第七十話
第七十話
「相変わらず抜けたやつだ」
俺は意識を失い、倒れたサイトウを見下ろして呟く。そして視線を上げて、何もない空間を見た。
「もう出てきていいよ」
俺の目には見えないので、適当に見当をつけて声をかけると、倒れるサイトウの傍らから、銀色の鎧を身にまとった戦士が姿を現した。
透明化のスキルをつけたパペットだ。専用の魔道具を使いケラマに操ってもらっている。
ケラマがこの特製のパペットを使い、サイトウの側に忍び寄り横から顎を撃ち抜いたのだ。
不意打ちで脳を揺さぶられ、我が弟は一瞬で意識を失った。
「ご苦労様、ケラマ。いい仕事ぶりだったよ」
俺は首尾よく一撃でサイトウを昏倒させたことをほめる。
「いえ、マスターこそお見事です。まさかこれほど簡単に勇者を倒されてしまうとは」
パペットを操るケラマが、俺の前に跪き臣下の礼を取る。
「なに、うまく行っただけさ」
堅苦しい賛辞はいいと、手でやめるように指示する。
「それに、こんな搦手を使わなくても、こいつなら今のアルファスとオーメルガでも倒せただろう」
俺はサイトウを見て評する。力は強いが四英雄のような怖さはない。同格以上の敵と戦えば、すぐに地金をさらすやつだ。
「だとしても、ほとんど戦力を損なわず、勇者を倒しました。これまでダンジョンマスターが勇者を倒した例はありません。ダンジョン始まって以来の快挙です」
ケラマは俺を称えた後、サイトウに歩み寄り神剣ミーオンと鞘を奪う。そして剣を鞘にしまい、再度俺に跪いて神剣ミーオンを捧げた。
「どうぞ、お受け取り下さい」
俺はケラマが掲げる神剣ミーオンを受け取り、鞘から剣を抜いて刀身を眺めた。
「さすがにすごいな。俺でもわかる」
神々しさすら感じられる輝きに、素人の俺でも見惚れてしまう。
ダンジョンコアでもオリハルコン製の剣は作れるが、作成には一億もマナが必要となる。これはダンジョンコアで作れる中でも最高額の品であり、オリハルコン以上の剣は存在しない。まさに伝説にある通り、神が作った剣なのだろう。
俺が神剣に見惚れていると、奥へと続く扉が開かれ、何体ものスケルトンがやって来た。この階層を監視していたゲンジョーが送ってよこしたのだ。
スケルトンたちは気を失ったサイトウに巨大な手枷と足枷をはめ、装備品を全てはぎ取っていく。
「しかしマスター。なぜ勇者は私に気づかなかったのでしょう? 気配察知のスキルを持っていたはずですが」
ケラマは拘束された勇者をみて首をかしげる。
確かにケラマが操るパペットには姿が消えるスキルを与えておいたが、気配察知を遮断できるものではない。
「ああ、こいつはスキルが使えなかったんだ。理由は単純な体調不良だ」
俺はサイトウを見て種明かしをしてやる。
スキルがあればいろんなことが出来るようになるが、それも体調が万全の時に限る。疲労の蓄積や睡眠不足などの体調不良になれば、当然だがスキルの効果は大きく落ちる。それだけだ。
「体調が悪ければスキルが使えなくなるのはわかります。ですがなぜ急に体調不良に? 先ほどまでは万全の状態に見えましたが?」
ケラマがさらに質問を重ねる。
「ああ、ここに来るまでは万全だっただろうよ。でもこの回廊を歩いたのが運の尽きだ。この回廊はね、ただの廊下じゃないんだよ。この回廊が一つの巨大な罠なんだ」
俺は自ら作った回廊を見る。
「ここに罠があるという話は何度も聞きましたが、どこに罠があるのでしょう? そろそろここの秘密を教えてください」
何もない白い廊下に、ケラマは首をかしげていた。
確かにこの廊下は、一見何もない廊下にしか見えないだろう。それがこの回廊の真骨頂だ。
罠があるのに意識できない、それがこの回廊にある最大の罠なのだから。
「そうだな、これまで内緒にしていたけれど、そろそろ教えてやろう」
俺は説明する方法を考えて、視線をさまよわせる。そして手に持つ神剣ミーオンの鞘に飾り紐があり、穴の開いた球状の宝石があしらってあることに気付いた。
俺は剣を鞘にしまうと、宝石を握り締めて引っ張り、紐から引きちぎる。
「いいか、よく見ていろよ」
むしり取った宝石を指につまんだままかがみ、宝石を床に置く。手を離すと宝石は独りでに転がり始めた。
「まっすぐに見えるだろうけれど、この床、実は傾いているんだ」
俺はころころと転がる宝石を見ながら、この回廊の秘密を明かした。
「歩いても気づかないぐらいの、微妙なものだけれどね」
床も壁も白いため、平衡感覚がとりづらく、傾いていることに気付くことは難しいだろう。しかしこの廊下を歩き続ければ、少しずつ平衡感覚が狂っていくのだ。
「この床のように、この廊下はほかにも意識できないレベルで、五感に影響を与える罠がいくつも仕掛けてある。例えばここの照明は高速で明滅を繰り返している。長い時間ここにいると目が疲れるんだ」
俺は天井を指差す。
「ほかにもこの部屋には、人間の耳には聞こえない低周波を放出している。さらにここの空気は普通より薄い。体質の合わない人が長時間いれば、高山病になるだろうね」
俺は次々にこの回廊の仕掛けを教えてやる。
「そうなのですか?」
我が副官が周囲を見回すが、今のケラマにはこの違いを識別することはできない。
ケラマの操るパペットは、この廊下の影響を受けない様に感覚器官を調節してある。同様の仕掛けは俺のパペットにも施してある。だからサイトウと一緒に歩いていた俺が、体調不良になることはない。
「さらに体調不良を悪化させるために、サイトウを怒らせて感情を高ぶらせ、一回目の自爆で嗅覚を刺激し、二回目の自爆では閃光、轟音、催涙の三段攻撃で、五感をさらに刺激しておいた」
サイトウの奴はただの嫌がらせと考えていたようだが、嫌がらせのすべてが俺の策だ。
「でも一つ一つはちょっと気分が悪くなる程度の物だから罠とは呼べない。だから罠を感知するスキルにも反応しなかったんだ」
俺が全ての種明かしを終えると、ケラマが再度感服したと頭を下げる。
「さすがです、マスター。このような罠があるとは。知りませんでした」
ケラマは俺を持ち上げるが、どれも元の世界で聞きかじった知識をつなげ合わせただけなので、俺が偉いわけでもない。
「ではマダラメマスター。この勇者はどうしましょう?」
装備品をはぎとられ、下着姿となった哀れな弟をケラマが見る。
「ああ、そのまま地上に放り出してやれ」
捨ててくるようにケラマに命じると、我が副官は一拍の沈黙のあとに首肯した。
「……仰せに従います」
わが副官は俺の判断に、心の底からは納得できていないようだった。
当然だろう。勇者を殺せば大量のマナが手に入る。それに生かしておけばまた挑んでくるに決まっているからだ。
しかしそれでも口答えしなかったのは、俺に対する忠誠心と、サイトウが俺の弟であることを考えてのことだろう。
「ケラマ、何か言いたそうだな?」
「いえ、滅相もありません。マスターの御心に逆らうなど」
ケラマは俺への忠誠心を発揮したが、そういった遠慮はいらない。俺はケラマを副官として信頼している。だからこそケラマにも思うところがあるのなら、率直に言ってほしい。
「言っておくがケラマよ。弟だからこいつを殺さないのではないぞ? 確かに家族として複雑な思いはあるが。できれば殺すべきだと思っている」
サイトウの素行の悪さや浅はかさなど、見ていて苛立たしい。弟だからこそ許せないという思いもある。
「でもそれでも今はこいつを殺すべきじゃない。もしこいつを殺すというのなら、上にいる人間すべてを殺すことになる。それを君はできるかい?」
俺は人差し指を真上に挙げて、副官に問うた。




