第九十四話
第九十四話
「さて、ゲームを始める前に、一つ言いたいことがある」
決勝戦の後半戦が始まるなり、ダンジョンマスターマダラメが口を開いた。そしてその眼は同郷でもあり仇敵でもある勇者サイトウを捕らえていた。
「人数が半分以下に減り、決着も見えてきたわけだが、この大会はただのギャンブル大会ではない。そうであれば、神剣ミーオンが優勝賞品になることはなかったし、私も参加するつもりはなかった」
マダラメはこの大会の目的を口にした。
多くの人にとっては、神剣ミーオンを手に入れる最大のチャンスだが、ことダンジョンマスターマダラメと、勇者サイトウに限っていえばただの大会ではなく、因縁の相手との決着の場であった。
人を殺さずに来ているこのダンジョンとしては、勇者を殺すということは避けたい。しかし何らかの決着をつけない限り、勇者サイトウは諦めることをしないだろう。
勇者サイトウとしても、マダラメの得意分野であるギャンブルで勝利し、精神的に優位に立ちたいという思惑があったはずだ。
「サイトウ。お前は何のためにここにいる? 私との決着をつけるつもりで来たのではなかったのか?」
カイトに負けて以降、消極的な賭け方をして、一向に動かなかったサイトウに、マダラメは非難の目を向ける。
「私はお前と決着をつけるためにここに来たんだぞ」
マダラメが放った言葉の前半分はわかりやすい挑発だった。そして後半は全くの嘘だった。
カイトの見るところ、マダラメは勇者サイトウを見ていない。マダラメにとって一番の敵は優勝候補であり、現在最高の勝負師であるジードだ。勇者サイトウとの決着は、ジードとの戦いに万全を期すための踏み台でしかない。
マダラメの分かりやすい挑発。
もしこれにサイトウが乗れば、簡単に敗北し、勇者が持つコインがマダラメに流れ込んでしまう。
カイトとしてはマダラメに勝たせたくはなかったが、勇者サイトウをこのまま決勝に残すことも抵抗があった。
勇者サイトウの人間的信用度は零である。何をしでかすかわからない人物だ。サイトウが神剣ミーオンを手にすれば、その刃はマダラメではなく、まずカイト達に向けられるかもしれない。
逆に、ダンジョンマスターマダラメは、ある程度信用できる。
勇者と同じくその行動は読めないが、決して短絡的な行動はせず、暴力的な解決を好まない。
もし今回マダラメに優勝をさらわれたとしても、彼のことだ。神剣ミーオンは次回のギャンブル大会に商品として持ち越し、という結末すらあり得る。
「私との勝負をつける気がないのか?」
ダンジョンマスターに問われ、勇者は視線をそらした。
「フン、こんなもの、ただのギャンブルだ。勝ったところでお前を倒せるわけじゃない。こんなもので本気になれない」
勇者サイトウは、敗北の前から負け惜しみを口にした。
意気揚々と勝負に挑み、聖遺物の力さえ使っておいて、本気になれないとはとんだ言い訳だった。
「まぁ確かに、これで勝ったからと言って、何かが起きるわけではないからな」
ダンジョンマスターマダラメは、サイトウの言葉を肯定した。
「サイトウ、お前の望みはなんだ?」
「もちろん、お前を殺すことだ。それだけが僕の願いだ。こんなお遊び、さっさと終わりにして、お前の首を取りに行くさ!」
マダラメの言葉に、勇者サイトウは唾を飛ばす。
カイトはサイトウの言葉に、内心で失笑した。
目の前のマダラメは、おそらく本体だ。縊り殺す相手は、手が届く位置にいるのである。いちいち最下層まで降りていく必要はない。尤も、これは四英雄すら気付いていないことなので、気付かないのも無理からぬことだが。
「俺の命か、とは言え、さすがに命を賭けるわけにはいかんな。この大会は健全なものだし、刃傷沙汰や血生臭いことは遠慮したい」
ダンジョンマスターマダラメは息を吐いた。
ここは危険なダンジョンであるはずだが、未だこの場所では一滴の血も流れてはいない。カイトの知る限りでは、モンスターが人を傷つけたことは一度としてない。
「とは言え、俺を殺せないから本気になれないと言うのであれば、その一歩手前までは譲歩しよう」
ダンジョンマスターマダラメは、懐から一枚の紙を取り出した。
紙には複雑な魔法陣が描かれており、呪文書の類であることは一目瞭然だった。
しかし半分しか存在していない。紙に描かれた魔法陣は半分だけであり、これだけでは使用不可能だろう。
「これは転移の呪文書だ。これを使えば、最下層玉座の間へと転移することができる」
ダンジョンマスターマダラメの言葉に、会場がざわついた。特に緊張感を高めたのは、この大会でディーラーを務める四英雄である。
彼らの目的はこのダンジョンの攻略にある。最下層に転移することができれば、攻略が大幅に短縮できる。喉から手が出るほど欲しい物だった。
「もちろん、これは見て分かる通り半分しかない。だが、もう半分を揃えれば、一瞬で俺のところに辿り着けるぞ、厄介な罠や広大なダンジョンを突破する必要はない。俺を殺す一番の近道だ」
マダラメは、呪文書の半分を勇者サイトウの前に投げた。
しかしサイトウは目の前の呪文書には手を付けず、ただマダラメを睨む。
「それで? こんなものを出してどうすると?」
「外馬をはろう。コインのやり取りとは別に、私とお前の間だけで、互いに賭けたものをやり取りするんだ。もちろん、私が賭けるのは残り半分の呪文書だ。ここにある」
マダラメは懐から、もう一枚の呪文書を取り出した。
四英雄の緊張感がさらに高まった。だが四英雄は動かない。勇者サイトウも強奪に動かず、未だ目の前の呪文書にすら手を伸ばさなかった。
「この呪文書が本物だと言う保証は? 転移したら土の中でないとなぜ言える?」
勇者サイトウは当然の疑問を口にした。
ダンジョンマスターマダラメは、これまで嘘をついてこなかった。だがそれはなんの保証にもならない。掛かっているのが自分の命であれば、誰だって嘘をつく。最初の一回が、今この場でないとは誰にも言えない。
「保証なんてないさ、博打の払いなんてものはそんなものだよ」
マダラメの言うことも、また道理だった。
ギャンブルでの支払いには、契約書もなければなんの拘束力もない。金も持たずに賭場に入り、負けたら便所の窓から逃げるなんてのもしょっちゅうだ。
それ故に、博打の支払いは互いの信義やプライドが全てだ。払うと言ったものを払う。なんの拘束力もないからこそ、自分の発言に責任を負う。ある意味紳士的とも言える不文律が博打には存在する。
「これが保証になるかわからないが、疑うのであれば勝った後で呪文書を解析すればいい。どこにつながっているのか、ある程度は判明するだろう。どうでしょう、ヴァーミリオン様?」
ダンジョンマスターマダラメは、魔法都市の魔女を見た。
魔導の最高峰と呼ばれている魔法都市ならば、ある程度のことはわかるかも知れなかった。
「どうかしら? 見てみないとわからないわね」
アルタイル嬢は明言を避けた。しかし解析することで、何かが分かることは真実らしい。
カイトはじっとマダラメを見た。
あの呪文書が本物か偽物か? カイトの目では呪文書の構造などわからず、真贋はつかない。だが状況を考えれば、おそらく本物だろう。
これが密室の賭場であれば、偽物である可能性はあった。しかし見ての通り、周りには大量の観客が今のやりとりを見聞きしている。
もしここで嘘をつけば、このカジノは信用できないと、瞬く間に噂は広まってしまうだろう。
ダンジョンマスター自ら、自分の評判を落とす行為はしないだろう。
状況を考えれば、あの呪文書は本物だろう。しかしダンジョンマスターとて死ぬつもりはないはずだ。
たとえ最下層にこられても、撃退する用意があるのだろう。そして何より、この勝負に負けない自信があるのだ。
相手には必勝の策がある。ならば、受けるべきではない。
カイトはこの誘いが危険であることを理解した。
しかし
「面白い」
勇者サイトウは、マダラメの誘いに笑みを浮かべた。
そしてカイトは、内心小さなため息をついた。
最近更新が遅れて申し訳ありません。
ちょっと仕事が忙しく、時間が取れない状況が続て言います。
これからも更新が遅れ気味になると思いますが、よろしくお付き合いください。




