第六十九話
第六十九話
俺が神は二人いるという説を支持したが、サイトウは不満げだった。
「それで? それが一体なんだっていうんだ。神様が一人でも二人でもどうでもいいだろう」
サイトウはイラつきながら答えた。
「どちらにしても僕はお前を殺す。それは変わらない。たとえそれが神の思惑通りで、そのあと用済みの俺を裏切ったとしてもだ」
歩きながら死刑宣告をするサイトウ相手に、俺は笑うしかない。随分嫌われたものだ。
「それはそれでいいよ。俺もお前相手に、手加減するつもりはない」
俺も歩きながら本気で答える。
「それじゃぁ、俺がいなくなった後の世界はどうなってる? 大学の女たちは俺の不在に泣いていたか?」
「知るか! そんなことを聞くために来たのか!」
俺の軽口に、サイトウは顔をしかめながら怒鳴る。どうやらまだ臭いがとれないようだ。なら別のことを尋ねよう。
「じゃぁ家はどうだ。美佐子さんはお元気か?」
俺はサイトウの母である、美佐子さんのことを尋ねた。俺の実の母は、俺を生んですぐに親権を放棄したので顔も知らない。
「……元気にしてたよ」
自分の母親のことを訊ねられ、サイトウは苛立ちながらも答えた。
「それは重畳。では親父は? 俺がいなくなって涙の一つも流したか?」
マダラメは、自分でも信じていないことを訊ねる。
「アレが泣くわけがないだろう」
自分の父親でもある男を、サイトウは嫌悪感を込めて吐き捨てた。
「まぁ、人の心があるような男じゃないな」
俺もそこは認めざるを得なかった。
サイトウと俺の父親は、金を稼ぐ才能があり、いくつもの企業を経営していた。
ただ金しか頭にない男で、およそ人としての情を持ち合わせてはいなかった。
俺たち子どもは自分の分身であり、思い通りに動く人形程度にしか考えていない。俺たちは替えの利く跡取り候補でしかなく、生まれてこの方、父親としての愛情を注いでもらったこともない。
「そもそも俺は、大学を中退して勘当されていたからな。失望すらなかっただろう。せいぜい投資した金が無駄になったとため息を落とすぐらいか?」
「お前がギャンブルなんぞにのめりこむからだ」
息苦しいのか、サイトウが襟元を緩めながら、俺の素行不良をとがめる。
「お前だって一緒になってやっただろ。俺だけのせいにするな。もう三年以上前になるか、大学でお前と知り合って、二人して賭場を荒らしまわったのは」
俺はサイトウと並んで歩きながら、少しだけ過去を懐かしんだ。
サイトウとは互いに存在は知っていたが、実際に会ったのは大学生になってからだった。
跡取り候補として争いあう関係にあったので、サイトウは俺を嫌っていたが、無視もできないらしくよく一緒にいた。
俺は父親の思い通りに動く気はなかったので、以前から興味があったギャンブルの道に進んだ。大学の先輩のツテを頼りに賭場に出入りした。行く先々で連戦連勝だった。
「楽しかったよな、あの頃は」
俺は思い出して笑った。ギャンブルで勝つというのは楽しい。
数学や確率論を駆使して勝率の高い戦法を編み出し、時にはハッタリで相手を動揺させ、火を飲むようなスリルを味わう。最高の瞬間だった。
「ああ、ギャンブルで勝っている時のお前は、親父にそっくりだったよ」
気分が悪いのか、サイトウが眉をひそめながらひどいことを言う。
「そんなこと言うなよ」
あんな男に似ていると言われると、本気で傷つく。
だが認めたくはないが、俺の博才は父親譲りだろう。本当に、認めたくはないが。
「でも賭場通いが大学にばれたのは失敗だった。そのせいで大学からは追い出されるし、仕送りは止められるし、散々な目にあった。ほんと、ギャンブルは身を持ち崩すよ」
俺はしみじみとギャンブルの危険性を説く。
「それでもギャンブルをやめなかった奴が何を言う」
俺の悔恨の言葉を、サイトウが苛立たし気に切って捨てる。俺としては舌を出して笑うしかない。
「いやぁ、勝ちすぎて逃げられなくてさ」
賭場で勝ちすぎた俺は、元締めのヤクザに目をつけられていた。
「ヤクザ共が大勝負を挑んでくるから、断れなくてよ」
負け続けていたヤクザたちにも面子があった。俺としても大金をかけた最高のギャンブルをしたい欲求があった。
「あの日、俺がこの世界に来る前にやった大勝負。あれは俺の人生でも最大のゲームだった」
思い出すだけでも、興奮で胸が熱くなる一夜だった。
積み上げられる札束に、頭がおかしくなるような頭脳戦。命すらすり減るハッタリの応酬。十年分の人生を凝縮したような、密度の濃い時間だった。
「あの勝負で、お前は絶対に勝つはずだった。そうだな。マダラメ」
俺の付き添いとして、あの戦いを見ていたサイトウが俺を見る。
その息は荒い。目はぎらつき、顔は醜悪に歪んでいた。
「あの最後の大一番。お前はイカサマを仕組んでいた。九割九分、勝機はお前の手にあった」
サイトウは俺がイカサマに及んでいたことを言及した。
とはいえ、俺はこのズルを恥じるつもりはない。そもそもあの勝負は、参加していた全員が同じことをしていたからだ。
大金がかかった大勝負。誰も彼もが何かしら細工をしていた。
いや、イカサマをしていたからこそ、大金がかかったのだ。
自分が必ず勝つ。全員が同じ誤解しているからこそ。大金が積みあがるのだ。
「なぜお前があの時に負けたか、その理由をわかっているか?」
サイトウが嫌な笑顔をみせながら話す。
俺としては少しほほえましかった。こいつはこれをずっと言いたかったのだろう。そのためにこの会話に乗って来たのだ。
だから言わせてあげない。
「ああ、お前が裏で俺を裏切っていたからだろう?」
俺は、サイトウが次にいう言葉を先回りしてやった。
するとできの悪い弟は、目を丸めて驚いていた。
サイトウは俺を裏切り、俺がするイカサマを敵に密告していた。だが俺はそれを事前に知っていた。
「な、なぜ、それを」
「気づいていないわけないだろう? お前が裏切る前提でやっていたんだから」
俺はサイトウに、あの勝負の裏の一幕を教えてやる。
「ヤクザたちは俺を標的にしていた。とはいえフツーに勝負を挑んでも俺には勝てない。だから連中、俺を殺すつもりだったらしい」
正直この時は俺も焦った。さすがにヤクザに狙われては生き残れない。
ギャンブルで勝負しようと言っても、勝ち目の薄い戦いに、ヤクザは乗ってこなかった。
「仕方ないから、お前を通じてヤクザに俺がするイカサマを教えさせ、あいつらの勝率を上げてやったんだ」
その結果ヤクザたちは俺の思惑通り、俺に大金がかかった勝負を挑んできた。
あの夜の一戦。影のプロデューサーはこの俺だったのだ。
サイトウは俺をはめたつもりだろうが、こいつは全部俺の手の上で踊っていただけだ。
「なぜ、なんで? なぜ俺がヤクザに密告するとわかった」
サイトウは驚天動地を目の当たりにしたような顔をしており、現実を認識できていないようだった。
「わかるも何も、最初っから知ってたよ。俺をはめるために先輩を通じて賭場を紹介させたのはお前だ。大学に賭場通いを密告したのもお前。仕送りを止めるようにしたのもお前だ」
俺は出会ったときから、サイトウを信じてはいなかった。
そもそも仲が悪いのに、近寄ってくる相手を信じる馬鹿はいないだろう。俺をはめるためだということはわかっていたし、俺としては親の束縛から逃げたかったので、こいつを利用しただけだ。
「ただお前のおかげで、あの一夜があったことだけは感謝している。あの夜の勝負は人生最高の一晩と言ってよかった」
誰も彼もがイカサマをしている空間だったが、最高のギャンブラーが集った場所でもあった。
最高のギャンブラーに、強運の持ち主。卑しいイカサマ師もいれば俊才に鬼才が勢ぞろいした、最高の面子が揃った一晩だった。
「お前は本当にいい奴だよ、馬鹿なところも含めてな」
俺が薄ら笑いを浮かべながら、サイトウを見ると、弟の顔が恥辱に染まっていた。
「貴様! こっ、殺す」
サイトウが怒りのままに、背中の神剣を抜く。もうこの体に自爆の仕掛けがある事も忘れているようだ。
「お前ってやつは、本当に浅はかだよな」
俺としては呆れるしかなかった。自爆装置もさることながら、この状況や俺の会話の意味にすら気づかない勘の悪さは、どうしようもない。
「だからいつも俺に馬鹿にされるし、今も負ける」
「何を!」
サイトウは正気を失った形相で、神剣ミーオンを振るおうとしたが、その顎がカクンと九十度に突然傾いたかと思うと、見開かれた瞳から意識の光が消え去った。
脳震盪を起こしたサイトウの体は、そのまま膝から崩れ落ちる。
「なっ? 負けただろ?」
倒れる弟に声をかけるが、その声は多分サイトウには届いていなかった。
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次回更新は四月十六日の木曜日。
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