2日目 - 剣崎 怜④
秘策その1.軽トラックを停止させる
水瀬氏はカウントダウンを終えて急ブレーキを踏み込む。
もちろん、すぐに停まることはなくトラックからはけたたましい音が鳴って白い煙を上げた。
そして、道路にはタイヤの黒い跡が残る。
この行動は色々と危険だと思うだろう?
だが、この秘策は走りながらでは無理があるのだ。
そして、秘策その2は……、
トラックは完全に停止。黒い者たちとの距離が一気に縮まる。
水瀬「今だ! やれ!」
ここで私の出番だ。失敗すると間違いなく全滅。失敗しなくても私自身は…。
いや、大丈夫だ。私ならできる。
そして、彼らは私の醜態を受け入れてくれることだろう。
私は舌を左の奥歯に挟み込み、右の奥歯までゆっくりと滑らせた。
黒い者たちよ、見せてやる。私が全力で唾液を分泌したらどうなるかを…。
「飽和粘縛____
電解唾液!」
過去の私は、わざと唾液を出そうとするときが来るとは夢にも思わないだろう。
私は荷台に手を掛け、身を乗り出した。
自分が出せる最大量の唾液を分泌し、大きく口を開けて道路に垂らすためだ。
口を開けるとドバッと唾液が溢れ、黒い者たちの足元に隙間なく浸透していく。
この唾液で全ての黒い者たちの動きを止める……いや、止まらなくても問題はない。
彼らの足元に少し付着するだけでも良いだろう。
秘策その2.大量の唾液を分泌する
新庄「ぎゃああぁぁぁぁ!!」
私が唾液を放出したと同時に、隣から耳が裂けるほどの断末魔が聞こえてくる。
しまった! 距離を詰めてきた黒い者たちが新庄氏に何かを…!
あまりにも悲痛な叫び声だったので、私は反射的に彼の方へ振り向いた。
新庄「気持ち悪りいいぃぃぃぃ!」
心配する必要はなかったようだ。
彼は今にも吐き出しそうな顔をして、大量に分泌された唾液を指さしている。
それに黒い者たちは皆、私の唾液を踏んでしまい動けなくなっていた。中にはバランスを崩して転倒している者もいる。
新庄氏の反応を見る限り、やはり私は社会的死を辿る運命なのか…。君たちになら受け入れてもらえると思ったのだが。
………ん? 何だ? 視界が揺らいだ。足元がおぼつかない。
私から見た新庄氏の顔は、歴史上の偉大なる西洋の画家“ピカッソ”の作品のように歪む。
唾液を分泌しすぎた反動かもしれないな。私自身、唾液を全力で分泌するのは初めてなため、よくはわからないが…。
私は後ろに下がってトラックにもたれかかった。
新庄「でも、技の名前はかっこよかったぜぇ。俺も何か…」
ここまでは打ち合わせ通りである。私の役目は終わり、彼の出番だ。
新庄氏がバットを持って立ち上がる。その後ろ姿はとても勇ましく見えた。
秘策その3...
秘策その3.分泌した唾液に電流を加える
彼のバットには非常に強い電気エネルギーが宿っていると私は踏んでいる。
唾液を介して、その強い電圧を彼らに行き渡らせるのだ。
唾液とコンクリートの道、電気の通りやすさはそんなに変わらないんじゃないかって?
あまり詳しいことはわからないがそうかもしれない。
だが、これは“電解唾液”。通常の唾液より何倍も電気を通しやすい。
何度か言ったが私は唾液を自在に操作できる。電解質な唾液をつくることなど容易いのだ。
「仕上げだ、新庄氏! 存分に振り下ろすがいい!」
彼は荷台に足を掛け、バットをしっかり握り締めて自身の頭の上までゆっくり持ち上げた。
新庄「カミナリ大根切り!」
なかなかのネーミングセンスだ。
唾液が付着した荷台の部分を目がけて一気に振り下ろした。
ドッ…………!
うっ…! 何だ? 耳鳴りが……!
一瞬、何が起こったか理解できなかった。
鼓膜を破る勢いの爆音、眩い一瞬の閃光と共に、荷台の半分と黒い者の大軍が消し飛んだのだ。
トラック自体も若干跳ねたのか、私は背中を軽く打ち付けた。
もし、あのときふらついて後ろに下がっていなければ私は死んでいたであろう。
秘策その4.黒い者たちがショートして機能を停止するまで電気を流し続ける
本来はこのつもりだったが、バットの威力は想定を遙かに上回っていた。
恐らくだが、バットが接触した瞬間、唾液が付着していた荷台や道路の部分が大爆発を起こしたのだ。
彼らは跡形もなく消え去り、今、目の前では炎が燃えさかっている。
私の少し前にいる新庄氏は、ただ一点を見つめて茫然と立ち尽くしていた。
新庄「すまん…。こんなになるとは思わなかった…」
青ざめた顔で謝る彼の声はとても弱々しい。彼は爆発を起こした当事者だ。動揺するのも無理はない。
ガチャッ
鬼が全滅したのを確認した水瀬氏は、少しふらつきながら運転席から降りてきた。
水瀬「大丈夫。想像以上の威力だったけど作戦は成功だよ。幸いこの辺りに人はいなかった」
彼の発言を聞いて、1つ疑問が浮かぶ。
思い返してみれば……私は朝、家を出てからこの2人以外とは誰とも遭遇していない。
新庄氏は、昨日から彼らはいたと言っていたな。
もしや、この辺りの住民は既に避難しているのでは? それとも、あの黒い者たちに虐殺されてしまったのか?
いや、虐殺された可能性は低いであろう。昨日、家にいた私自身が襲われてないのだから。
逃げていてばかりで色々と聞きそびれていたことがある。
この2人は何か知っているかもしれない。
燃え盛る炎を見つめ、沈黙している2人に私は問いかけた。
「2人に聞きたいことがある。あの黒い者たちは何者なのか。そして昨日、一体何があったのだ?」




