2日目 - 水瀬 友紀③
チュン………チュン…………。
………朝がやって来たみたいだ。小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
あれから日が昇るまで、ひたすら泳ぎまくっていた。これだけ夜が長いと感じたのは初めてだ。
慶の奴、がっつり防水機能まで搭載してるとは…。相変わらず抜け目がない。
鬼に囲まれたとき僕はひたすら潜った。できるだけ深いところまで。
この川は吉波川と言って、この辺りでは1番長く深い川だ。
水圧は深ければ深いほど大きくなる。水圧の対策をしていないことに僕は賭けたんだ。
もし対策されていたら普通に捕まっていたと思う…。
水圧に耐性のなかった鬼たちはあるところを境に追ってこなくなった。
恐らくどこかが故障してそこから水が入ったんだろう。
あれ以降、新しい鬼とは今に至るまで遭遇していない。もし来ても、この“素潜り陰キャ戦法”を永遠にすれば何とかなると思うけど。
僕は川の水面から首を伸ばして辺りを隈無く見渡した。
近くに鬼の気配は感じない。さすがに疲れたし、一旦陸に上がろう。
本当に水について勉強してて良かったと思う。僕は物心ついたときからずっと水に興味があったんだ。
ずっと勉強して研究した結果、エラ呼吸を模倣した呼吸法を習得し、自在に泳げるようにもなっていた。
疑似的なエラ呼吸なんて大して役に立たないだろうと思っていたけど、本当に助かった。
怖い先輩にカツアゲされそうになったり、不審者に刺されそうになったりしたときも川に逃げよう。これは僕だけができる逃げ方だ。
念の為、警戒しながら陸に上がる。ずっと川にいたからか、地上の重力に対して身体が重く感じた。
いや、ただの疲労かもしれないけど…。
川沿いを歩いてみるか。何か鬼に対して使えるものがあるかもしれない。
銃火器が効かないって言ってたから肉弾戦には強いのかもしれないけど、水圧に弱いように意外な弱点があるのかも。
車のバッテリーとかも使えそうだな。強力な電圧を加えてショートさせたりとか。
だけど、そんな都合の良いものが川沿いに落ちているわけもなく…。ポイ捨てされた空き缶やペットボトル以外、何も見つかりそうにない。
それにしても全く鬼を見かけないな。3日間て言ってたからまだ終わってはないと思うんだけど…。
しばらく川沿いを歩いていると少し傷のある古そうな軽トラックを見つけた。
誰のものだろうか。辺りを見渡すけど、近くには誰もいない。かなりボロボロだから、捨てられたものなのかな?
ドアのロックは空いていて、鍵もささっている。
どうする? これ勝手に運転すると窃盗になるよな。
だけど今はそんな悠長なことを言ってる場合じゃない。命を狙われているんだ。
それに鍵さしっぱなしって……盗んでくれと言ってるようなものじゃないか。
うーん………決めた、こうしよう。
この車を借りて逃げるんじゃなくて慶を止めにいくんだ。
そして、この事態が収まったらここに返しにくる。
今は学校の生徒が人質にとられている非常事態。警察も説明すればわかってくれるだろう。
幸い僕は父さんの仕事を手伝ったときに軽トラックを運転したことがある。
まだ高校生で免許を持ってないからあまり大きな声では言えないけど…。
だから、この軽トラックも動かせるはずだ。
僕は傷だらけのドアを開け、車に乗って鍵を回した。車全体が揺れるような振動を何度か繰り返してからエンジンがかかる。
よし、壊れてはいない。かなりガタがきてるけど、ちゃんと動きそうだ。
とりあえず道に出よう。ギアを入れてアクセルを踏むとかなり大きなエンジン音が鳴り響く。
一応走れそうだけど、いきなり爆発とかしないよね…?
運転をしながら僕は考えた。
慶を止めるとは言ったものの彼は今、どこにいるんだろう。
何か居場所を突きとめる方法はないだろうか。
痕跡があるとすれば学校の放送室かな。
あそこをハッキングして放送したのなら、発信元の記録が残っているかもしれない。
学校に向かおうか。記録もそうだけど、もしかしたら捕まってない人たちが残っているかもしれない。
ただ、学校に近づくほど鬼と遭遇する可能性は高くなる。出くわしたら打つ手がないから慎重に。
僕は充分に警戒しながら、軽トラックを走らせて学校へ。不思議と道中で鬼と遭遇することは一度もなかった。
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学校が見えてきた。もうすぐ校門前に着く………けど、こんなの想定外だ。
鬼の数が昨日の比じゃない。グラウンドが奴らの黒で埋め尽くされている。
くそっ! 1度、引くしかないか。いくら何でもこの数を相手に見つからず放送室に行くのは無理だ。
引き返そう…。あそこに行くとすれば、奴らが町中に散った後だ。
………ちょっと待てよ。なんで今更、鬼を学校に送ったんだ? 樹神のせいで校内にいた人は、昨日全滅したはず。
残りの生徒を探すなら一カ所に鬼を集めるんじゃなく、町中に配置した方が効率良いに決まってる。
慶はそんな効率の悪いことをするような奴じゃない。彼は多分、生徒の位置をある程度、把握しているんだと思う。
川に鬼を送り込み、統率の取れた動きで僕を囲い込ませた。意思のないロボットの鬼が自分で作戦を考えるとは思えない。
慶がここに大量の……もしかしたら、所有している全ての鬼を送り込んだ理由は………、
数少ない生き残りを確実に捕まえるためだ。
その人たちが、どうして学校に戻ってきたのかはわからないけど。
もし、誰かが追われているとしたら僕はここで引き返すわけにはいかない。
怖くないのかって? いや、まぁ普通に怖いけど…。
けど、どこかで友達の慶を信じている僕がいるんだ。多分だけど、彼は誰も殺してないし、傷つけてもないと思う。
停止させた軽トラックに再びギアを入れ、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。校門が徐々に近づいてくる。
まだ逃げている人たちが校内にいるはずだ。鬼の視線や身体の向きは、その人たちがいる方向に。
よく見ると、鬼たちは同じ場所へ向かって進んでいる。その方向を辿れば……
…………見つけた。
大量の鬼の先頭を走る2つの人影。鬼の機械的な動きに対して、人間味のある走り方。
あれは間違いなく人だ。
その人影に校内の鬼全てが集まってきている。あの数に追いかけられているのか。恐すぎる…。
でも良かった、校門のほうに走ってきている。この距離だと誰かはわからないけど、とりあえず助けられる!
僕は深呼吸をして思い切りアクセルを踏み込んだ。彼らが校門を出る前に行かないと。
飛ばしたからか校門が思ったより早く見えてくる。僕は校門の前に車を急停止させ、ドアを開けて大きく叫んだ。
「急げ! 早く乗れ!」
この2人を僕は知っている。
中学の頃、同期だった剣崎 怜。
同じクラスの金属バットを持った不良、新庄 篤史。
そして、すぐ後ろには鬼の大軍。
2人が荷台に飛び乗ったのを確認してすぐさま走り出した。
まさに間一髪。無数の手がトラックの荷台を掴もうとしていた。




