王の目醒め - 鬼塚 琉蓮⑥
………に…………か。
お…………に…………か………!
ぼんやりと誰かの声が聞こえてきた。
そして、妙な風が肌を撫でる感触や、自分の足を抱き寄せた両腕の温度を感じる。
同時に、誰かのすすり泣く声も微かに届いた。
脳内に響いていた的場くんの声は消え、僕の五感は少しずつ戻ってきたみたいだ。
まだ何も見えないけど、顔を上げたら嫌でも見ることになるだろう。
あのヤバい光景を…。
文月「鬼塚…。クソ…」
辛そうに僕の名前を呼ぶ文月くん。耳元で聞こえたから、きっと隣にいるんだろう。
そんな彼の声を聞いて、僕はゆっくりと顔を上げた。
さっき見た悲惨な光景と全く同じだ。
男虎先生らしき血塗れの肉塊は、マジで見るに堪えない。
だけど、僕の心は自分でも驚くほど落ち着いていた。
文月「鬼塚、目を覚ましたのか」
僕の顔を覗き込んでそう話す文月くん。
彼の声は枯れていて、目に力を感じない。
こうなるまでの一部始終を見て、かなりショックを受けているんだ。
「ごめん、こんなことになってるとは知らずに塞ぎ込んでいた」
僕はグラウンドの真ん中で立つ五十嵐先生を見ながら、文月くんに謝った。
文月「君が謝ることはない。君が悪いなら、肝心な時に君を不能にした的場は大罪人だ」
彼はそう言って、謝る僕を慰める。
君はいつもそうだ。僕の失敗を庇ったり許すことはあっても、決して責めることはなかった。
ほんと、僕みたいな奴には勿体ない友達だよ。
文月「もし戦えるなら、あいつを殺してくれ…」
文月くんはか細いけど殺意を感じる口調でそう言って、五十嵐先生を指さした。
お父さんの姿をした彼が言った通り、先生が敵なのか。
よく見ると、先生の周囲でシュッシュッて音がしてて地面が切れまくってる。
わからないけど、特質的な何かを持っているのは間違いなさそうだ。
「わかった。ちょっと行ってくるよ」
僕は返事をして立ち上がり、1歩を踏み出した。
五十嵐「俺は……人を殺した。いや、俺じゃ……ない。俺の脳が……俺は悪くない」
突っ立ったまま何かぶつぶつと言っている五十嵐先生に、僕は向かっていく。
自分のしたことを後悔しているんだろうか? 普通に話せば、戦うことなく自首してくれるかな?
でも、“普通に話す”か。コミュ障の僕にはとても難しいことだ。
慎重に言葉を選ばないと。
五十嵐「俺は何をしている? あぁ、そうだ。皇を……あいつを殺して終わりにする。何も皆殺しにすることはない。いや、“BREAKERZ”はやっぱり殺す…!」
彼は苦しそうに頭を押さえて、葛藤しているみたいだ。
皇くんだけを殺すのか、皆殺しにするのか、あるいは僕の数少ない友達“BREAKERZ”を殺すのか。
うん…、大人しく自首する方向に持っていくのは無理っぽい。
口の上手いチャラチャラ営業マンなら、説得できるかもしれないけど。
五十嵐「とりあえず殺してから考えよう。俺の脳は生徒の死を望んでいる。特に皇、あいつを殺そうとしたときに聞こえた声…。いや、むしろ生かした方が……うぅっ!」
苦しみながら葛藤を続ける五十嵐先生。
誰を殺すのか。
先生にとっては、とても重要なことなのかもしれないけど。
僕にとっては、どれも許しがたいことだ。
僕は貴方を止めます。
そして、必ず五体満足の状態で警察に突き出します。
僕は頭を抱える五十嵐先生の背後に立った。
葛藤しまくってるせいか、僕が真後ろにいることに気づいてないみたいだ。
何かめちゃシュッシュ言ってるけど、触って大丈夫だよね…?
トントン
躊躇う気持ちはあったけど、僕は2回ほど五十嵐先生の肩を叩いた。
五十嵐「うっ…!」
すると、先生は身体をびくりとさせてから、こちらに振り返る。
え、加減ミスった? いや、自分で言うのもあれだけど、力加減は完璧だったと思う。
もう肩を軽く叩くくらいのことでミスったりしないんだ。
「あ…、先生。お話が…」
僕は、こちらを見て顔を強張らせている先生に声を掛けた。
先生と話すのって緊張するな。顔見知り程度の同級生と話す時と同じくらい言葉が詰まる。
五十嵐「う……ウインド・ウイング…!」
五十嵐先生は辿々しく技名的な言葉を発して、空へ飛び立った。
そして、空中で身を捻って僕から大きく距離をとる。
これが先生の能力…。詳しいことはわからないけど、空を飛べるみたいだ。
空中に浮いている五十嵐先生は、引き攣った顔で僕を見下ろした。
五十嵐「俺に触れた…? ウインド・メイルが消えた? どういうことだ」
困惑した様子で、そう呟く五十嵐先生。
こんだけ離れると、大きい声を出さなくちゃいけないじゃないか。しかも、みんなの前で…。
恥ずかしすぎる。僕には無理だ。
いや、何言ってるんだ。
さっき戦うって決めたじゃないか。
恥ずかしいとか目立ちたくないとか、そんな理由でビビってる場合じゃない。
戦う覚悟を決めるんだ。
僕は顔を上げて、上空にいる五十嵐先生を見据えた。
「先生、みんなを傷つけるのは止めてください」
僕の低い声がしーんとしたグラウンドに反響する。
五十嵐「お前…、何者だ? 超能力者か?」
僕の発言には答えず、そう聞いてくる五十嵐先生。
超能力…、特質とかのことを言ってるのかな?
僕が塞ぎ込んでいる間、みんな特質や神憑の能力で戦っていたんだろう。
マジでごめん。
もう僕は躊躇しない。
みんなと一緒に戦うよ。
僕は、“間に合う特質持ち”であり続けるべきなんだ。
力加減がどうとか言って迷ってたら、いつか本当に間に合わなくなる。
僕は両手の拳をぐっと握り締めた。
そして、何者かと聞いてきた先生に対し、僕は少し考えてからこう言った。
「僕は鬼塚琉蓮。“BREAKERZ”最強の特質持ちです。みんなを殺したいのなら、僕を倒してからにしてください」
静まり返ったグラウンドを横切る鋭い風の音。
五十嵐「ふははっ…! ずっとコートの外で蹲っていたお前がか?」
少しの沈黙の後、先生は顔を強張らせたまま大きく笑い出した。
鬼塚「できれば戦いたくないんですけど、話し合いとか無理ですか?」
どこか緊張した様子で笑う先生に、僕はそう問いかける。
力をコントロールする自信はそれなりにあって、戦う覚悟もできてはいるけど。
力づく以外で解決できるなら、その方が絶対に良い。傷つける心配がないから。
五十嵐「はっ、愚かな提案だな。格上でありお前らを殺したい俺に、話し合いをするメリットはない。格下のお前しか得しない提案など、このウインドマスターが受け入れる訳ないだろ」
きごちない笑顔のままそう語った五十嵐先生は、僕を指さし更にこう言い放った。
五十嵐「命乞い紛いな提案で逃げようとしても無駄だ。最初の要望通り、お前を殺してから皆殺しにしてやる」
ぱっと見笑ってて、態度がデカいから自信満々に見えるけど…。
どこか虚勢を張っているようにも見えるな。
五十嵐「お前ら、感謝しろよ。俺の気分で殺せるところを、自称最強の雑魚が希望する順番に則って殺してやるんだからな。寛大なウインドマスターの虐殺を心より享受しろ」
先生はベンチにいるみんなを見下ろしてそう言った。
余裕そうな態度から垣間見える焦りや動揺、警戒心。
五十嵐先生と接触したのはまだ1回だけ。肩を叩いた時だけだ。
あの時もしかして、身の回りにバリアとかトラップみたいなものを張っていたのかな。
普通に人の肩を叩くイメージで力を加えたから、無意識に壊したのかもしれない。
先生の言葉を聞いたみんなは、身体を震わせて怯えているようだ。
「あの…、言い方変えますね。みんなを殺すつもりなら、貴方を打ち落とします」
五十嵐「あぁ?」
こちらに振り向き不機嫌そうな顔を見せる五十嵐先生に、僕は話を続ける。
「ちゃんと技とか出し切りたいのであれば僕に向かって来てください。できれば不完全燃焼にならないよう、最初から本気で…」
僕はここまで言って、握った右手の拳を広げた。
「貴方がどんな技を使おうと、僕は一撃で終わらせます」
僕の言動に対し、固唾を飲む五十嵐先生と、ざわつき始める観客席。
「ほんとに…、勝てるのかよ…」
「確かあいつ、前にリングで校長を。倒せるのか…?」
「いや、流石に無理だろ。あの龍は無理だ…」
上空にいる五十嵐先生を見据えた僕は、開いた右手に全ての意識を集中させていた。
五十嵐「生意気な奴の多いことだ。望み通り全力で殺してやる…!」
ーー
風を自在に操り巨大な龍をも生成するウインドマスター、五十嵐富貴は額に汗を滲ませていた。
出力を極限まで上げていたウインド・メイルに触れ、難なく破壊した鬼塚琉蓮に対し、警戒と恐れを抱いているのだ。
尊大な発言は自信ではなく、恐怖心から出たものだった。
ーー
先生がそう言って僕を睨んだ瞬間、風が強くなる。
文月「鬼塚、一応説明しておく。奴は風を操り殺傷力の高い攻撃を繰り出す。力の入れ具合の参考にしてくれ。まぁ、殺してしまっても僕は構わないが…」
殺意のこもった口調で、能力の説明をする文月くん。
風が強くなったのは偶然じゃない。これは多分、攻撃の合図なんだ。
僕は彼に向かって強く頷いてから、先生を見上げた。
壮蓮『琉蓮…』
風が吹き荒ぶ中、脳内でお父さんの声が木霊する。
同時に、僕の肩に彼の手が置かれた。
壮蓮『不安なのはわかるが、今できることを全力でやれ。今は自信を持つときだ』
お父さんの声と姿をしている彼は、僕自身だ。
莫大な不安の影に隠れている僅かな自信が具象化したものだと、僕は思っている。
“__大丈夫。今は先生だけに集中してる。自分でも驚くくらい落ち着いてるよ”。
僕が心の中で返事をすると、肩に手を置いていたお父さんは優しく頷いて、すーっと身体に入ってきた。
“自信”と“不安”の共存。
今、僕らは1つになったんだ。
何だか頭の中がスッキリしている。
頭や心から雑音が消えて、静かになった。
よし、行こう。
「それでは先生、貴方の犯行を止めさせて頂きます」
冷静に見つめる僕に対し、五十嵐先生は右腕を真上に振り上げた。
五十嵐「ウインド・ギャザリング、開始!」
吹き荒ぶ風は更に強くなり、応援席の皆や友紀くんたちは腕で顔を覆う。
下から吹き上げるような強風に僕は違和感を覚えた。
ずっと手を上に上げている五十嵐先生。
先生に向かって風が吹いている?
そして、しばらくすると、あれだけ吹き荒れていた風がぴたりと止んだ。
ーー
【ウインド・ギャザリング】
周囲で発生している風を一点に集める技。
風を自在に操るウインドマスターの能力を引き出すには、一定数の風量が必要不可欠だ。
主に能力を最大限に引き出す際に使用する技で、五十嵐は今回、掲げた手の平の上に風を集結させ球状に圧縮した。
他の技同様、不可視なため、初見で何をしているのかを理解するのは難しいだろう。
ーー
そして、風が止んだと同時に、五十嵐先生はこう言った。
五十嵐「ストーム・フィールド、展開ッ!!」
次の瞬間、先生を中心に荒れ狂う強風が発生しグラウンドの砂が空高く舞い上がる。
多分、あの掲げた手から台風か何かを放ったんだ。
これだけの強風に曝されているのに、僕の身体はびくりとも動かない。
やっぱり僕は、普通の人より丈夫にできているのか。
僕は大丈夫だけど、みんなは…。
そう思って、左手側にいる文月くんや、先生のすぐ後ろにいた友紀くんたち、そして応援席のみんなの方へ目をやった。
でも、舞っている砂のせいでよく見えない。
みんな、無事なのか…? 特に、近くにいた友紀くんたち…。
文月「鬼塚! こっちは無事だ!」
暴風が吹き荒れる中、文月くんの声が微かに聞こえて振り向いた。
よく目を凝らすと、文月くんや、先生の近くにいた友紀くんに朧月くん、樹神くんたちが平然と立っているのが見える。
後、気を失っている皇くんや松坂先生も彼らの傍で横たわっていた。
いつの間にか、血塗れの肉の塊も彼らの近くに移動している。
良かった…。
安心した僕はほっと胸を撫で下ろした。
文月「その暴風は、恐らくサッカーコート内だけだ。コート内にいた奴らは、朧月がこちらに避難させたから問題ない。後は頼んだぞ」
僕の目をしっかりと見据えてそう話す文月くん。
ありがとう、後は先生を止めるだけだ。
五十嵐「風が集結したストーム・フィールド内は、俺のホームグラウンド。ウインドマスターの能力を最大限に引き出せる絶好の場所だ」
上げた右腕を下ろしながら、そう話す五十嵐先生。
僕は砂煙で見づらい中、浮遊している先生を見据えた。
そんな僕に向かって、先生はこちらを見下ろし手を翳してからこう言う。
五十嵐「ウインドキング、100体召喚」
ーー この時、鬼塚には見えていないが、サッカーコート内に100体のウインドキングが隊列を組んだ状態で出現した。
何かが起こった様子はない。だけど、前方に何か不気味な雰囲気を感じる。
風の流れや音がちょっと変わったっていうか…。
文月「もういちいち言う必要はなさそうだな」
そう言って、ニコリと微笑む文月くん。
文月「まぁ、念の為言っておこう」
彼が何を言おうとしているのか想像ついた。
君はほんとに良い人だ。僕が失敗したときの責任を背負おうとしてくれている。
文月『だから、君の力の責任は僕が持つことにする。その代わり、君は僕が許可しないと攻撃を行えない。これならどうだ?』
リングの上で雲龍校長と戦った時、文月くんが逃げ回る僕に言った言葉だ。
その言葉がつい昨日聞いたかのように、鮮明に甦った。
文月くん、君にはしてもらってばっかりだ。
もう自分の力の責任は、自分で持つよ。
いつか僕にできることで、何かしらの恩を返したい。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、彼はニヤリと笑ってこう言った。
文月「王撃、攻撃を許可する。奴を嬲れ」




