第六十七話
第六十七話
冒険者ギルドを代表するカイト君と話をつけ、俺は操っていたスケルトンとの接続を切った。そしてすぐに、ゲンジョーがダンジョンに配備してくれたパペットに憑依した。
目を開くとそこは真っ白な世界だった。
壁も天井も廊下もすべて白い廊下。俺が手掛けた『白の回廊』だ。
すべてが白いおかげで、なんだか距離感が狂いそうになる廊下だ。だが長さは短く、五百メートルほどの長さしかない。片方には上とつながる階段があり、その反対側には真っ白な扉がある。あそこを抜けると下に続く階段がある。我がダンジョンでもひときわ短い階層だ。
しかもオブジェクトクリエイトで罠を設置してはいないし、モンスターも配備していない。
ただ白いだけの、短い廊下だ。
俺は上へと続く扉に歩み寄る。扉は開かれていなかった。サイトウはまだ来ていないらしい。
今のうちに俺はパペットの動作を確かめる。
いま憑依しているのは、俺の本来の姿に似せたパペットだった。とはいえ、いつもソサエティで使っているものではなく、先ほど急遽作った特製だ。時間がなく、しかも何体も作ったので動作が少し不安だったが、動かしてみると問題なく動いてくれた。
体を動かしてパペットの調子を確かめると、上から小さな振動が伝わってきた。振動は大きくなり、音が響いてくる。おそらくサイトウがダンジョンの壁を切り裂いている破壊音だろう。
この一つ上の階は迷路となっていたはずだが、サイトウの奴は迷路を楽しまず、神剣ミーオンの力で壁を打ち破り、強引に踏破しているようだ。
謎解きもせず、迷路も直進。ダンジョンの楽しみ方が分かっていない奴だ。
しばらく待っていると破壊音が止まり、上へと続く扉が開かれた。
開かれた扉から、サイトウが神剣ミーオン片手に無造作に入ってくる。
罠や不意打ちを、全く警戒していない足取りだ。おそらく気配察知のスキルやマップスキルを所持しており、近くのモンスターや罠の存在を感知できるからだろう。
白の回廊に降り立ったサイトウは、その光景に少し驚いていたようだった。
一瞬何かを感じ取ったようだが、その違和感を俺が消してやろう。
「よぉ、サイトウ」
白い世界に警戒を示すサイトウに、俺は右手を上げて声をかけた。
「マダラメ!」
俺の姿を見るなり、サイトウの奴はとびかかってきた。
手にはあらゆるものを切り裂く神剣を握っているが、サイトウは振り上げた剣を背の鞘にしまい、拳で殴りつけてきた。
神の加護により身体能力が強化されているのか、ほとんど目に見えない速度で放たれた拳撃が顔にめり込む。
バキバキと骨や歯が折れる音がして、血しぶきが舞う。
拳は止まらず何度も何度も殴りつけてくる。
もっとも、俺は痛いとは思わなかった。
強がりではなく、痛覚を遮断しているため、何も感じないのだ。
そのことを知らないサイトウは、パペットを気のすむまで殴り続ける。
サイトウは俺をいいようにサンドバッグにした後、息が切れ、ようやく殴るのをやめた。
すでにその時、パペットの体はほとんど動かなくなっていた。
鏡がないため見られないが、おそらく顔は原形をとどめていないし、首の骨が折れているのか、手足も全く動かない。ただ口の一部だけは動いたので、何とか動かして笑ってやった。そしてパペットに仕込んだ自爆装置を作動させた。
「大丈夫ですか? マスター」
パペットが自爆したため、接続が強制的に切断されて俺は憑依室に戻っていた。
目の前では、スケルトンの手の上に鎮座するケラマが、心配そうな顔で見ていた。
「ああ、全く痛くもないからね。それよりも次のパペットだ。準備はしておいてくれたか?」
俺は事前に頼んでおいた準備が、出来ているかをケラマに訊ねた。
サイトウに会えば殺しに来るとわかっていたので、急遽作った自爆装置付きのパペットを配備した。他にも特製のパペットを、白の回廊の上の階に配置するよう頼んでおいたのだ。
「はい、御指示通り準備はできております。しかし、マスターがいかれなくとも。私が代わりをして見せます」
ケラマは俺が殴られることが嫌なようだ。だがケラマではだめなのだ。
白の回廊に施した仕掛けは繊細だ。うまく行けば絶大な効果を発揮するが、少しでも違和感に気づかれれば台無しとなってしまう。
「ケラマにはちゃんと役目があるだろ? 手筈通りやってくれ。多分それで勝てる」
わが副官には大事な仕事を割り振ってある。それに専念してもらおう。
「それじゃぁ」
俺はケラマに一声かけた後、別のパペットに憑依した。
次に憑依したパペットは、サイトウに破壊された迷路にいた。
壁に穴が開き反対側には扉があり、これも大きな穴が開いている。
周囲を見回すと、俺と同じ顔をしたパペットが、さらに三体並んで立っていた。いま憑依しているパペットが破壊された時の予備だ。
俺は穴を飛び越え、階段を一気に駆け降りる。降りた先には扉があり開いていた。そのまま駆け降りると、さっきまでいた白の回廊に出る。
すべてが白い世界だが、一か所だけ赤く染まる場所があった。
さっきまで俺がいた場所だ。その中心ではサイトウが全身に返り血を浴びていた。
目の前で爆発があったはずだが、怪我をしている様子はない。ただ、体中についた血や汚物に辟易している様子だった。
「なんだ、この臭い。臭せぇ」
サイトウは顔についた汚物を、何とかぬぐおうとしていた。
先ほどの自爆は、サイトウのダメージを期待したものではない。ただの純粋な嫌がらせだ。体に汚物や血がつまった袋を大量に詰め込んでおいた。
腐敗臭がきつい物を体に仕込んでおいたので、鼻が曲がるほど臭いだろう。
「大丈夫か?」
あまりの匂いに喚くサイトウに向かって、俺は気づかいの声をかける。
「マダラメ! そうか、さっき自爆したのは憑依体か。本体で出てこないとは臆病者め」
サイトウが勝手なことを言う。
だがすぐに攻撃はしてこなかった。先ほどのように自爆され、ひどい目にあいたくないからだろう。
「卑怯と言われるのは心外だな、俺は最初からダンジョンの地下にいると言ったはずだ。俺を殺したければそこまで来い」
「言われなくても行ってやるよ。それで、わざわざ憑依体を送り込んで、一体何の用だ」
サイトウが顔の汚物をぬぐいながら問う。
「お前に少し聞きたいことがあってな。元の世界でのことだ。どうしてもお前に聞きたいことがある」
俺が尋ねると、サイトウは気に入らないと言った様子で目を細めた。
一見すると不機嫌な顔に見えるが、奴が喜んでいる時の仕草だ。
「いいだろう、この後お前を殺すんだ。冥土の土産に答えてやる」
サイトウは古い言い回しで答えた。




