第七十四話
第七十四話
カイトは生唾を呑み周囲を見る。
神剣ミーオンが手の届くところにあった。
この部屋にいるモンスターは、スケルトンがたったの二体。それも大して強くはない、最下級のスケルトンだ。
カイトは自分の実力を過大評価はしていないが、それでもスケルトン二体に苦戦することはない。武器も身に帯びているし、スケルトンを倒して神剣ミーオンを取り返すことは可能だった。
だが、そもそもカイトが動く必要もなかった。この部屋には人類最高の戦力である四英雄がいる。彼らがその気になれば、最下級のスケルトンなど羽虫も同然。一瞬で蒸発し浄化され、切り刻まれ両断される。
誰もが無造作に置かれた神剣ミーオンに視線を注いでいたが、しかし誰も手を伸ばそうとはしなかった。
罠だ!
それ以外考えられなかった。どんな罠かわからないが、この剣に手を伸ばせば、絶対致死の罠が作動し、四英雄を殺すに違いなかった。
故に、この状況にあって、カイトは大いなる決意と迷いを同時に抱えることとなった。
もしこれが罠であるとするならば、自分がこの剣に手を伸ばすべきだった。
触れることで罠が作動するならば、まず自分が神剣に手を伸ばし、その罠を食らう役目を負うべきである。
自分は死ぬだろうが、あとのことは四英雄に任せてしまえばよい。自分の命一つでミーオンが人類の手に戻り、四英雄が助かるのならば願ってもない好条件だ。
問題は、どんな罠が発動するかもわからないことだ。
自分が先走った結果、四英雄が死ぬことになれば、死んでも死にきれない。
どうすればいいのか。
迷うカイトの視界に、赤い袖に包まれた手が制した。
左手を伸ばしたのは、アルタイル嬢だった。
「やめなさい、カイト」
「しかし……」
制止するアルタイル嬢に、カイトは食い下がる。
「メリンダさんを未亡人にするつもり? 私はそんな犠牲の上に進むつもりはない」
灰塵の魔女は、一言でカイトの自己犠牲的決意を霧散させた。
アルタイル嬢はカイトに動くなと制した後、炎の目でスケルトンを見た。
「こんなものを出して、どういう、つもり?」
先ほどとは違う覚悟を持って、アルタイル嬢が問う。
返答次第では、この部屋が火の海に変わるだろう。
誰もが固唾を呑む中、支配人スケルトンだけが気負ってはいなかった。
「この神剣ミーオンですが。大会の運営に参加していただけるのでしたら、一時的に貴方たちに預けましょう」
ダンジョンマスターの分身は、自らの前に置かれた神剣を、カイトたちに向けて押し出した。
二度目の衝撃がカイトたちを襲った。
先ほどからだれもが神剣を奪うことを考えていたというのに、その手間すら必要なく『うん』というだけで神剣が手に入るのだ。
「もちろん預けるだけです。大会が終われば、これは優勝者に授与されます。私が勝てば私がもらいます。ただし、それまでの間、これを貴方たちに預かっていてほしい。これは報酬でも何でもないのですが、この条件で受けてはいただけませんか?」
スケルトンが尋ねる。その条件に、カイトは絶句するしかなかった。
報酬ではないと言ったが、これ以上の報酬はなかった。奪われた人類の宝が、一時的にとはいえ戻るのだ。断る手はない。
「もう一度聞くわ。どういうつもり?」
だがアルタイル嬢は目の前の神剣に食いつかず、その理由を問いただした。
確かに、こんな好条件ありえない。タダでミーオンが戻るようなものだ。
だがおいしい話には裏がある。この話にも当然裏があるはずだ。
「貴方たち四英雄に大会の運営に参加してもらい、この神剣ミーオンを預ける理由は三つあります」
スケルトンは三本の白い骨の指を掲げた。
「一つは私が、優勝賞品を支払う保証です」
掲げた三本の指をしまい、スケルトンは再度一本の指を掲げる。
「当然の疑問として、私が本当に優勝賞品を出すのか? という問いがあると考えます」
支配人スケルトンの言うことは、誰もが口にしている話だった。カイト自身、本物の神剣ミーオンが賭けられるのか確信が持てなかった。
「大会を成功させるためには、優勝賞品が間違いなく本物であり、優勝者には必ず授与される保証が必要です。絶対中立にして、誰もが信頼を置く四英雄が保証するのであれば、疑う者はおりますまい」
ダンジョンマスターの言う通り、四英雄がミーオンを管理していれば、この問題は解消される。
「二つ目の理由はイカサマ対策です」
二本の白い指を、スケルトンが掲げる。
「何せ主催者の私が、私のダンジョンで大会を開くのです。私はイカサマはやり放題と言えるでしょう。もちろん、私はイカサマなどいたしませんが、イカサマをする人間は皆そう言います」
ダンジョンマスターの言葉を聞き、カイトは一瞬笑ってしまいそうになった。確かに、イカサマをすると言ってやるやつはいない。
「私も出場するからには勝ちに行きます。しかし勝った後で、イカサマだったなどと言われたくはありません。当然、ディーラーには高い透明性と公平性が必要となります。その点、四英雄の方々なら、汚いイカサマなどするはずもありません」
ダンジョンマスターの言葉に、カイトは内心うなずいた。四英雄は金になびかず、権力にも屈しない。もちろんダンジョンマスターと結託するなどありえない。公平を期すのに、これ以上の適任はいなかった。
「三つ目の理由は会場の安全保障です」
スケルトンは三本目の指を掲げる。
「優勝賞品が賞品だけに、強奪や窃盗の可能性が考えられます。観客や選手の安全のために、会場の警備は万全を期す必要があります。もちろん我がダンジョンのことですので、私どもも協力は惜しみませんが、安全のためとはいえモンスターを数多く配備するのは、逆に不安を駆り立ててしまうでしょう。その点、四英雄の方々が警備するとなれば、安心できるというものです」
支配人スケルトンの言うことはもっともだった。
神剣ミーオンが賭けられるとなれば、必ず奪って自分の物にしようとする輩は現れるだろう。
強力な警備が必要とされる。だがこれまでカジノダンジョンは、強力なモンスターを配備しては来なかった。
常に爪と牙を隠し続けてきたのだ。今になってその方針を転換しないだろう。
誰かが大会期間中の警備を買って出なければいけないわけだが、ロードロックの冒険者ギルドでは不安がある。
一方、四英雄が警備につくとなれば、馬鹿なことを考えた連中も、すごすごと引き下がるだろう
「以上が、貴方たち四英雄に運営に加わってほしい理由です」
ダンジョンマスターは簡潔に事情を説明した。
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