静かな食卓 - 鬼塚 琉蓮①
学校が始まる15分前。
毎朝、家族揃っての朝ご飯。
僕はいつも通り、かなり急いでご飯やおかずを口に運んでいる。
吉波高校は、僕の家から徒歩5分くらい。走れば鈍い僕でも3分はかからない。
だから、いつも超絶限界ギリギリまで寝ているんだ。
目覚ましは、学校が始まる20分前にセットしている。つまり、僕が起きてからまだ5分しか経っていない。
頭が…、めっちゃほわほわしているよ。首が赤ん坊かってくらい安定していない。
それでも急がないと遅刻する!
意識が朦朧とする中、半自動的かつ若干高速で口に食べ物が運ばれる。
かなり焦ってはいるけど、丁寧さを忘れずに…。少しでも雑になるとあの鉄則は守れないから。
僕の家、鬼塚家にはちょっと変わった食事のルールがある。
それは……、
カチャッ…
あ、やってしまった…。
厳格なお父さんの鋭い眼光が僕を貫く。
「ご……ごめんなさい」
僕は直ぐさまお父さんに頭を深く下げて謝った。
顔を…、上げられない。こ、恐すぎて…。見えなくてもわかるこの威圧感。
お父さんはまだ僕を見ているに違いない。
鬼塚家の食事のルール。それは…食事中、音をいっさい立ててはいけないということ。
壮蓮「気をつけろ」
お父さんは、わかりやすく一言で僕を注意した。
ゆ、赦された…。とりあえず、早く食べて学校に向かわないと…!
カチャッ…
壮蓮「…………あ」
こういうときがマジで気まずい。
僕を注意した直後、今度はお父さんが音を立ててしまった。
きっと僕のせいだ。僕の失敗がお父さんの失敗を誘発させてしまったんだ。
いや、悔やんでいる暇はない。失敗して謝ったことで30秒くらい遅れてしまっている。
「ごちそうさま!」
僕は急ぎつつも慎重に食事を終わらせた。
穀物や野菜、動物だった者たちに感謝を告げて2階の自分の部屋に駆け上がる。
後10分以内に教室へ行かないといけない。
どうして食事中に音を立ててはいけないのか? 実はとても単純なことなんだ。
僕の父方、鬼塚の先祖は皆、良くも悪くも力が強すぎて頻繁に物を壊していたらしい。
鬼塚家に代々引き継がれてきたこの風習は、確かひぃひぃひぃひぃ………忘れた。
ひぃ × 5くらいかな? それくらい古いお爺ちゃんの格言から始まった。
『物は壊れるとき、必ず音を立てるのじゃ。これ即ち、音をいっさい立てずに触れれば決して壊れることは無かろう』
これを初めて聞かされた3歳の頃の僕は…、
“じいちゃん、あったま良い~!”。
って思ってたよ。
それで、力加減の練習のために食事中はいっさい音を立てるなってこと。
ふざけんじゃねぇよ、クソジジイ。
お陰で毎朝、遅れそうになってるんだって…。
それに音を全く立てずに食べるのは真空状態じゃない限り、不可能なんだ。
1回や2回は絶対に失敗する。その度に怒られたり気まずい思いをしたりしているんだよ…。
風習というより、これは呪いだ。僕らの代で止めないといけない。
………よし、準備完了。
忘れ物は……なし! グラサンとマスクもしっかり装着している。
僕は制服に着替え、鞄を持って階段を慎重に駆け降りた。
そして、すぐ後ろからドタドタと、僕が立てたら家族みんなが戦慄するような足音が聞こえてくる。
僕の3つ下の弟、翠蓮だ。
中学2年生で既に家族の中で1番背が高く、肩幅広めのスポーツマン体型。
見た目や体格だけで言えば、鬼塚家の中で1番強そうなのはこいつで間違いない。
翠蓮も来年は高校受験か。吉波高校を受けるらしいけど、色々と不安なんだよなぁ。
学力足りてるかとかもそうだけど、能力者みたいなのがいて外部から狙われやすい気がするし…。
まぁ、ここ半年、何もなかったから多分大丈夫だとは思うけど。
力が強い鬼塚の血筋なら平気じゃないかって?
それが…、翠蓮はお母さんの血が強いのか普通の人間なんだ。
壮蓮「琉蓮、どうかしたか?」
はっ! いけない! また悪いクセが出てしまった。
考え事をすると肉体が直立不動になるクセはそろそろ直していかないと。
考えながら動くことを常に意識すればきっと直るはず。
「ううん……何でもないよ、お父さん。行ってきます」
少し心配気味なお父さんを横目に、僕は玄関に向かった。
床を破壊しないよう慎重に靴を履いて、外に出ようとしたとき…、
壮蓮「琉蓮、くれぐれも気をつけろ」
珍しくお父さんが僕を見送りに来た。
「あ、ありがとう。心配してくれて……」
イレギュラーな出来事ともう本当に時間がないことも相まって、僕は少し戸惑いながらも返事をする。
何だか少しだけ心があったかくなったのも束の間…。お父さんは首を大きく横に振った。
壮蓮「違う、くれぐれも何も壊さないように気をつけてくれ。半年間、無音の食事を維持し続けた父さんとお前が同時に失敗した。これは何かが壊れる……いや、何かを壊してしまう予兆かもしれない」
まぁ、ある意味心配してくれてるけど、何かさぁ…。
さて、後5分もないよ…?
普通に歩くと、たぶん間に合わない。かと言って、雑に走ると道路が陥没するかも。
だったら、間を取って競歩モードだ。
「わかった。じゃ、行ってきます」
僕は玄関のドアを開けて外に出た。
一刻を争う状況だ。もう既に僕は競歩モードで学校に向かっている。
普通に歩くときより呼吸が荒くなり、マスクから漏れる息のせいでグラサンが曇ってしまった。
ただでさえ視界が暗いのに、曇ったせいでほとんど何も見えない。
だけど、立ち止まる訳にはいかないんだ。ひたすら前へ進むしかない。
「おーい、ふしんしゃぁ~!」
「おわまりさんに言いつけてやるぞぉ~!」
近所の子どもたちが僕を不審者扱いをし始めてから早半年。
グラサンとマスクが原因なのはわかっているよ。けど、学校の日はこれを絶対に外せない。
リングの上で雲龍を倒した僕は、みんなからヒーローとして讃えられている。
確かに、僕の夢はヒーローになることだった。けど、人気になって脚光を浴びたいわけじゃないんだよ…。
学校にいる間、僕は無数の視線に晒されているんだ。
それは僕にとって、とても眩しいもの。太陽を直視するほうがまだマシだと思えるくらいに。
太陽より強い光を全方向から至近距離で当てられたらどうする? ほとんどの人がグラサンをすると答えると思う。
グラサンで眩しい視線をカットしつつ、有名人のように顔を隠して目立たないようにしてるんだ。
完璧に隠せているはずなのに、校内でバレるのはどうしてなんだろう?
そんなことを考えてる内に校門が見えてきた。
これが考えながら歩くということ。僕だって意識すれば簡単にできる。
残り2分くらいかな? 教室に着くのはぴったりになりそうだけど、遅刻じゃないならまぁ良いや。
こういうとき、スマホがあったら便利なんだろうなぁ。
僕、鬼塚 琉蓮の高校時代はスマホを持たずに終わってしまうかもしれない。
まぁ、この距離ならなくても困らないから良いんだけど。
…………ん? あれは…?
もう学校が始まるというのに、吉波校の制服を着た生徒と私服の女の子が校門の前にいる。
おいおい、朝っぱらからイチャイチャやってくれてんじゃねぇか。
普通に通るのでも気まずいのに、こちとらグラサン&マスクだぞ。
でも、迷っている時間はない。さっさと通ってしまおう。
僕は、競歩モードから更に早めて校門に近づいていく。
だんだんと2人の姿が明白になって行き、ある程度来たところで気づいてしまった。
曇った視野の悪いグラサン越しにでもわかる。
あの男子生徒は…、
ゆ、友紀くん…?
そんな…。あんなロマンチックな感じのところで親友でも何でもない“一応友達みたいな奴”の僕と鉢合わせになるなんて気まずいどころの話じゃない。
でも、どうすれば…? 彼らが学校に入るのをここで待っていたら確実に遅刻する!
そ、そうだ! 裏から回れば良いんだ。何も校門から入らないといけないルールなんてない。
裏口から学校に入れば気まずいことにはならない。走れば間に合う。慎重に道路を壊さずに急ぐんだ!
僕はここで引き返し、大きく学校の裏に回り込んだ。
つい、うっかりしていたんだ。
この学校の出入り口は校門しかないってことを完全に忘れてしまっていた。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
学校の真後ろに回り込んで入れないことに気づいたとき、無情にもホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。
友紀くん……いいや、水瀬。
僕は君を絶対に許さない。
リア充のように爆発して、五臓六腑を辺り一帯に撒き散らしながら跡形もなく散ってくれ。
僕はこの日、高校生になって初めて遅刻をした。
法事とかで欠席したことはあったけど、遅刻は本当に初めてだったんだ…。




