凶敵 - 文月 慶⑬
僕の目の前で、1カ所に集まった増殖体の群れが大爆発を起こして焼失した。
どういう訳か生きていた獅子王と、剣崎たちの連携によって成せたことだろう。
だが、Undeadのコアはまだ2つある。
1つは剣崎が命懸けで破壊できたものの、もう1つは彼らにとって想定外だった。
破壊し損ねたコアを中心に奴の身体は完全に再生。
新庄は右半身の広範囲に火傷を負って、仰向けに倒れていた。
剣崎も受け身は取れたが、もう唾液は使えず体力も消耗していてすぐには動けそうにない。
そして、男虎先生が着用していた灰色のジャージはひらひらと宙を舞って地面に落ちてきていた。
奴のコアが1つになったと言えど、主力が満身創痍で絶望的な状況だったんだが…。
奴はそんな彼らを無視し、謎の言葉を発しながらこちらに向かって走ってきたんだ。
奴の成体変化はかなり厄介だ。それをどう対処しようと考えたのは束の間だった。
ドオオオオオォォォォォォン!!
Destroyが奴を破壊した。
理由はよくわからない。奴の発言がきっかけになったのか?
よって現在、EvilRoidはDestroyのみとなった。
増殖体の群れでこちらからは見えなかったが、Plantも新庄たちの手によって撃破に成功したようだ。
まだ黒いブロッコリーは、グラウンドを囲って生えているが機能はしていない。
謎の仲間割れで残り1体となったが、あまり良い状況ではないな。
相手はEvilRoidの中で最強の存在。鬼塚の特質を使ってくる。
D『さて、任務を終わらせましょうか』
そう言って、膝を抱えて蹲っている鬼塚に奴は身体を向けた。
先に強い者から始末しようという魂胆か。奴が1番最初に目を付けたのが鬼塚で良かった。
鬼塚とDestroyはついさっきまで戦っていたんだ。
鬼塚の攻撃は全て躱されていて、何度もカウンターを喰らっていたが、Destroy側の攻撃も彼にとっては脅威ではなかったように思えた。
何発喰らっても全く怯んでなかったからな。
逆を言えば、Destroyが彼の攻撃を躱し続けていたということは、1発でも当たれば決定打になるかもしれないということ。
鬼塚が蹲っているのは傷を負ったからじゃない。いつものようにただ落ち込んでいるだけだ。
ボロボロになった軽自動車の近くで倒れている真っ黒に焦げた皇。恐らく力加減をミスってあいつをあんな風にしてしまったからだろう。
だが、あいつは生きているし恐らく無傷だ。地球を破壊しかねない鬼塚からすれば、これはケアレスミスのようなもので落ち込む必要はない。
僕らが思っているより意外と人間の身体は丈夫にできている。学生大戦時、乗っていた軽トラの爆発に巻き込まれた村川先生も無事だったからな。
D『結局、私以外のEvilRoidは誰も抹殺することができませんでした。彼らの存在意義は皆無に等しい』
苦言を呈しながら、落ち込んでいて戦えそうにない鬼塚の元へ向かうDestroy。
とりあえず、これは放置しておいて問題ないだろう。Destroyの攻撃が彼に大して効かないことは既にわかっている。
もっと優先すべきことがあるんだ。
僕はイヤホンに手を当てて、獅子王の近くにいる朧月に声を掛けた。
「朧月、新庄を助けてやってくれ。見つかり次第、生きていたら男虎先生も…」
僕の指示を聞いた彼は、重度の火傷を負って倒れている新庄の元へ行き、ポケットから注射器を取り出して額に突き立てる。
火傷を負った部分は見る見る再生していき、朦朧としていた新庄はむくりと上体を起こして辺りを見渡した。
簡易版の万能薬だ。朧月がPlantの毒にやられて取りに来たとき、持てるだけ持たせておいた。
瞬殺されない限り、傷を負った者には彼が即座にあれを投与するから、誰かがDestroyに致命傷を負わされても基本的に死にはしないだろう。
一応、万能薬も作ろうと思えばいくらでも作れるが…。
まぁ、その時はその時だ。万物を創りだせたとしても、命は再現できないからな。
今のところ、投薬が必要なのは新庄だけだったか。
剣崎はコアを斬った後、上手く受け身をとって着地したから問題なさそうだ。
ただ、もう特質は使えず刀も刃こぼれしている。場合によってはDestroyに掛かっていきそうだが、そんな切羽詰まった状況には絶対にしない。
ここから僕が的確な指示を出し……いや、的確に鬼塚を説得して奴を破壊させる。
彼が再び立ち上がれば、もう誰も戦わずに済むんだ。
D『戦意喪失ですか。無理もないでしょう』
蹲って微動だにしない鬼塚の目の前に立って見下ろすDestroy。
D「EvilRoidは例外なく、オリジナルの特質持ちより強く造られています。FluidもPlantも、数人かがりでようやく勝負になるくらいでしたね。Undeadに関しては、どうしても動力源にコアが必要なため破壊されたら再生しないという完全な不死身ではありませんが、それでも殺傷力はオリジナルを凌駕していました」
単に落ち込んでいるだけの鬼塚に得意気に何やら話しているようだが…。
こいつ、バグでも起こしたのか?
お前が鬼塚を超えている? 力の差に圧倒されて戦意を失っているとでも…?
BREAKERZの王と打ち合って本当にそう感じたのなら、模造な上に欠陥品というわけだ。
束の間の優越感に浸っていろ。鬼塚が再び拳を振るえば、お前は今度こそ終わりだ。
僕はイヤホンに手を持っていきながら考えた。
さて…、どう声を掛ければやる気になってくれるだろうか?
ザッ……
新庄『おい、弱いものイジメは止めろ』
マジかよ…。回復して早々、死ぬ気か。
僕の薬によって回復した新庄は、金属バット“轟”を片手に、Destroyの背後に立った。
恐らくあいつは、鬼塚やDestroyの強さを理解していない。
鬼塚のことを雰囲気だけで勝手に弱いと判断したんだろう。そして、脳筋不良に敵が格上かどうかは関係ない。
時が止まったかのようにグラウンドにいた彼らは静止した。緊迫した空気がこちらまで流れてくる。
誰も動けないのは当たり前だ。相手は鬼塚の特質を持った“EvilRoid”。
恐怖で足がすくんでも不思議じゃない。
「お、おい……。下がれ、新庄」
戦場に立っていない僕ですら、辛うじて声を出せるくらいだ。
Destroyはゆっくりと振り返り、新庄の目を見つめる。
引き下がろうとする様子がない新庄。
僕の声が聞こえなかったのか? それとも、あまりの威圧感に身体が動かない…?
そして……、奴は恐らく抹殺対象者と認識し、無言で拳を軽く後ろに引いた。
D『貴方も抹殺し……』
ドゴオオォォォン!
………どういうことだ?
鈍器で殴ったような鈍い音と雷鳴のような音が大きく反響し、僕は目を疑った。
この音はDestroyが突きを繰り出した際に発したものではない。
新庄が“轟”を振り切り、奴の身体を地面に叩きつけた音だ。
ドンッ…!
叩きつけられた奴の身体はうつ伏せの状態でグラウンドに倒れ込み、奴を中心に地面には深い亀裂が入った。
いくら“轟”の威力が絶大とはいえ、ただの不良がDestroyを吹き飛ばすことなど…。
バチ……バチ……バチ……。
よく耳を澄ますと、グラウンドに配置している小型カメラからイヤホンを通じて、微かに弾けるような音が聞こえてくる。
1つだけ……考えられるとすれば……。
今の一撃で奴に決定的な損傷を与えた様子はない。
奴の銀色の装甲には傷1つついていないのにも関わらず、立ち上がるのに苦労しているようだ。思ったように腕に力が入らないといった様子で。
“轟”は莫大な電気によって破壊力を引き出している。
“EvilRoid”はコアを動力源とした機械。コアから流れる電気によって作動しているのだとすれば、“轟”に流れている莫大な電気は奴の機能を阻害できるのか。
D『その金属バット、想定以上に凄まじい威力のようですね』
だが、奴にとっては1度怯まされただけに過ぎない。莫大な電気による機能の阻害も一時的なものだったようだ。
奴はうつ伏せになった身体を起こした流れで身を捻り、背後にいた新庄に突きを繰り出した。
ドドドドオオォォォン!!
前々から思うところはあったが、あいつの身体能力や喧嘩に対する機転には目を見張るものがある。
Destroyが立ち上がろうとしたときには既に、新庄はバッターのような構えをとっていた。
そして、奴が拳を振り抜くより先に、バットを頭に向けて振り切ったんだ。
その際、一瞬だけ見えた新庄の身体を奔る蒼い稲妻。それと同時に、Destroyの身体は吹き飛び地面を抉った。
すぐに殴ってくることを先読みしていたんだろう。ただイキがっているだけの不良にはできない芸当だ。
あいつは恐らく、これまでに喧嘩という死線を何度も潜り抜けて来ている。その経験が今の戦いに活きているに違いない。
30体の鬼や、神憑の羽柴と戦ったときもそうだ。
いくら僕の造った金属バットが有能だからといって、火力全開の鬼30体が生身の人間に指1本触れられないことなんてありえない。
奴は生粋の喧嘩番長だ。
新庄は遠くに飛んでいったDestroyに向かって駆けだした。
仰向けに倒れていたDestroyは起き上がろうとしている。
「深追いはやめろ、新庄! 僕が鬼塚を…」
新庄『心配ありがとよ、じいちゃん。でも、誰かがやんなきゃいけねぇんだ! あいつは強い。そんなことはわかってんだよ!』
僕の言うことに聞く耳を持たず、奴へ迫っていく新庄。
じいちゃん…?
ーー 新庄篤史は、小型カメラを通じて聞こえてくる文月慶の声を、亡くなった自身の祖父のものと認識していた。
D『まさか、鬼塚家以外でここまで強い人間がいたとは…。面白い、私も全力で応じましょう』
完全に立ち上がったDestroyは、一直線に走ってくる新庄を見据えて右手に拳を作る。
「おい、マジで退け! 奴の本気の突きは隕石をも砕く…!」
新庄『じいちゃん、見ててくれぇ!』
ダメだこいつ、いっさい話を聞かない。
新庄は奴を跳び越えそうなくらい高さまで飛躍し、バットを頭上に振り上げた。
バチバチバチバチ!
弾けるような音を立てながら、またも稲妻が彼の身体やバットの表面を巡っている。
“轟”にそんな機能を付けた覚えはないんだが…。
あいつの特質らしきものが相まって本来以上の威力を引き出そうとしているのか?
まさかとは思うが、打ち勝てる?
新庄『う゛お゛ぉぉっ…! カミナリ大根切りいぃ!』
新庄は自身の身体に流れる稲妻のせいか、若干苦しそうにしながらも、身体の落下とともに奴へ目がけてバットを振り下ろした。
D『凶撃』
金属バットと共に上空から迫る新庄に対し、奴は拳を突き出した。
ガキンッ! ドオオオオオォォォォォォン!!
金属バットと拳がかち合い、雷鳴と爆発が入り交じった音と共に、彼らの周りの地面には大きく亀裂が入る。
ほんの2,3秒、そのまま膠着した後で……、
ドゴオォ…!
Destroyの拳は金属バットに押し返され、バランスを崩した奴の身体はうつ伏せに倒れ込んだ。
そして、倒れ込んだ奴に間髪入れず新庄は何度もバットを振り下ろす。
奴の身体に金属バットが直撃するたびに、大きな雷鳴が鳴り響いた。
グラウンドにいる奴ら全員、歓声を上げることはないが、恐らく勝てると思って見届けようとしているだろう。
だが…、
『Destroyの装甲の損傷率0%。新庄篤史による攻撃によって怯みはしているものの、有効ではありません』
イヤホンを介して聞こえてくる“FUMIZUKI”の音声。
あぁ、僕も薄々気づいていたが、“轟”で奴を破壊するのは不可能だ。
ガチャッ……
Destroyはうつ伏せになったまま、肘だけを曲げて拳を上に突き上げた。
ドオォォン!
新庄『うおっ!?』
新庄自身に命中はしなかったものの、彼の身体は風圧で吹き飛び地面を転がる。
意地でもバットは手放さなかったようだ。
彼は片膝を着いて立ち上がろうとするが…、
新庄『ゲホッ……ゲホッ……!』
みぞおち辺りを押さえて咳き込む新庄。吐血はしなかったものの、透明の胃液のようなものが彼の口から滴り落ちた。
風圧で押し飛ばされた上に、受け身も取れていない。生身の人間がそんな目に遭ってその程度で済んでいるのは運が良い。
当たり所が悪ければ、複雑骨折でもしていただろう。
D『見かけ以上に貴方の身体はガタが来ているようですが、私に対して構えをとる辺り、まだ勝てると思っているようですね』
起き上がった無傷のDestroyと、バットを構えた新庄が対峙している。
新庄『ちょっと咽せたくらいで大げさなんだよ。勝てる勝てないじゃねぇ。ここでみんなを捨てて逃げたら、じいちゃんに顔向けできねぇだろ』
今、僕のするべきことは鬼塚を説得すること。同時に新庄を避難させることだ。
どちらも難しいように思うが、新庄に関しては良い方法を見つけてしまった。
僕は少し躊躇しながら、イヤホンに手を当てる。
「篤史、僕……じいちゃんはそうは思っていない。黙って戦いを放棄しろ。これは僕……じゃなくてじいちゃんからお前への命令だ」
これで新庄は言うことを聞くだろう。
あいつは小型カメラを介して聞こえてくる僕の声を自身の祖父のものだと思っている。
その尊敬している祖父が逃げろと言えば、きっと喜んで逃げるだろう。
新庄『お前……、じいちゃんじゃねぇだろ? じいちゃんはそんなこと言わねぇ』
都合の悪すぎる解釈……、マジで止めてくれ。
お前ではDestroyを倒せない。無駄死にするから退けと言っているんだ。
ダッ……!
Destroyが新庄に向かって駆けだし……、
新庄『来いよ、銀色マッチョ!』
彼がそれに応じたことで、戦いは再開されてしまった。
金属バットと金属質な拳がかち合う音が何度も響く。
莫大な電気と相性が悪いからといってどんなに怯ませられたとしても、いずれは新庄の体力が尽きて殺されるのがオチだ。
新庄は言うことを聞かない。
その周囲にいる朧月や獅子王が戦いに加わったところで…。あの金属バットですら傷1つつけられない装甲にできることはないだろう。
どうすれば…。できるだけ長く持ってくれることを祈って鬼塚を必死に説得することしかないのか。
あの蹲っている鬼塚は史上最高に落ち込んでいる気がする。
数分の説得で済む気がしない。
そんな訳あり八方塞がりな状況の中、1人の人物が声を上げた。
皇『おい、揃ってるじゃねぇかぁ♪ 勝ちへの布石がよ』
目を覚ましたか、皇。真っ黒になったあいつはいつの間にか軽自動車の隣で起き上がっていた。
鬼塚『す、皇くん……』
奴の声が聞こえたのか、近くにいた鬼塚は目に涙を浮かべながら顔を上げる。
皇はそんな鬼塚を一瞥してから、ニヤリと笑った。
皇『1つだけ足りなかった布石があった。それは、この俺が生存していることだ』
そして、あいつはいつものように狂気的な笑みを浮かべながら、両手を大きく広げてこう言った。
皇『聞こえてるんだろぉ、文月ぃ♪ 今から俺の言うとおりに駒を動かせ。王手を取ろうぜぇ♪』




