第六十一話
第六十一話
このままでは多くの人が死ぬ。
カイトは何とかしなければならないと必死に考えたが、首を絞められ息が出来ず、考えることすらできなかった。
カイトの意識が薄れかけようとしていたその時、烈火のごとき声が勇者サイトウを制した。
「やめなさい!」
全員が声の主を見ると、そこには深紅のドレスを着たアルタイル・ヴァーミリオンと、剣豪シグルド。そして仮面の暗殺者、夜霧が立っていた。
三人を見るなり、周囲にいた冒険者が一斉に飛びのくように道を開けた。
今の彼らを前にして立ちはだかるなど誰にもできなかった。
夜霧は凍てつくほどの殺気を、シグルドは猛々しき闘気を放っている。
そして何より灰塵の魔女アルタイル嬢が全身から熱波を放ち、噴火する寸前の火山の如く怒りあらわにしていたからだ。
「クリスに何をしているの!」
アルタイル嬢が、地獄の大公のごとき声を喉から絞り出す。
癖の強い四英雄が曲がりなりにも一つに纏まれているのは、ひとえに聖女様の人柄のおかげだ。剣豪シグルドは王であっても膝を屈せぬことで有名だが、聖女クリスタニア様の前では、やすやすと膝をつき礼の仕草を取る。裏社会の人間である夜霧やシグルドも、聖女様には一定の敬意を持っているし、アルタイル嬢は最近聖女様と個人的な友人になったらしく、愛称で呼び合う間柄だ。
仲間や友人の危機に、三人とも英雄としての立場を投げ捨てている。
「今すぐクリスを離しなさい、さもないと後悔することになるわよ!」
アルタイル嬢の言葉に、勇者サイトウは口角を上げた。
「へえ、どう後悔させてくれるのかな?」
三英雄をまえにして、勇者は掴んでいたカイトとクリスタニア様を離した。
カイトは尻餅をつきその場に倒れたが、喉の痛みも忘れて事態の推移を見守った。
三英雄の魔力と殺気、そして闘気が合わさり、ダンジョンへ今や爆発寸前だ。
「君は剣豪シグルドだね、一度手合わせをしてみたかった」
サイトウはシグルドとその背中の大剣をみる。
「夜霧、賞金首である君は殺してしまっても問題はない」
仮面をかぶる夜霧をみて、勇者は酷薄な笑みを見せる。
「そしてアルタイル・ヴァーミリオン。気の強い女は嫌いじゃない。力ずくで言うことを聞かせるのが楽しそうだ」
勇者の最低の発言に、アルタイル嬢の目に神威の炎が宿る。
「下衆が! 灰すら残らぬほど燃やし尽くしてくれる。地獄の炎とどちらが熱かったかを比べてこい!」
灰塵の魔女の激怒に、周囲の温度が急上昇する。アルタイル嬢の魔力が熱を帯び放出されているのだ。
周りにいた殆どの者たちが青ざめたか、当の勇者は涼しい顔をしていた。
「へぇ、なかなかやるね、僕の次ぐらいに」
勇者が言うと、体から大量の魔力が溢れ出し、アルタイル嬢の熱を帯びた魔力を押し返していく。
その魔力の量は、明らかに灰塵の魔女を超えていた。
最悪だった。この男の力は本物だ。精神は子供だが、神の力が宿っている。
勇者の恐るべき魔力。しかし自身を超える力の持ち主を前にしても、灰塵の魔女は怯まない。
臆することなく前に進む。
勇者の前に一方踏み出したアルタイル嬢に、二人の男が同じく歩を進める。
剣豪シグルドと暗殺者夜霧だ。
三対一の状況でも勇者は笑っていた。たとえ数で負けていても勇者には最強の切り札があるから。
「君たち全員を相手にするには、いくら僕でも、これを使わないとな」
勇者は背中に背負った剣を抜いた。
神々しい銀色の輝きを見せるその刃、まさしく神が作ったとされる一振り、神剣ミーオンだった。
神剣の存在を聞いていない者たちすら、刀身から放たれる神々しい輝きに息を飲む。
神が作りし、神さえも屠れる神剣。それを用いた勇者と英雄の激突がどうなるのか、誰にも予想出来なかった。
最悪の事態だった。俺はなんとか場を収める方法を考えたか、なにも思い浮かばなかった。完全に俺の手に余る事態だ。
もう息を呑み、ただ事態を見ていることしかできない。
勇者と英雄が、今まさに激突しようとしていたとき、制止の声が響いた。
「やめてください」
声のした方を見ると、クリスタニア様が銀の短剣を抜き構えていた。
短剣を握る聖女様を見て、勇者が目を細める。
「へぇ、そんな物持ち出してどうするの? 僕を刺す気? 教会の聖女がそれはまずいでしょ」
勇者は短剣など恐れていなかった。そして勇者の言う通り、聖女が勇者を刺したとなれば問題になってしまう。下手をすれば聖女の資格を剥奪されるかもしれない。
「クリス、やめなさい!」
アルタイル嬢も聖女様を止めた。
「いけません、クリスタニア様」
カイトも潰れかけた喉をおさえながら聖女様をとめる。こんなことで聖女様の経歴に傷をつけるわけにはいかない。
クリスタニア様はなんとしてでも守らなければならなかったし、何より聖女さまの短剣で解決するとは思えなかった。
だが聖女様の覚悟は、俺たちが固めた覚悟などとは全く違っていた。
「私の顔がいいと言うのなら、それを無くしてしまいましょう」
聖女様は短剣を自分に向けたかと思うと、刃を自分の顔に突き刺した。
鮮血が舞い、聖女様の顔に大きな傷がつけられる。
「クリス!」
アルタイル嬢が叫び、周りの誰もが動揺する。
ただ一人、クリスタニア様だけが美しい顔を血に染めながらも、毅然とした態度で勇者を見る。
「これでいいでしょう、それとももう少し伊達の方がお好みでしたか?」
クリスタニア様は再度自分の頬に刃を当てると、手首を返して頬を切り裂く。
「足りないのならもっと切り裂いても構いませんよ? こんな傷物でよろしければ、いつでもお供いたしましょう」
そう言う聖女様の顔は血に染まり、凄惨そのものであった。しかしカイトがこれまで見たどんな聖母像よりも美しかった。
「アルタイル、シグルド。そして夜霧。貴方たちも矛を収めてください。ここで私たちが戦っては、私たちはもとよりほかの人に被害が及びます」
クリスタニア様は周囲を見る。周りでは勇者サイトウの暴行事件や、英雄たちとの激突に騒然となっている。
それに、ダンジョンの他の階層にはこの事態を知らない客が大勢いる。ここで勇者と四英雄が激突すれば、何人死ぬかわからない。
「わかった」
アルタイル嬢が息を吐き、熱を帯びた魔力が霧散していく。
身を厭わぬ聖女様の仲裁に、シグルドと夜霧も闘気と殺気を収めた。
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次回更新は三月二十五日水曜日の零時を予定しています。
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