西の旅1日目 - 水瀬 友紀㉒
『まもなく熊木です。熊木を出ますと、次は河馬島中央に停まります』
これが今日、新幹線で聞く最後のアナウンスだった。
座りっぱなしでお尻が痛くなった僕らは、西の端へ向かうのを断念してここで降りることに…。
改札を出て、大きな駅の出入り口を潜った僕らは晴れ渡った空を見上げる。
宛のない西の旅が今、始まった。
最初に乗ったところや伯多ってところよりは人が少ない印象だ。
それでも、僕らの地元よりは多くの人で賑わっている。
熊木を都会だと言う人は少ないだろう。僕自身もそんなイメージはないけど。
でも、全国的に見てここが田舎だと言うなら、僕らの町はいったい何なんだ。
的場「何か空気が旨い。旨いんじゃ!」
大きく息をしながら、いつもの陽気なテンションでそう話す的場。
都会にいた時より、顔色が良くなっている。
彼にとって、人の多い都会は毒なのかもしれない。
日下部の予定通り、ウォルトランドに行ってたらどうなってたんだろう。
急性都会中毒で倒れて緊急搬送とか…。
ある意味、あそこで乗り場を間違えたのは正解だったのかもしれないな。
日下部「さて、楽しくて愉快な旅行の始まりだよ。熊木の人たちと触れ合い、歴史や文化を学ぶんだ」
日下部は出発前の大人な雰囲気を放ちながら、穏やかにそう語る。
文化や歴史を学ぶ…? まるで、中学の修学旅行じゃないか。
夢の国ウォルトランドの代替案がそれってあんまりだよ。
獅子王「え、マジ? 何かテーマパークとか行かないのか?」
陽や他のみんなも僕と同じことを思っているに違いない。
西の端まで来て、勉強みたいなことはしたくないと思う。
日下部「ふふっ、皆にはサプライズとして行き先を秘密にしていたのさ。僕はね、最初からこの地を目指していたんだ」
日下部…! そういうことか。
彼は行き先を僕にしか言ってないのを良いことに、ミスったことを誤魔化そうとしているんだ。
新庄「いや、思い切り叫んでたじゃねぇか。絶対、間違えてるだろ」
的場「ハハッ、こいつ絶対ミスっとるじゃろ! 途中、顔死んどったし」
そんな彼に対し、新庄と的場がすかさず指摘する。
2人は確か、小学校から仲良いんだっけ?
日下部「君たち、一度死ぬかい?」
煽りに近い2人の指摘に対し、日下部は真顔でそう言った。
的場「ぎゃははっ! 図星じゃ図星っ! 地理のお勉強、3才児からやり直してこ…」
都会から解放されてハイテンションな的場は、日下部を更に煽ろうとしていたんだけど…。
新庄「凌、やめろ!」
額に汗を滲ませた新庄が彼の肩を掴んで制止した。
そして、真剣な表情で日下部を見据えてこう言ったんだ。
新庄「あいつは…、臭い」
これは煽ってるのか? それとも、本気の警告?
日下部「心外だね…。間違ってはないけど」
彼の言うとおり、確かに間違ったことは言ってない。
日下部の能力の1つ、昏倒劇臭屁を喰らった人は余りの臭さに気絶する。
新庄も僕と同じく、巻き添えで嗅いでしまったことがあるから警戒しているのかもしれない。
日下部「まぁ、いいさ」
ちょっと落ち込んでいた様子の日下部は、すぐに気持ちを切り換えたみたいだ。
彼は両手を大きく広げて、活き活きとこう語る。
「我が本国、西端の地“熊木”へようこそ! 時には楽しみ、時には学び、時には心身を鍛える。全てを兼ね備えたハイブリッド旅行さ!」
そう言った後、再び真顔に戻って手をゆっくりと下ろす日下部。
計画がないことを薄々察していた僕らは黙り込んだ。
重い沈黙がゆっくりと流れていく。
旅行って何をすれば良いんだ? いったい、どこに行けば良いんだ?
♪~
日下部のポケットから流れるオシャレなメロディが着信を知らせる。
彼のスマホが鳴らなかったら、僕らはずっと黙り込んでいたんだろうか。
沈黙を破るこの電話は、僕らにあることを思い出させた。
日下部「もしもし、日下部です」
暗すぎるトーンで電話に出る日下部。
スマホを耳に当てていた彼は、はっとした顔をしてこう言った。
日下部「鬼塚君のお父さんですか? 今、着いた…? ウォルトランドに…?」
そう、僕らは完全に忘れていたんだ。
琉蓮が旅行のメンバーに入っていること。そして、彼とは現地で落ち合うつもりだったことを…。
乗り場を間違えてから、全てが狂ったんだ。
日下部「すみません。僕が悪いんです。僕が乗り場を間違えて反対方向に行ってしまいました…」
電話で琉蓮のお父さんに謝る日下部の目から涙が溢れた。
同時に、僕の目頭も熱くなる。
彼はいっぱい背負っていたんだ。誰にも頼れない状況で、必死にどっちに乗るかを考えて…。
そして、取り返しの付かないミスを犯してしまった。
彼は僕らが快く楽しめるよう、旅行の全てを抱え込んでいたんだ。
僕らが頼りないばかりに…!
「違う! 日下部は悪くない! 僕がもっとしっかりしていればこんなことに…! ごめん、日下部…! うわあああぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は涙が止まらなくなって号泣した。
高校3年生なのに、こんな公共の場で気持ちが止まらない!
的場「オ゛オ゛オオォォォォンッ!」
隣にいた的場も感化されたのか、空に向かって吠えるように泣き叫んだ。
鬼塚『ごめんなさい…。僕の察しが悪いから、こんなことに…。僕はゴミ人間だ。空中に舞う塵ほどの価値もない』
日下部の電話からも、琉蓮のすすり泣く声が微かに聞こえてくる。
「ううっ…、僕らも同じだ。人間なんて皆、宇宙からすれば塵のような存在だよ」
僕は溢れて止まらない涙を袖で拭いながら、彼にそう答えた。
もう…、家に帰りたい。
獅子王「この人ら大丈夫か?」
樹神「こりゃ旦那、パチどころじゃないっすね」
ーー いたって冷静だった獅子王、樹神、新庄の3人は、泣き崩れる彼らを1歩退いて見守っていた。
日下部「シリウス、男の泣き顔を見るんじゃない!」
スマホを持っていない左手で恥ずかしそうに顔を覆う日下部。
壮蓮『泣くな、琉蓮。誰にでも失敗はある』
琉蓮を慰める彼のお父さんの声が聞こえる。
違う、これは僕らの失敗だ。琉蓮は何も悪くない。
壮蓮『もしもし、今君たちは何処にいるんだ? 目印になるものがあるなら教えてくれ』
日下部「うっ…うっ…、熊木駅の前です」
電話越しに僕らに居場所を尋ねるお父さんに対し、日下部は涙声でそう言った。
壮蓮『わかった。そこで待ってなさい。すぐ向かう』
日下部「え、すぐ向かうって…。あれ? 切れた?」
耳からスマホを離した彼は、困惑した様子で首を傾げる。
電話が切れたみたいだけど、すぐ向かうって…。
ドン……………ドン……………
琉蓮のお父さんとの電話が切れてから間もなく、遠くで太鼓を叩いているような音がし始めた。
ドン………ドン…………ドン!
その音は徐々に大きくなり、音の鳴る間隔も早くなっていく。
同時に、心なしか地面が揺れているような気がした。
ドン! ドン! ドン!
いや、気がするんじゃなくて確実に揺れている…!
日下部「よりによって、こんなセンチメンタルな時に襲来かい?」
スマホをポケットに仕舞い、赤くなった目を擦りながら空を見据える日下部。
いや、敵とかじゃないと思う。
“すぐ向かう”といったお父さんの発言に、電話が切れたタイミングでの地響き。
言葉通り、お父さんと琉蓮はこちらに向かってるんだ。
ウォルトランドからここまで…、たぶん飛行機とか使っても結構かかるんじゃないかな。
でも、めちゃくちゃ強いこの親子なら、自力で超速く走ってきていても不思議じゃない。
日下部「ちょっと荷物持ってて。今から臨戦態勢に入るから」
日下部は背負っていた大きめなリュックを僕に渡した後、ズボンとパンツを下ろしてお尻を突き出した。
ちょっと何やってるんだ…! 別に下ろさなくても放てるんじゃないのか?
「日下部、それはダメだ! 誰かに見られたら捕まる!」
どんどん大きくなる地響きと共に何かが迫ってくる中、僕は彼に呼びかけた。
お尻をほぼ真上に突き上げているため、上半身は鋭角に折れ曲がり両手は地面を押さえて身体を支えている。
そのポーズは、彼の技を知っている僕から見ても奇っ怪極まりない。
何も知らない人がこれを見たら、どう思うだろうか? 通報されるに決まってる。
日下部「僕のことは良いから離れてくれ。どんな相手かわからないんだ。より純度の高い強力な放屁を放ち、一撃で仕留めたいのさ」
奇っ怪な恰好にはそぐわない爽やかな笑顔を見せる日下部。
やって来ているのは十中八九、琉蓮とお父さんだ。
彼に駆け寄って止めたいんだけど…。
身の危険を感じた僕らは、ゆっくりと後ずさって距離をとった。
喰らったことのない陽や樹神も、本能的にヤバいと悟ったみたいだ。
ドンッ!!
そして、今までで1番大きな音が響くと当時に、2人は姿を現した。
お尻を突き上げた日下部の真上にある雲を突き抜けて、彼らは落ちてくる。
グラサン&マスクに、黒い革ジャンを着ている琉蓮。
お父さんが考えたファッションなのかな?
そして、そんな彼と自分の車を両肩に担いでいるお父さん。
2人を見て、僕は理解した。
彼らはきっと超速く走り、雲を突き抜けるレベルの高飛びをしながらこちらにやって来たんだ。
電話が切れてからまだ数分しか経ってない。やっぱり鬼塚家は最強だ。
壮蓮「うっ、人が…! まずい…!」
琉蓮と車を担いで両手が塞がっているお父さんは、かなり焦っている様子だった。
両手が塞がっていては何もできない。仮に手が空いていたとしても、真下にいる日下部を避けられるのだろうか。
動揺しながらも、琉蓮と車を真上に放り投げるお父さん。
一瞬だけ彼の両手がフリーになった。
何かしらの手段で衝突を避けようとしているんだ。
壮蓮「危ないから退きなさい!」
お父さんはもの凄い速さで地面に迫りながら、日下部に注意を促す。
対して、彼はニヤリと笑いこう言った。
日下部「喰らえ__昏倒劇臭屁」
バチンッ!!
ボオオオォォォォォン!!
頬を叩いたような乾いた音と、何かが爆発したような音が交差する。
その2つの音と同時に煙が舞って、お父さんと日下部は姿を隠した。
もの凄い爆音と衝撃…、いったい何が起こったんだ?
煙が舞う直前、お父さんが彼のお尻に手を伸ばしていたように見えたけど…。
そして、途中で放り投げられた琉蓮は、車を片手に涼しい顔をして僕らの前に音もなく着地する。
鬼塚「来れたよ、友紀くん。遅れてごめんね」
彼は目を潤わせながら、穏やかに笑った。
バキッ!
その直後、着地した琉蓮を中心に、地面に大きな亀裂が入る。
その範囲は少なくとも、この熊木駅全体だ。
鬼塚「…………。マジかよ」
穏やかな笑顔から絶望的な表情に変わる琉蓮の顔。
ゴゴゴゴゴ…!
「うわっ!」
大地震かと思うような地面の揺れに耐えられず、僕らや駅の近くにいる人たちは転倒した。
新庄「痛ぇ…! ヤベぇ、マジの地震じゃねぇか。立てねぇぞ」
樹神「今日、マジでパチどころじゃないってぇ!」
突然の揺れに対し、みんな動揺している。僕だってそうだ。
琉蓮を中心に亀裂が入っていることから、この揺れは彼が着地した反動からだと思う。
突拍子もない予想だと思われるだろうけど、何せ彼は琉蓮だ。
パンチの反動で地球が壊れかけたこともある。月に関しては1回壊してるし…。
鬼塚「……………」
そして、茫然と立ち尽くす琉蓮の背後で舞っていた煙が徐々に晴れてきた。
自分の震える手の平をただただ真顔で見つめる琉蓮のお父さん。
そんなお父さんの前には…、
日下部「誰か…、ボラギノールを持ってないかい?」
真っ赤に腫れたお尻を突き出して倒れている日下部がいた。
彼は激しく揺れる地面に突っ伏した状態で、ボラギノールの有無を僕らに確認する。
残念だけど、ここに痔持ちはいない。
多分だけど、琉蓮のお父さんが着地する際に、日下部のお尻を手で払ったんだろう。
てか、ゼロ距離で放屁を喰らって平然と立っているお父さんは化け物だ。
効いている様子が一切ない。鼻が利かないだけなのかもしれないけど。
地面の揺れがどんどん激しくなっている。
悠長なことを考えている暇はない。このままだと熊木駅が潰れる。
「琉蓮! 地面を押さえてくれ!」
この災害並みの揺れを止められるのは、地震を起こした張本人である琉蓮しかいないだろう。
だけど…、
琉蓮「…………。」
壮蓮「…………。」
親子揃って、直立不動で動かない…!
「放心してる場合じゃない! 揺れを抑えられるのは君しかいないんだ! 頼む、琉蓮!」
ダメだ、反応がない。
ーー 鬼塚琉蓮は、着地の失敗に耐えられず“精神の逃げ場”に逃げ込んだ。そして、自身の内なる壮蓮と絶賛喧嘩中である。
何度も名前を呼んだけど、一向に返事がなかった。
僕らは何しに来たんだ? 高校生活最後の思い出を作るために来たんじゃないのか?
それが蓋を開けてみれば、熊木駅……いや、1つの県を滅ぼそうとしている。
周りにはそう見えるだろう。
「琉蓮、お願いだ…。このままだと僕らはテロリストだ」
僕の悲痛な願いは地鳴りによって、かき消された。
旅行なんてするんじゃなかった。
あぁ、もう家に帰らせてくれ。
日下部「ふふっ、心外だね。どうして僕の名前を呼ばないんだい?」
激しい揺れが続く中、お尻を突き出して倒れている日下部は僕にそう言った。
「日下部…」
僕が反射的に名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに首を横に振る。
シリウス「違うよ、僕はシリウスだ」
シリウス…、日下部に憑いた神の名前だ。
何の神だっけ? オナラや肛門の神ではなかったと思うけど。
シリウス「僕は力の神。この揺れは“力”そのものだ。僕なら止められる」
あぁ、そうだ。
そういえば、そう言ってたな。
前に聞いたときも意外だと思ったよ。
止めてくれるのは嬉しいけど、神様に頼み事をする時って何か代償とか対価を払うのかな…?
ひ、人身御供とか…。
「止めてほしいけど、対価は何だ…?」
僕がそう聞くと、シリウスはお尻を突き出したまま首を傾げた。
立てるなら立ってほしいんだけど…。その姿勢のまま、話されるのは何かやりづらい。
シリウス「対価…? あぁ、人間の間で、そういう言い伝えでもあるのかい? 神に頼むときは何かを差し出すとか?」
彼は少し考えてから、続けて何かを話そうとした。
シリウス「神の存在や力は…、おっと」
ゴゴゴゴゴ!
長く続く激しい揺れによって、ついに駅舎や周りの建物の倒壊が始まる。
シリウス「時間がないようだね。話は後にしよう」
そして、シリウスは破廉恥な姿勢のままニヤリと笑ってこう言った。
シリウス「物理的な力を自在に加える赤い放屁、この放屁の名前は2人で決めてこう名付けることにしたよ」
シューーーーーー
ガスが抜けるような音が地鳴りにも引けを取らない大きさで反響する。
その音が聞こえてから僅か数秒で揺れは収まり、地面に入った亀裂や傾いた建物も元に戻っていった。
シリウス「臙脂蒙昧屁。中々良い名前だろう? 言葉遊びもハマると楽しいね。言葉の神たちには悪いけど…」
満足そうな顔をして、ゆっくりと立ち上がるシリウス。
丸出しのお尻を仕舞う気配はない。
「ちなみにその状態のことを“破廉恥”って言うんだ。捕まる時もあるからお尻は仕舞おう」
シリウス「技の名前みたいでかっこいい言葉だね。なるほど、捕まると目立つから仕舞うことにしよう」
いや、その状態がかなり目立ってるんだけど。
彼は僕の言うとおりに、ズボンを上げて日下部のお尻を仕舞った。
シリウス「さっきの続きだけど、神の存在や力は無限なんだ。だから、力の提供に対してのお返しは要らないよ。人間は全て有限だから、与えられたら同じくらい与えて帳尻を合わせるという習慣ができたんだろうね」
そういう感じなのか。
願掛けや頼み事を神様にした場合、対価を払うって話が良くあるけど、当の神はそんな感覚なんだな。
「ありがとう、シリウス。助かったよ」
揺れが収まって数分後、僕は改めて彼に礼を言った。
対して、直立不動から動き出した鬼塚親子は僕らに謝ってきた。
壮蓮「お尻を叩いてしまい申し訳ない」
シリウス「いや、あれは日下部が悪いから気にしなくて良いさ」
頭を下げて謝るお父さんに対し、タメ口で返すシリウス。
ちょっとヒヤヒヤするな。
鬼塚「ごめんなさい。僕が着地の時、力んだせいでこんなことに。ちゃんと力加減出来たって思ったのに…」
琉蓮は僕らに対して頭を下げた。
何て言葉を掛けたら良いんだ。
“気にしないで”って軽く言えるレベルのことではないけど、責めるのは違うと思うし…。
「いや、僕らも乗り場間違えてあたふたしてたんだ。だから、琉蓮だけの失敗じゃないよ」
鬼塚「ううっ…友紀くん」
僕がそう言うと、彼はチワワのような丸い目をして、僕の手をガシッと掴んできた。
痛い…、腕がもげそうだ。
鬼塚「あぁ、何て脆いんだ。ちょっと引っ張ったら骨ごと引き抜けてしまいそうだ…」
そんなチワワみたいな目で怖いこと言うなよ。後、死ぬほど痛いんだけど?!
鬼塚「あ、ごめん! 友紀くん!」
彼は僕の顔を見て察したのか、さっと手を離した。
シリウス「とりあえず、今は放屁で揺れを抑えているだけだから、僕らが旅行している間、ここで見張っててほしい。また揺れ始めても、君の腕力なら押さえられるだろう」
壮蓮「り、了解した」
タメ口で話すシリウスに対し、少し戸惑いながら返事をする琉蓮のお父さん。
シリウス「亀裂とかもただ放屁でくっ付けているだけで直ったわけじゃないからね。そこのところもよろしく」
言葉遣い、覚えてもらわないとまずいな。見てるこっちがヒヤヒヤしてしょうがない。
シリウス「さて、旅行を始めようか。ここは彼に任せたからもう大丈夫」
こちらにやって来たシリウスは、駅舎の近くにぽつんと立つお父さんを指さしながらそう言った。
「シリウス、日下部は?」
そんな彼に僕はそう問いかける。
シリウスの言動に色々と言いたいことはあるけど…。
シリウス「ここの揺れが完全に収まるまで、彼には眠ってもらうよ。というのも、臙脂蒙昧屁は僕しか使えないんだ。日下部に身体を返すと、また揺れ出す恐れがあるからね」
僕の質問に対し、淡々とそう語るシリウス。
マジか。じゃあ、もしかしたら旅行中、日下部はずっと意識がないってことに…?
僕らからしたら口調や性格もあまり変わらないから違和感ないけど、日下部自身は嫌だろうな。
気づいたら家に帰っていて、旅行中の記憶が一切ないってことにも成り得るから。
シリウス「後お返しは要らないって言ったけど、1つだけお願いがあるんだ」
日下部の身体に乗り移ったシリウスは、淡々と話を続けた。
シリウス「旅行を楽しむのは良いけど、今みたいに目立つような行動は控えてほしい。向こうの神々に目を着けられると、面倒なことになりそうだからね」
日下部は言っていた。
シリウスは神の仕事をばっくれて、こっちに逃げてきたニート気質な神だって。
神憑に憑いている神は、皆そうらしいけど。
あまり目立つと、また連れ戻しに来る恐れがあるとか何とか言ってたっけ。
「わかった、気をつけるよ。トラブルに巻き込まれたくないのは僕らも同じだ」
僕の言葉に対し、シリウスは納得したように深く頷いた。
シリウス「さぁ、行こうか。君たちが行きたいところに行けば良い」
そして、彼は僕ら1人1人の顔を見ながら、関心がなさそうな口調でそう言う。
神は旅行とか観光とかにあんまり興味ないのかな?
「みんな、行きたいところとかある?」
陽や琉蓮、他のみんなに希望を聞いたけど返事がない。
まぁ、ここに来たのは事故みたいなもんだからな。
目標があって来たわけじゃないし。
的場「うっ…、ヤバい。また吐き気が…」
苦しそうな声でそう言って、お腹と口を押さえる的場。
さっきの揺れと苦手な人混みが相まって酔ったのかもしれない。
他のみんなの顔色は…、悪くなさそうだ。
そして、特に行きたい場所もないなら…。
「とりあえず、田舎に行こうか…」
的場の具合が悪いのもあって、僕らは電車やタクシーを使って田舎の方へ向かうことにした。
何だかどっと疲れたし、緑に癒やされるとするよ…。




