三叉槍 - 日下部 雅⑥
尼寺「その技、僕とブロンドには効かないよ」
そう発言する尼寺さんとブロンドこと氷堂の顔面に放たれる昏倒劇臭屁。
放った後、僕はくるりと身をひねって彼らの正面に着地した。
この放屁の色は、視認できる僕から見れば濃いめのブラウンだ。
見えるが故に、これを直に喰らった彼らの様子がわからない。
だけど、この距離なら確実に当たったはず。シリウスが言うように神の位でもこちらが勝っている。
全く効かないなんてことは無いと思うんだけど…。
茶色い放屁の霧が晴れ、2人の姿が鮮明になっていく。
「まさか……」
シリウス「一筋縄ではいかないようだね」
尼寺さ……尼寺はポケットに手を突っ込んでいて余裕の笑み。
氷堂も不意を突かれて驚きはしている様子だけど、効いている感じはしない。
なるほどね。さっきの発言自体が彼の能力を発動させるトリガーだというわけか。
「………ぐはっ!」
突然、身体中に激痛が走り、思わず声が上がる。その上身動きが取れない状態に…。
何だい、この……身体が内側から破裂しそうな感覚は。
敵の能力を考察している暇なんてなかったみたいだね。
伊集院「引き裂け、六合念力」
黒ぶちメガネの近くにいた伊集院は、僕らがいる場所まで接近。こちらに身体を向けて浮遊した状態で僕に右手を伸ばしていた。
手を使わずに物体を自在に動かす力。それは人体にも例外なく有効で、その力で僕を引き裂こうとしている。
“__シリウス、何か対策は…”。
シリウス「君の身体の表面に伊集院の力を感じるだろう? それを全て相殺するんだ」
流石は神様。僕の思いに対し、彼は即答だった。
シリウス「できるかい?」
案ずる彼に対し、僕も即答する。
“__あぁ、感覚的にはできそうだけど、良い技名が思いつかなくてね”。
使用するのはもちろん、相殺屁。だけど、身体の表面にぴたりと沿わせるのって何モルドになるんだい?
「ぐ、ぐわああぁぁぁぁ!」
ダメだ、あまりに痛すぎて名前を考えられないじゃないか。
このままだと、思いつく前に死んでしまう。
シリウス「名前なんて後で良い! できるなら早く放つんだ!」
珍しく取り乱し、口調が荒くなるシリウス。
ふっ、君は技の名前に含まれるロマンをわかっていないようだね。
自分が命名したカッコいい技名を言いながら、華麗に放屁を繰り出す。
そんな姿に、バトル漫画が好きな男子なら誰もが憧れることだと思……
「ああぁぁぁぁ!!」
まずい、もう思考が回らない!
痛い、痛すぎる! このままでは本当に死んでしまうだろうね。
尼寺「耐えている? いつもなら……」
伊集院「おかしい、どうして引き裂けない?」
首を傾げる尼寺と、不審がっている様子の伊集院。
どうやら向こうは向こうで上手く力を発揮できていないらしい。充分痛いし、意識吹っ飛びそうなんだけどね。
シリウス「日下部、早く相殺するんだ! 位の差で耐えられるのも時間の問題だ」
更に焦り、僕をまくし立てるシリウス。
いつもは無言で着いてくるだけなのに、今日はやけに喋るじゃないか。
“__嬉しいね。そんなに僕のことが心配かい? 大丈夫さ、もう名前は思いついている”。
想像を絶する痛みの中、僕は新しく技の名前を考え出した。
「おおぉぉぉ…!」
だけど、痛すぎて声には出せそうにないね。残念だけど、絶叫するので精いっぱいだ。
伊集院「ブロンド! そいつを凍らすか焼き尽くせ!」
僕のぼやける視界には、僕に手を伸ばしたまま氷堂を見据える伊集院と、その指示を聞いて僕に殴りかかろうとする金髪の彼が映る。
焼くか凍らすか……、その両極端な2択は何なんだい? 火球を放つ力を持っているのは彼で間違いないみたいだね。
伊集院、能力に耐えている僕を警戒し、ダメ押しの一撃を指示するのはナイス判断。
だけど、もう遅い。良い技名を思いついてしまったよ。
シリウス「日下部! 早く!」
氷堂の拳は目前。
痛みに悶え、叫ぶことしかできない僕は心の中でこう呟いた。
“__被覆型・相殺屁”。
シューーーーーー……。
僕のお尻から放たれた放屁は僕自身の身体の表面を駆け巡り、伊集院の力を相殺。
内側から引き裂かれるような痛みは一瞬で消え、僕の身体は解放される。
氷堂「死ねえぇぇ!」
「宙屁」
氷堂の拳が届く頃、僕は真上に飛び上がっていた。一見、神の力でも何でもなさそうなヤンキーパンチは空を切る。
伊集院「チッ……無効化に幻影、飛翔。それが奴に与えられた力か」
彼は空中でホバリングしている僕を見上げてそう言った。
そういう風に言われるととてもかっこ良く聞こえるね。実際はどれもオナラなんだけど。
氷堂「すげぇな! 俺も飛びてぇ! 飛んで……飛んで殺したい!」
彼の鼻息の荒さからは、とても興奮している様子が窺える。
君はとりあえず落ち着こうか。殺人衝動があるみたいだけど、普段はどう抑えてるんだい?
彼の発言的に飛ぶ能力は持ち合わせてなさそうなんだけど……、
尼寺「大丈夫! ブロンド、君だってきっと飛べるよ」
尼寺は変わらず穏やかな笑顔で氷堂の背中を優しく押した。
シャキンッ!
その瞬間、彼の背中の肩甲骨辺りから真っ白に透き通った氷の翼が生えてくる。
ふふっ……何を飲めばそんな翼を授かるんだい? 止めておこう、ダジャレを言ってる暇はない。
やはり尼寺は、自身の発言に神の力を乗せているみたいだね。
氷堂「おぉ、何これ? 俺も飛べるようになったのか?」
氷堂はわくわくとした感情を抑えきれない様子で、空中に浮遊している僕と隣の尼寺を交互に見ている。
恐らく飛んでくるだろうね。溢れんばかりの殺人衝動と共に。
ちょうどいい。追いかけてきてくれれば試せることがある。
尼寺「うん、飛べるよ。信じて」
氷堂「よっしゃあぁぁ! 日下部、殺すぅ!」
文字通り尼寺の言葉を信じ、彼は少し助走をつけてから思い切り地面を蹴飛ばした。
シュッ!
彼に生えた氷の翼は羽ばたくことはなく、風を切るかのようにこちらに迫ってくる。
右手を伸ばし、口角を上げて飛んでくる姿は猟奇的だ。その手に触れることは、絶対あってはならないだろうね。
僕は下からやってくる彼から上空の雲へと目線を移し、宙屁をより強く吹かして上昇。
氷堂「ハハッ、逃げるなって! ちょっとで良いから触らせろ!」
セクハラ的発言が後方から聞こえてくるけど、気にせずに僕は上昇を続ける。
上へ……もっと上へ……。
シリウス「日下部、いったい何処まで行く気だい?」
“__知りたいんだ。尼寺の発言の有効範囲をね”。
僕の場合、シリウスが近くにいないと放屁を使えない。
氷の翼が尼寺から借りた力なら、氷堂が彼に憑いている神から一定以上離れたら無効になるかもしれないんだ。
氷堂「ちょっとで良い。ちょっとで良いんだよ! 俺に与えられた力は、“絶対温度”つって俺が触れたもの、あるいは触れた物に接触しているものの温度を自在に変えることができんだよ」
何を思ったのか丁寧に自身の能力を明かす氷堂。
それは大層な力だね。彼の家に冷蔵庫や電子レンジは必要なさそうだ。
悪いけど、能力をカミングアウトしてもお尻を触らせる気はないよ。
気づけば僕は雲の上まで上昇していた。
眩しい…。太陽の光が僕の目を刺激する。
氷堂「おいおい、どこまで行く気~?」
僕はちらりと後ろを確認した。
特に変化はなく、彼は氷の翼を生やした状態で僕を追ってきている。
氷の翼に彼自身の力も関係しているのなら、いきなり無効になることはないのかもしれないね。
だけど…。
僕は宙屁を吹かすのは止め、両手足を広げて自由落下に身を委ねた。
氷堂「おっ、何だ? ケツが迫ってきているぞ…?」
なぜ、僕は飛ぶのを止めたのか。
僕の中にできた1つの仮説を検証しようと思ったからだ。
その仮説とは、神憑の力の作用は良くも悪くも一定の距離を取ると解消される。
氷の翼は氷堂自身の力で何とか保っているのかもしれないけど___
僕は下から近づいてくる氷堂に大の字のまま声を掛けた。
「説明してくれたお礼に、僕の能力も教えてあげる。僕に与えられた力は……オナラだ」
___尼寺が効かないと言ったあの言葉はもう無効なはずだ。
氷堂「ハハッ! そのケツ、燃やしてやるぜ!」
眼前に迫った僕のお尻に、何の疑いもなく手を伸ばす氷堂。
「墜ちろ__昏倒劇臭屁」
僕はそんな彼の顔面に、超至近距離から茶色い昏倒劇臭屁をお見舞いした。
しかし……、
ボオオオン!
「くっ……!」
僕が放った茶色い放屁は全て燃焼し消失する。
僕は咄嗟に身をひねり、彼の伸ばした手に当たらないよう宙屁に切り換えて距離をとった。
僕の仮説が正しかったかどうかはわからない。
彼の肌に放屁が触れた瞬間、温度が上がって燃焼してしまったみたいだね。
僕を焼き殺そうとする彼の意識と放屁を放ったタイミングが重なってしまったんだろう。
シリウス「タイミングが悪かったね。これじゃ君の仮説が正しいのかはわからない」
“__いや、大丈夫。タイミングをずらしてもう一度…”。
…………。
音というか神の力の気配というか、よくわからないけど、何かを感じた気がして僕は真下に視線を落とした。
まぁ、雲しか見えないんだけど…。
何か地上の方がやけに騒がしい気がするね。
それにあれだけ好戦的だった氷堂も仕掛けてこない。
何かが下から迫ってきている。
氷堂「へっ、結構ガチッてんね~」
ゴゴゴゴゴ………
彼が腕を組んでニヤリと笑い始めたタイミングで、雲の下からそれらは姿を現した。
僕とシリウス、氷堂をも取り囲む数え切れないほどの無数の地盤。
それも1つ1つが僕の本体を潰した時のものより更に大きい。
中には日本庭園にあった灯籠や橋などが散見する。
本当に見境ないんだね。君たちに対する怒りを抑えて冷静になるのには苦労させられるよ。
シリウス「あの人間、随分と派手なことをやってくれるじゃないか…」
シリウスも怒りを感じているようだ。
拳に力を込める彼の目線の先には、これらを浮遊させたと思われる伊集院の姿が。
彼は両手を軽く広げた状態でこう言った。
伊集院「無効化及び幻影の神憑よ、ここがお前の墓場だ」
うん、悪くないね、その言い方。彼は僕の力をクールに解釈してくれているようだ。
これからは放屁じゃなく幻影の神憑と名乗るとしよう。
伊集院「さらばだ__六合念力・崩盤潰葬」




