちを投げるんだ」
薬局から逃げ出した僕らが向かったのは、動物園だった。
これは、“琉蓮ツアー”の第一歩。獅子王くんの提案でここに来たんだ。
動物園なら見るだけで誰でも楽しめると彼は言っていた。
つまり、荷物係の僕でも楽しめるというわけだ。
獅子王くんは、スマホのメモ帳的な奴に書かれているであろうセリフをガン見しながら、ゴリラのうんちくについて語っている。
彼は太陽を見て、デカいゴリラに変身するんだけど、本家ゴリラに詳しいわけじゃないのかな?
ホッ! ホッ! ホッ! ホッ!
前方からは数体のゴリラの吐息が聞こえてくる。
両手に皆の荷物が視界を阻んでいて見えないけど、多分ここはゴリラがいる場所なんだろう。
獅子王「ゴリラは列記とした霊長類で、普通のゴリラは太陽を見ても人間にはなりません」
いつの間にか敬語かつ棒読みになっている獅子王くん。
かれこれ10分くらいゴリラについて語り続けているんだ。疲れているに違いない。
でも、ごめん。
頑張って盛り上げようとしてくれているのはわかるけど、僕はゴリラに興味ないんだよ。
それに…。
ぼろんっ
あの衝撃的な物体が脳裏にチラついて離れない…!
獅子王「とりあえず、ゴリラの概要についてはここまで。10分休憩を挟んだ後、次はゴリラの存在意義について書かれた論文を音読するよ」
ゴリラの概要……だと? 今までの話は序章に過ぎなかったのか…?
獅子王くんの発言も中々に衝撃的だ。
だけど、脳裏には日下部さんの日下部さんがべったりとこびり付いている。
獅子王「とりあえず、楽しんでもらえたかな?」
両手に持った荷物をガン見している僕の顔を覗き込んでくる獅子王くん。
めちゃくちゃ正直な話…、校長先生のお話の方がまだ退屈しないよ。
でも、そんなことは口が裂けても言えない。
『うん、ゴリラって凄いね! とても面白かったよ!』
できる限り自然な笑顔を作ってそう言おう。
僕は獅子王くんの方に向いて、口を開いた。
「うん、凄いね! 日下部さんのち○こ」
どうかこのバカヤローに言い訳をさせてくれ。
どうして、こんなはしたない発言をしてしまったのか。
獅子王くんの顔を見て口を開いた瞬間、脳裏にあれが浮かんでしまったんだ。
タイミングが最悪すぎるよ。
彼の顔を見たからじゃない。
薬局での一件以来、周期的に日下部さんの日下部さんが頭に浮かぶんだ。
僕の脳みそは、いま呪いにかかっている。
獅子王「え…」
多分、相当ショックだったに違いない。
僕のために一生懸命語ったゴリラの演説が“ち○こ”の一言で片付けられたんだから。
ショックを受けた獅子王くんと、取り返しのつかない発言をしてしまった僕…。
気まずい空気に耐えられなかった僕らは、ゴリラだけを見て動物園を後にした。
みんな、ごめんなさい。
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みんな1人1人、僕を楽しませる最高のプランを考えて披露してくれることになってるらしい。
獅子王くんの次に披露してくれたのは、新庄くんだった。
金髪の彼はやっぱりやんちゃなところがあるみたいだ。
ゲーセンは楽しいぞってことで、連れていってくれたんだけど…。
皆、2時間くらいしたら楽しそうにゲーセンから出てきたよ。
新庄「え、なんで?!」
新庄くんはいつも持っている金属バットを落とし、膝から崩れ落ちた。
彼が僕のためにしようとしていたのは心からわかっている。
だけど、彼はUFOキャッチャーに夢中になって僕がゲーセンに入ってすらないことに気づいてなかったんだ。
新庄「じゃ、昨日と同じってことかよ。ゴン以外で楽しんで…。なんでだよおおぉぉぉ!!」
地面に両膝を着いた新庄くんは、悔しさからか空に向かって吠え上げた。
的場「どうしてじゃ。どうしてお前は蚊帳の外に行きたがるんじゃ」
冷静沈着な的場くんは、悲しそうな顔をして僕に問いかける。
あぁ、そうだ。普通に着いていけばこんなことにはならなかった。
僕の行動は新庄くんや的場くん、皆を悲しませてしまったんだ。
「ごめんなさい。僕は最低なち○こ野郎だ」
僕は涙をぐっと堪えて新庄くんに謝った。
それを言うなら、チ○カス野郎だと思うけど。
この時、僕の脳裏にはまたあれが浮かんでいたんだ。
日下部さんの日下部さんは、なんて罪深い漢なんだ…。
ごめんなさい、新庄くん。
新庄くんの次は樹神くんだったけど、彼は僕にパチンコの楽しさを教えようとしてくれたよ。
って言っても、僕は樹神くんが負けている様子をただ眺めているだけだったんだけどね。
今回は、誰を悲しまずに終われて良かったと思っている。
パチンコはまた今度って言ってた気がするけど、まぁ良いや。
的場「はぁ、お前ら失格じゃ。自分の好きなことが鬼塚の好きなことと一致するとは限らんじょ」
パチンコ屋から出てきた僕らに対し、腕を組んで首を横に振る的場くん。
確かに彼らは自分の好きなことや趣味を中心に、僕を楽しませようとしてくれていた。
的場「じゃけど、聡明な俺は考える。そして、答えを導き出した。お前が本当に好きなものをのう」
的場くんは得意そうに僕を指さし、そう言った。
何だろう。3人には悪いけど、今までで1番楽しそうだ。
的場「お前ら、俺に着いてくるんじゃ! 全員、笑顔にしたるじょ!」
冷静沈着だった的場くんは、少しばかり興奮した様子でそう言って前に歩き出した。
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的場くんに着いていっておよそ数十分。
冷静沈着な彼が少し興奮していた理由、わかったよ。
的場「ド田舎ならぬ山に直行中じゃああぁぁぁ!!」
麦わら帽子を被り、BB弾の入った虫かごを斜めにかけた彼は黄色い声を上げた。
ここは人がそれなりに乗っているバスの中だ。
周りの視線が眩しすぎて僕は目を瞑った。
このバスは、荒硫山という所に向かってるらしい。
そこで的場くんは、山登りをしようと言っているんだ。
荒硫山って硫黄の臭いハンパないって聞くけど…。
的場くん、山登りって皆が笑って皆が楽しめることなのかな?
超絶インドア派な僕には楽しそうと思えないよ。それに虫とかいるんじゃない?
虫にビビって力んでしまったら、噴火どころか山自体を崩壊させてしまうかもしれない。
恐怖でしかないよ、的場くん。
でも、そんなこと口が裂けても言えないや。
的場くんなりに僕や皆が楽しめる方法を考えた結果なんだ。
的場「山で緑見て、空気ハスハスしてリラックスするんじゃ!」
バスが走行中にも関わらず、彼は勢い良く立ち上がってそう叫んだ。
きっと僕のことを考えてくれてるんだ。
「ありがとう、君は僕にとって、かけがえのないち○こだよ!」
“かけがえのない友達”。
そう言おうとしたのに…。
ダメだ、もう喋らない。
僕の脳は日下部さんのち○こに支配されている。
あぁ、今日はダメだ。
マジでクソち○こだ。
的場「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
幸い興奮状態の的場くんには聞かれてなかった。
彼は嬉しいあまり身体を回転させながら、バスの通路を往復している。
『お客様、走行中は危険ですので席を立たないでください』
バスの運転手さんがマイクを経由して注意を促すと…、
的場「うっさいんじゃ、ボケぇ!!」
彼はそう怒鳴り返した。
あのバカチ○コ、何やってんだよ。
彼の荷物、窓から捨てようかな。
すると、僕の前にいたち○こさん……じゃなくてシリウスさんがすっと立ち上がって的場くんに向かっていった。
そして、彼の口を押さえて小さくこう言う。
シリウス「目立ちすぎだよ、昏倒劇臭屁」
的場「ん゛ーっ! ん゛ーっ!」
口を塞がれた的場くんは、ガクガクと身体を震わせながらもがきだした。
昏倒劇臭屁はめちゃくちゃ臭いらしい。
きっと、ゼロ距離で嗅がされている彼は死ぬほど臭いんだろう。
痙攣し始めてから僅か数秒足らずで、的場くんは白目を剥き、泡を吹いて倒れ込んだ。
シリウス「昨日も言ったようにあまり目立たないで欲しい」
こちらに振り向いて僕らにそう頼むシリウスさん。
さっきは、貴方のち○こも充分に目立ってましたよ…。
的場くんが気を失って以降、車内は随分と静かになった。
そして、彼が楽しいと言い張っていた荒硫山の麓に到着する。
両手には皆の荷物、背中には気絶してピクリとも動かない的場くん。
若干の動きにくさを感じながら、僕はバスを降りたんだけど…。
何かあったのか辺りには黄色いテープが張られ、多くの警察官が辺りを捜査をしていた。
結論から言うと、僕らは山に登ることができなかったんだ。
立ち入り禁止になっていたから。
警察の人から詳細を聞くことはできなかったけど、近くにいた人たちはこんな感じのことを話していた。
“昨日、荒硫山近くの病院に隕石が落下した”。
“病院は消滅し、その時院内にいた人たちは全員死亡”。
“ただ1人だけ…”
“死亡を確認できていない者が1人いる。死体の確認やDNAの採取はできていないが、恐らく生きてはいないだろう”。
昨日、僕らは熊木にやって来た。それと同じタイミングでこんな悲惨なことが起こっていたなんて…。
隕石の落下なんて滅多に聞かないけど…。
吹き抜ける高い風の音。
シリウス「何だか不穏な空気が漂っているね」
神妙な面持ちで捜査中の警察官を眺めていたシリウスさんの言葉が、妙に印象的だった。
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水瀬「何だかんだテーマパークが1番良いと思うんだ。琉蓮だけじゃなく皆も楽しいと思うし」
“琉蓮ツアー”の最後は、友紀くんが提案したテーマパークに行くことになった。
控えめに言って、超楽しかったよ。
僕はジェットコースターとか怖くて乗れないんだけど、みんな僕に付き添ってくれたんだ。
翠蓮やお父さん、お母さんへのお土産をみんな、一緒になって考えてくれた。
両手には皆の荷物に加わって、僕や皆の大量のお土産が積み重なった。
そして、背中には変わらず気絶している的場くんを背負っている。
だけど、何も重く感じない。
皆の心が温かいからかな?
ーー 否、鬼塚琉蓮の腕力が凄まじいだけである。
いつの間にか日が沈み、辺りは暗くなっていた。
彼らは良質なち○こだ。
じゃなくて、良い友達だ。
新庄「あれなら、ゴンも乗れるんじゃねぇか?」
テーマパークを出ようとしていた時、金髪の新庄くんがあるアトラクションを指さした。
あれは、何て言ったら良いんだろう?
普通の絶叫マシンとは違って、画面とか乗り物がその場で動くタイプのアトラクションだ。
確かに、これなら僕も乗れるかもしれない。
新庄くん、僕のために考えてくれたの?
何て優しいんだ、不良のクセに。そのギャップでめちゃくちゃ良い人に見えちゃうよ。
「あぁ、この罪なゴールデンチ○コめ!」
彼の気遣いがとても嬉しくてテンションの上がった僕は、思わずそう口にしてしまった。
新庄「あぁ? 誰がゴールデンチ○コだよ! やりたくて金髪やってんじゃねぇんだよ!」
僕の失言に対し、声を荒げる新庄くん。
「ごめんなさい! ずっと“日下部ち○こ”が頭から離れなくて…!」
僕は皆の荷物や的場くんを投げ捨てて彼に土下座した。
水瀬「と、とりあえず乗れるなら並ぼうか…」
困惑した様子でそう話す友紀くん。
乗りたくないという人はいなかったみたいなので、皆でそのアトラクションの列に並ぶことにした。
シリウス「水瀬、“日下部のち○こ”とやらについて聞きたい。特質最強の鬼塚がこれに酷く動揺しているみたいだけど。日下部のち○こには、人間が恐れる何かが宿っているのかい?」
列に並んで順番を待つ中、シリウスさんは恥じる様子もなく淡々とそう問いかける。
水瀬「いや、あの…。あれは人前で見せたらダメなものなんだよ。だから、公共の場でズボンを下ろすのは止めてくれ」
シリウス「なるほどね、良いことを聞いたよ。ち○こを見せると、大抵の人間には精神的苦痛を与えられるということだね」
友紀くんのお願いに対し、シリウスさんはニヤリと笑った。
水瀬「死ぬほど目立つから、君のためにもしない方が良いと思うよ」
この言葉を聞いたシリウスさんの顔から笑顔が消える。
シリウス「な、なるほど。目立つのはまずいね。使う場面は慎重に考えないと…」
敵との戦いか何かで使おうとしているよね? マジで絶対止めて?
ていうか、さっきから…。
めっちゃ腹痛いんだけど…。
これ、後何分待つんだろう?
前も後ろもかなりの人が並んでいる。
ヤバいヤバい、漏れる…!
「ごめん、みんな! ちょっとトイレに行ってくるから、荷物持ってて欲しい!」
僕は全部の荷物と的場くんを置いて、列を飛び出した。
便意がヤバすぎて、この時は深く考えられなかったんだ。
財布の入った自分の荷物すら皆に預けてしまったこと。
そして…、何よりも…。
僕自身、スマホを持っていないこと。
手ぶらで飛び出した僕はスッキリした直後、絶望の淵に立たされることになった。
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はぁはぁ…、死ぬ。
僕は運動不足の帰宅部だぞ。
これだけ走ったら、死ぬに決まってる。
でも、走らないと皆と合流なんて絶対無理なんだ!
ずっと優しかった友紀くん。
ゴリラのうんちくを垂れ流していた生徒会長の獅子王くん。
実は結構優しかった金髪不良の新庄くん。
やっぱりパチンコのことしか頭になかった樹神くん。
田舎度合いによって性格が七変化する情緒不安定な陽キャラの的場くん。
そして、僕の脳裏にえげつないモノを焼き付けた……、
「ち○こさんっ!!」
いきなり卑猥な言葉を上げた僕を見る数少ない通行人の人たち。
あぁ、みんなに……皆に会いたいよ。
でも、どうすれば良いんだ?
スマホもない、財布もない、お父さんもいない!
いや、会う方法ならあるじゃないか琉蓮。
テーマパークのスタッフさんに電話を借りれば良いんだよ。
勇気を振り絞るんだ! この際、人見知りがどうとか関係ない。
みんなと再会するため、再会して家に帰るためにスタッフさんに話しかけろ!
「う、うおおおぉぉぉぉ!!」
僕は自分を奮い立たせるため、雄叫びを上げながらスタッフさんに迫っていった。
「お願いします! 僕、はぐれたんです! スマホを貸してください!」
スタッフ「残念、お姉さん携帯は持ってないよ~。自力で探してね! それでは、幻想の世界へ行ってらっしゃいなのです♪」
僕の決死のお願いは、マニュアルじみた回答によって拒絶された。
「いや、あの僕からしたら、今まさに幻想の世界に迷い込んだ感じなんです! お願いします! 友達に連絡させてください!」
僕のコミュ力はもう二度と帰れないという危機感に煽られ、底上げされているようだ。
これだけペラペラと話せる自分に驚いている。
スタッフ「自力で探してね! それでは、幻想の世界へ行ってらっしゃいなのです♪」
コミュ力覚醒も虚しく、同じ言葉で僕は延々と断られ続けた。
スタッフさんが無理なら、もうそこら辺にいる人に聞くしかない。
「す、すみません…!」
僕は死ぬ覚悟で親子連れに声を掛けた。
「あ、ち○この人だ!」
お父さんの手を繋いでいる男の子が、僕を指さして声を上げる。
さっき叫んでいたのを聞かれていたのか。
違うよ、ち○この人は他にいるよ。
人っていうか神様かな…?
「あの…、友達とはぐれてしまったんです。電話をしたいので携帯を貸してくれませんか…!」
こんな感じで色んな人に尋ねたけど…。
結果は惨敗だよ。
個人情報が何とか言って、誰も貸してくれなかった。
そもそも高校生がスマホ持ってないこと自体、怪しいんだって。
チクショー、僕はもう帰れないのか?
みんなと会えないのかな?
スタッフさんの言うとおり自力で見つけようともしたよ。
テーマパークを出て、近くを走り回っていたら辺りは完全に暗くなっていた。
そして、僕は昨日から一睡もできてない。
体力の限界でフラフラになった僕は、地面を割らないようその場にゆっくりと倒れ込んだ。
夢か走馬灯かよくわからないけど、お父さんの顔と日下部さんのち○こが交互に浮かんでくる。
そして、時たまうっすらと浮かぶ謎の大型犬。
この犬、何だっけ…。どっかのアニメで見た気がするぞ。
僕が見ている走馬灯の割合。
45パーセント、お父さんの顔。
45パーセント、日下部さんのち○こ。
そして、残りの5パーセントは謎の大型犬。
体力と気力の限界で立ち上がれない僕は、反射的にこう呟いた。
「もう疲れたよ、パパラッシュ」
…………。
僕って、マジで余所で寝れないんだな。
頼むから眠ってくれ、僕の脳みそ。
もう日下部さんのち○こは良いから…!
「おい、あれ何だ…?」
「え、なになに…? 怖いんだけど」
うつ伏せに倒れている僕の近くから、動揺しているたくさんの声が聞こえてきた。
何だろう…?
気になった僕は目を擦りながら顔を上げる。
皆、同じ方向の夜空を見上げて指さしていた。
その指の先に目をやると…。
「え…、何あれ? 血?」
空の上から地面まで一直線に降り注ぐ一筋の赤い液体が視界に入った。
あれが誰かの血なら大惨事だ。
そして、あんなことができるのは神憑とかの能力持ちだと思う。
誰かに手を出したとするなら、悪い能力者に違いない。
もしかしたら、友紀くんたちも巻き込まれているかもしれない。
僕は疲労から震える手で地面を押して、ゆっくりと立ち上がった。
認めたくはないけど、僕は普通の人より丈夫で強いんだ。しかも、最近は力のコントロールもできるようになってきた。
強いからには守らないといけない。
ヒーローになりたいとか以前に、ヒーローでなきゃいけないんだ。
友達が巻き込まれているとかいないとか関係ない。
誰であっても、僕は必ず守ってみせる。
どんな敵でも必ず止める!
僕は絶対に間に合うヒーロー。
BREAKERZ最強の特質持ち。
「鬼塚琉蓮だっ!」
ここからあそこまでならひとっ飛びで行ける。
眠気も飛んだから、力のコントロールも大丈夫。
日下部さんのち○こは、もう浮かんでこない。
深呼吸をした僕は、音を立てずに地面を蹴り出し、大きく飛躍した。




