合流 - 文月 慶⑩
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『今日の夕方頃、吉波町で…』
もう後戻りはできない。ここから僕と国、政府、国民との戦いが始まるんだ。
『ゴリラが走り回っているとの通報がありました』
…………は? 政府は大量の人質より1匹のゴリラのほうが大事なのか?
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立髪「すいません! すいません! 正直に言います…。檻壊れたんでみんな脱走しました、はい」
やっぱりな。当然、檻から出れるとなると逃げるに違いない。エアコンやトイレ、風呂を完備して食事も提供していたにも関わらず不満げだったからな。
だが、誰もこの場所を知らない。こんな山奥、檻から出たところで誰も元の場所には帰れないだろう。
もうすぐ期日の3日だ。人質が逃げたことを政府に知られなければ問題ない。
立髪「んで、救世主と呼ばれているゴリラが先導していると思います」
あのクソゴリラめ。
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「おい、獅子王。そいつらは放っておけ。感情に左右されて本来の目的を忘れるな」
『ホッ! ホッ! ホォーー!』
はぁ、仕方ない。今回は特別にリップサービスをしてやる。
「この作戦を成功させるには、お前抜きでは不可能だ」
「霊長類の神であり善を喰らう漆黒の王よ。混沌とした現世界を統べるべく、今ここに降臨せよ___唖毅羅」
あぁ、恥ずかしい。
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獅子王が死に、蹲っている僕の頭の中に彼との数少ない思い出が流れ込んできた。
いや、これは獅子王と言うよりはゴリラとの思い出か。
人間のあいつとの思い出と言えば…。
獅子王「なんで僕を生徒会長にしたんだ! 9999票ってあからさますぎるだろ!」
投票数を改竄したのは僕だということに気づき、わざわざ教室までやって来て声を荒げる獅子王。
人間版の獅子王に対してはこれくらいしか印象に残っていない。
あの頃はまだ特質や神憑という言葉とは無縁だった。僕が鬼ごっこを起こしたのは夏休み明けで、生徒会長の投票が行われたのは去年の4月だ。
どうして改竄してまであいつを生徒会長の座に就任させたのかって?
特にこれといった理由はない。廊下で水瀬と話をしているのをたまたま見かけて思いついただけだ。
ぱっと見、周りに流されやすそうでリーダーシップの欠片もないあいつにしてはよくやっていたんじゃないのか?
「何か文句でもあるのか? お前は僕のお陰で何の努力もせず、生徒たちのトップに立てたんだ。むしろ感謝しろ」
僕は自分の席に座ったまま、淡々とそう言い返した。
…………。
もうこんな下らない会話をすることもないだろう。
男虎『おのれ、あんなに温厚な動物を…。許さん! 動物虐待に儂は断固反対する!』
樹神のベッドにもたれて蹲っている僕からはグラウンドの様子は見えていない。
右耳に入っているイヤホンから彼らの声だけが聞こえてくる。同時に銃声や何かを殴るような音も。
獅子王が死んで動揺しているが、全員応戦は続けているようだ。
男虎先生は、恐らくあのゴリラが獅子王だということに気づいていない。
目の前で変身したのにも関わらず。よほど理解力がないのだろう。
だが、それで良い。自分の生徒が殺されたことに気づいたら、彼はDestroyに飛びかかってしまう。
無駄に鍛え上げられた火を通さない肉体に加えて達人級の龍風拳。火を通さないと言うのはただの憶測だが…。
本気を出せば敵無しの先生だろうがDestroyは一撃で沈める。
だから、獅子王じゃなく一般的なゴリラが虐殺されたと思ってくれていた方が無駄死にせずにすむんだ。
的場『獅子王おおぉぉぉ! ええい、ヤケクソじゃ! ランダムヘッドショットオオォォォ』
的場の悲痛な叫び声もイヤホンを通じて聞こえてくる。
そもそも、その技自体が自棄だと思うが…。
剣崎『私よ、狼狽えてはならない。嘆き悲しむのは戦いが終わった後だ__刻裂真剣』
各々、自分なりの方法で冷静さを保って戦っているみたいだ。
僕も切り替えなければ…。これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかない。
獅子王、待っていろ。この戦いが終わった後、バナナを原材料とした金色の輝きを放つ墓を建ててやる。
ちょうど男虎先生のお墓の場所が空いているだろう。
僕は1度目を擦り、ベッドの上に手を着いてゆっくりと立ち上がった。
グラウンドの方を一瞥してから、特質を取り戻した鬼塚に目を向ける。
「鬼塚、君はDestroyと対峙してくれ。奴を倒した後は残りのEvilRoidと増殖体のお片づけも頼みたい」
鬼塚をグラウンドに出して、今戦っているあいつらを撤退させれば被害を最小限に抑えられるはずだ。
鬼塚「うん…。さ、さっきの音は何? まさか誰かやられたんじゃ…」
彼は最悪の事態を想像して身体を震わせた。
イヤホンをしていない鬼塚には、Destroyの一撃以外の音や声はほとんど聞こえていない。
「あぁ、あれは的場の機関銃が暴発した音だ。気にしなくていい」
獅子王が死んだことを知らないのなら、まだ隠していたほうが賢明だ。
ただでさえ不安定な鬼塚がそのことを知ると、戦うどころの話じゃなくなる。
彼は上体を起こして保健室の窓からグラウンドを確認。的場が無事なのか気になったのだろう。
元気そうに機関銃を乱射しているあいつを見て、鬼塚はホッと息を吐いて胸を撫で下ろした。
「準備は良いか?」
彼が真剣な表情で深く頷いたのに対し、僕は久々にこの合言葉を口にする。
「王撃。鬼塚、攻撃を許可する」
この合言葉を聞いた鬼塚は、ベッドからそうっと足を床に着けて慎重に下りた。
もう彼の特質は回復している。今から力加減を間違えれば、ベッドから下りただけで校舎が崩壊するかもしれない。
「よし、まずは前線にいる彼らを撤退させよう」
僕はイヤホンに手を当てた。
「全員、て……」
ドオオオオオォォォォォォン!!
獅子王が殺されたときと同じような爆音が僕の声を掻き消した。
おい、嘘だろ…? また奴が動いたのか?
僕は杖を持つのを忘れて、保健室の窓に乗り出す。
そこに広がる光景には違和感があった。
増殖体たちや的場たちは動きを止め、全員同じ方向を見据えている。
僕から見て奴らの見ている方向は左。
僕と後ろから恐る恐るやって来た鬼塚も、奴らの目線に釣られて同じ方向に視線を移した。
僕らを囲って隔離するために繰り出していた自称最硬度の黒いブロッコリーの1つが破壊され、グラウンド側に倒れている。
いったい誰の仕業だ?
破壊されたブロッコリーの周りには砂煙が舞っていてよく見えない。
まさか、奴らの増援じゃないだろうな? 確か最初、“FUMIZUKI”は奴らは5体いると言っていた。
あれが数え間違いではなく、本当に5体いたとしたら…。
U『…………誰?』
口を開いたUndead本体は、自身が繰り出した冥漿紅峠の1番高く太い棘の上に掴まっている。
砂煙は少しずつ薄れていき、3人の人影とその後ろには車のような影が見えた。
『おいおい、1度俺に殺されたクセに覚えてねぇのかクソガキィ♪』
Undeadの問いに対し、3人の中の誰かが答える。
この全てを見下し、蔑んでいるのかのような口調は…。
ふっ、よく生きて戻ってきた。やはりお前に任せて正解だったな。
信じていたぞ。飄々としたお前が奴の分離体如きにあっさり殺されるとは思えない。
U『え……まさか……?』
あいつの発言で何かを察したのか、困惑したような声を出すUndead。
砂煙はどんどん薄れていき、彼ら3人の姿が露わになった。
特質? 神憑? 奴はそんな大したものは持ち合わせていない。
直感と運だけで生きのび、分離体を撃破したであろう奴の名前は…、
皇 尚人。




