設立 - 水瀬 友紀②
自警部設立を願い出に、僕らは職員室へ向かっていた。
僕を先頭に、後ろからみんながぞろぞろと着いてきている。
的場はサッカー部の練習に行き、樹神はパチンコ欲を抑えきれなくなって帰ってしまった。
今いるのは、皇、陽、日下部、琉蓮に怜の5人だ。
朧月くんもいつの間にかいなくなっていた。もしかすると、小声で用事があるとか言っていたかもしれない。
そんなことを考えていると、僕らが歩く廊下の先に職員室が見えてきた。
皇「良いか、作戦通りに行くぜ」
皇は歩きながら制服のポケットに手を入れ、あるものを取り出して隣にいる陽に渡す。
あるものとは、赤いハートのシールで封をされたピンクの洋封筒だ。
ラブレターでも入っているのかと思わせるそれを陽は受け取り、無言で頷いた。
皇「理屈は考えるな。先陣のお前は情に訴えかけることだけを意識しろ。後の交渉は俺たちに任せな♪」
狂気的な笑顔でそう話す皇。
彼のこういう時の笑顔ほど、安心できるものはない。
僕らは職員室のドアの前に立った。
数秒見つめた後、僕は深呼吸をしてから後ろに振り返る。
「陽、頼んだよ。先陣を切れるのは君しかいない」
獅子王「わ、わかった。こんな使い方したことないけど、僕は僕を信じる」
彼は自信のなさそうにそう言って、すぐ後ろにある廊下の窓の所まで行き、太陽を直視した。
獅子王「色欲に溺れた愛憎渦巻く哀れな王よ。絶え間なく襲いかかる己の情動を糧とし、今ここに降臨せよ__唖毅羅」
何かよくわからないけど、漫画のセリフっぽいことを言った陽の身体はみるみる膨張していく。
そして、見慣れた黒い体毛の巨大ゴリラがそこにいた。
ゴリラとなった陽は振り返り、こちらに向かって歩いてくる。
僕らは横に避け、彼にドアの前へ立ってもらった。
そう、先陣を切るのはゴリラ化した陽だ。
見ているこっちまでドキドキしてくる。
彼が上手くやれるかで、この交渉はほとんど決まると皇は言っていた。
最初にして最大の関門。
陽は震えるゴリラの手でドアをノックし、優しくそうっと職員室のドアを開けた。
ガラガラ
「失礼します」
ゴリラ状態の彼は声を発するのが苦手だ。
だから、代わりに僕が挨拶をした。
村川「お、おぉ…。ちょっと待ってや、行くわ」
僕らの存在に気づいた村川先生は、ゴリラに少し狼狽えながらも席を立ってこちらにやって来る。
2年生の時、あれだけ恐かった村川先生だけど、人となりがわかったからかもう恐怖は感じない。
今では低い声で関西弁を話す普通の先生だ。
村川「ええと、お前は……獅子王か。何や、事件か? それとも、カミツキ?って奴か?」
ゴリラに変身した状態でやって来たからか、深刻な事態を案ずる村川先生。
吉波高校のほとんどの先生は、特質などの能力について知らされている。だから、ゴリラがやって来てもさほど驚かない。
隣にいる陽 (ゴリラ) と比べると随分と小さい彼に僕は息を呑んでこう言った。
「いえ、違います。僕らは新しく……部活を立ち上げたいんです」
村川先生の目をしっかり見つめてそう言うと、彼は難しい表情をして腕を組む。
村川「そうか。もう定番のスポーツとか文化部は既にあんねん。やから、マイナーなもので立ち上げようとしてるんやろうけど、中々難しいねんな」
「それは重々理解しています。だから、こうやって皆で色々と考えて、相談しに来たんです」
難色を示す先生に、僕は負けじと言い返した。
2年生の僕には到底考えられない光景だろう。世界最恐の村川先生に言い返すなんて…。
村川「わかった。じゃあ、詳しい話は教頭先生にしてくれ。あそこにいるから」
先生は職員室の奥の方を指さしてそう言った。
指さした先には1番大きなデスクがあり、そこに教頭先生と思われる女性がこちらを見据えて座っている。
「ありがとうございます」
僕らは村川先生に頭を下げてから、職員室に足を踏み入れた。
ラブレターらしきものを持ったゴリラの陽は、一瞬だけ僕の目を見て、教頭先生の元へ向かっていく。
彼の大きな背中に続く僕ら。
そして、教頭先生のデスクの前に陽は立ちはだかった。
教頭先生も椅子から腰をゆっくりと上げ、僕らの顔を見てニヤリと笑う。
「久しぶりね、“BREAKERZ”。いったい私に何の用かしら?」
身長160センチ前後。肩にかかるくらいの直毛の髪に、少しギョロッとした丸い目をしている30代半ばくらいの女性。
政府の手先でこの学校を支配しようとしていた御影丸魅は、今年度から吉波高校の教頭として就任している。
さっきの始業式でそう知らされた時は驚いたよ。
だけど、もう理不尽な校則とかで支配するつもりはないみたいだ。
僕らや他の生徒の安全を確保するために監視しているのか、特質や神憑などの能力の調査が目的なのか。
彼女が再びやって来た明確な理由はわからない。
そして、御影は“先生として最悪なことをした”、“もう一度チャンスをください”と、始業式で号泣するという迫真の演技を見せて生徒たちの信頼を取り戻したんだ。
何の用かと聞いてくる彼女を見て、僕は陽の背中を軽く叩いた。
この行動が励ましや緊張を解すことに繋がるかはわからないけど、全ては彼に懸かっている。
ゴリラの彼は深く息をしてから、彼女の前に跪いて両手でラブレターらしきものを差し出した。
そして……、
唖毅羅「ウホッ♡」
皇が言っていた“きゅるるんとした目”を精いっぱい作り、上目遣いで彼女を見つめる。
この作戦は、“女性は可愛いもの全てに弱い”という日下部の助言と、それを最大限に活用する手段を考案した皇の2人によって出来上がったものだ。
紳士っぽくて割とモテそうな日下部と、ぶっ飛んでるけど鋭い発想を持つ頭の切れる皇によって考えられた作戦は完璧だったと思う。
だけど……、
御影「はぁ、貸しなさい」
御影教頭は人権のない家畜を見るかのような目で、ラブレターをガサツに奪い取った。
そして、引き裂くようにピンクの封筒を破って中身を見た瞬間、ぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱に捨てたんだ。
“きゅるるん絆され戦法”が不発…?
なんで? どうして? 確かに陽は緊張していたけど、そこまでぎこちなくはなかったのに。
彼女は、ゴミ箱から跪いているゴリラに視線を移す。
御影「猫や犬ならまだしもね…。ゴリラは論外よ、生徒会長さん?」
唖毅羅「ホッ…?」
明らか傷ついて目に涙を浮かべているゴリラの陽に、彼女は更に畳みかけた。
御影「キモカワを狙ったのかしら? 悪いけど、生理的に気持ち悪い。私のあらゆる遺伝子が全力で拒絶しているわ」
彼はよっぽど傷ついたに違いない。僕だって先生にそんなこと言われたら、二度と登校できないかもしれない。
陽はゴリラのまま、職員室の端っこで僕らに背中を向けて蹲った。
それを見た皇は、笑いを堪えきれないといった様子で口元を押さえながら、ニヤニヤとし始める。
皇「こい……つら……ヒャハッ♪ 俺の作戦を……真に受けやがった。上手くいくわけねぇだろ、ゴリラだぞ」
嘘だろ、皇…? 君は自警部設立に真剣じゃなかったのか?
常に煽り口調で嫌らしい奴とは思ってたけど、それでも僕は仲間だと…。
皇「ヒャッハッハッハ~♪ 笑いが止まらねぇぜ!!」
友達に裏切られ絶望している僕の前で、彼は両手を広げて豪快に笑い出した。
トンッ
日下部「皇、君には一度、お灸を据えないといけないね」
そんな彼の肩に、恐いくらい無表情な日下部の手が置かれる。
そして、彼はやや強引に肩を引っ張って、皇を職員室の外へ連れ出そうとした。
皇「ハハッ、止めろよおいっ! ヤベぇ、笑いすぎて力が入らねぇ…! ヒャハハハッ♪ 離しやがれってんだよ、下っ端がぁ!」
笑いが止まらない皇の抵抗は虚しく外へ連れ出され、職員室のドアがピシャリと閉まる。
微かに聞こえてくる彼特有の笑い声。
ボオオオォォォォォン!!
その直後に発せられた謎の爆音と共に、それは聞こえなくなった。
僕らは日下部の能力について知っている。皇の身に何があったのか大体察しがついた。
まぁ、自業自得だと思う。これで少しは反省してくれると良いんだけど。
てか、しばらく向こうのドアからは出入りしない方が良いだろう。
ガラガラ
日下部「ふぅ…、色んな意味でスッキリしたよ」
再び職員室のドアが開かれ、爽快で気分の良さそうな日下部が手をぱんぱんと叩きながら入ってきた。
剣崎「中々悪くない作戦だと思ったが、失敗に終わったか。三十路を過ぎた御影殿の乙女心は朽ち果てていたのであるな」
めちゃくちゃ真剣に悔しがっている様子の怜。
いや、皇がそもそも巫山戯ていたから、上手くいくはずないと思う。
御影「この堅物のクソガキ…。ぶち殺すわよ?」
眉間にしわを寄せて、拳をぐっと握り締める御影教頭。
そして、存在を忘れそうになるくらい静かな琉蓮は、直立不動でこの一連を眺めていた。
彼はみんなで職員室に向かっている時から今までの間、一言も話していない。
御影「まぁ良いわ。ガキの茶番にいちいち付き合うほど私も暇じゃないの。水瀬、自警部を設立したいと書いてあったけど、簡潔に説明してくれるかしら?」
御影教頭は、ギョロッとした目を更に見開いて僕を見る。
手紙を見た瞬間、速攻で捨てたからてっきり却下されたのかと思ってた。
刺々しい発言をする人だけど、一応話は聞いてくれるみたいだ。
僕は聞き入れてもらえるチャンスだと思い、自警部の活動内容についてざっくりと説明した。
「時々やって来る神憑等の敵の対処が主にはなるんですけど、基本的にはボランティアの依頼を受けて町中のお手伝いをするって感じです」
一通り話した僕らに対し、御影教頭はこう即答する。
御影「良いんじゃない? 好きなようにやりなさい」
え、こんなあっさりしてるもんなの?
簡単に申請が通ったことに、僕は驚きを隠せない。
御影「ただし、条件がある。一度でも破れば廃部にするわ」
ただ、彼女は1つの条件を提示してきた。
その条件とは、活動内容はどんな小さなものでも必ず報告することだ。
彼女は教頭だけど、あくまで政府の人間だ。僕ら能力持ちの行動は常に監視しておきたいんだろう。
それでも、支配しようとしていたあの時と比べたらかなり丸くなっている気がする。
「ありがとうございます。頑張ります」
僕らは御影教頭に一礼して、職員室を後にした。
ドアの前で倒れていた皇は、ゴリラの陽に運んでもらったよ。
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僕らは今、薄暗い廊下の突き当たりにある教室へ向かっている。
部室は他の部活で満杯だから、場所を使うなら滅多に使わないここを使えと言われた。
僕はその教室のドアに手を掛けて、横にスライドさせる。
この教室内を見て、僕は懐かしい気持ちになった。
去年の9月頃、第2次学生大戦が始まる前。僕はこの生徒指導室で能力を持つ生徒を探していたんだ。
僕は先に中に入り、薄暗い室内を見渡しながらゆっくり入ってくる彼らにこう言った。
「明日から自警部は活動を始める。この町を平和は、僕らで守るんだ!」
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ーー 水瀬たちが職員室を出ていった後、村川は現教頭である御影丸魅に尋ねた。
村川「まさか、あんなあっさり許可するとは思わなかったですよ」
自分でぐしゃぐしゃに丸めて捨てた手紙を拾って眺めていた御影は、席を立つことなくデスクの前にいる村川を見上げる。
御影「そう? 大した活動内容じゃないし、誰も生徒にボランティアなんて頼まないでしょ。要は何もしていない帰宅部と何ら変わらない。それに気づいたら、自ら止めると思うわ」
その返答に村川は腕を組み、怪訝な顔をしながら首を傾げた。
村川「ですけど、あいつら、自分でカミツキ?とやらを相手する気ですよ?」
村川はドスの利いた関西弁と厳格さで恐がられているが、生徒思いな先生でもある。
自分の学校にいる生徒が危険な目に遭うことは、極力避けたいと思っているのだ。
御影は再び手紙を丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
御影「彼らはそう言っているわね。でも、神憑やその他能力持ちの襲来はこちらで対応する気よ。即座に対応できるよう私と雲龍校長がここにいる。時間を稼げば、国中の軍隊を集結させることも不可能じゃない。彼らが神憑と戦うことはないからまず安全よ」
彼女の回答に、村川は納得するしかなかった。
村川「せやけど、あいつらやる気満々というか…、危ないのはあかんけど、したいことをさせてやりたいって気持ちもあるんですよね」
頭をポリポリと掻き、思案しながらそう話す村川。
御影は椅子から立ち上がり、こう返す。
御影「先生方の気持ちはわかるけど、政府としては国民の安全を徹底しないといけないの。非情な手段を使ってでもね。国の平和のためなら、どんな犠牲を払うことも厭わない。数人の生徒に、したいことを我慢させる程度の犠牲でそれが叶うなら…」
彼女はそこまで言って、職員室を後にした。
職員室を出て廊下を歩いていると、水瀬たちと解散して帰ろうとしていた鬼塚琉蓮と鉢合わせになる。
鬼塚が“BREAKERZ”最強の戦力だということは、御影もあの時に身を持って思い知らされただろう。
先ほど、生徒を危険な目に遭わす気はないと言っていた彼女だったが…。
御影「鬼塚くん、ちょっと頼みがあるんだけど良いかしら?」
鬼塚の名前を呼ぶ彼女の表情は、“安全”や“平和”とは程遠いものだった。




