第五十三話
第五十三話
フードをかぶった男が、一人ソサエティの南地区の路地を走っていた。
息を切らせながら、何度も背後を振り返り、路地裏をひた走る。
だが疲労から足がもつれ、転倒してしまう。こけた衝撃でフードがめくれ上がり顔があらわとなる。
恐怖で顔を引きつらせているのは、元グランドエイトのソジュであった。
転倒した痛みに顔をしかめたが、すぐに立ち上がり乱れた息やフードをそのままにとにかく走った。恐怖心が足を動かしていた。
「なんであんなことに!」
メグワイヤが計画した娼館の襲撃。直前まで何も問題はなかった。
だが娼館の中で客のふりをして店内の見張りをしていたソジュは、偶然、窓の外にソサエティの警備部隊、金色の鎧を着たゴールデンウォールがいることに気づいた。
すぐにメグワイヤやエンミと連絡を取ろうとしたが、妨害されているのか連絡用の水晶玉に応答がなかった。
身の危険を感じ、すぐに娼館の裏口から逃げ出した。あのままあそこにいたら自分もつかまっていただろう。
しかしメグワイヤや仲間たちがどうなったのかはわからない。おそらく捕まっているだろう。
「誰かが情報を漏らしたんだ」
入念に準備した襲撃計画。陰謀の主とも呼ばれているメグワイヤの計画が、簡単にばれるわけがない。誰かが裏切りでもしない限り。
「誰だ、一体だれが裏切ったんだ!」
誰かが裏切り、マダラメかシルヴァーナに売ったに違いなかった。だがソジュの頭では、誰かが裏切ったところまでしかわからなかった。何より疑う相手が多すぎた。計画に参加したマスターの誰が裏切ってもおかしくはない。信じられるのはメグワイヤと盟友であるエンミだけだった。
ソジュは息も絶え絶えになりながら、南地区にある廃屋に転がり込む。ここは仲間内でもごく限られたものしか知らないところだ。絶対に安全なはずだ。
息が苦しいが、廃屋の中を確認する。廃屋は狭く一部屋だけ、人が隠れられる場所はほとんどない。棚や机、椅子に樽などが乱雑に置かれゴミのようなものであふれている。
机や棚の陰に隠れている敵がいないか調べる。
幸い敵の姿もなかったが、味方の姿もなかった。
「エンミ、いないのか!」
何かあった時、仲間のエンミとはここで合流する予定だった。もしかしたらどこかに隠れているかもしれないと誰何したが、返事はない。どうやらここに一番に来たのは自分らしい。
「なぜ俺が最初なんだ、なぜエンミがいない」
娼館の中で見張りをしていた自分と違って、仲間のエンミは外の隠れ家から、周囲を監視する役目についていた。エンミがいた監視のための隠れ家は、逃げやすく、この隠れ家からも近い。自分よりエンミの方が先についていなければおかしい。
「まさかメグワイヤだけでなく、エンミまで?」
自分以外のすべてが捕まる想像をしたが、よくよく考えれば、それはなかった。
「いや、落ち着け。大丈夫だ。メグワイヤは憑依体で来ている。あいつは大丈夫なはずだ」
問題は自分とエンミだ。自分たち二人は本体でここにきている。以前マダラメに一億マナを支払った時、マナが足りず、憑依体すら売りに出してしまったからだ。
だから自分とエンミは襲撃犯に加わらず、監視班となったのだ。
メグワイヤやほかのマスター達は憑依体で来ているはずだから、捕縛されても接続を解除し逃げ延びているはずだ。
人の心配より、まず自分の心配をするべきだった。
「何とかして転移陣まで逃げないと」
本体である自分やエンミは、接続を解除してダンジョンに戻るわけにはいかない。自力で転移陣まで移動する必要がある。
ダンジョンとつながる転移陣はソサエティにいくつも設置されている。中央地区の転移陣はみんなが使っているし、グランドエイト評議場の中にもある。
だが襲撃がばれた以上、転移陣はすでにマダラメやシルヴァーナの手が回り封鎖されているだろう。何とかして連中も知らない転移陣を経由して、自分のダンジョンに戻らなければいけない。
「どこがあった? どこの転移陣が使える?」
ソジュは記憶しているすべての転移陣の場所を思い出そうとした。
「よく思い出せ、届け出が出されているのはだめだ。秘密の転移陣だ」
ソサエティに転移陣を設置する場合、グランドエイトに申告して許可されなければならない。しかしダンジョンルールに明記はされていないため、調査の目さえすり抜ければ、だれでも秘密の転移陣を持つことは可能だった。
わざと抜け穴を残しているのは、グランドエイトも秘密の転移陣を必要としていたからだ。
かく言うソジュも以前は秘密の転移陣をいくつも所有していた。しかし現在は全て売り払ってしまい使えない。誰かの転移陣を使うしかなかった。
転移陣を持っている相手と交渉するか、殺してでも自らのダンジョンに戻るしかない。
「そうだ、武器だ、何かないのか?」
ソジュは隠れ家の中を漁った。
娼館で見張りに立っていた自分には、武器が与えられていなかった。転移陣を奪うことになった時に必要になるかもしれないし、何より短剣一つ持たずにいることが心細かった。
包丁でも金槌でもいいからと廃屋の中を探すと、廃屋のテーブルにカバンが置かれていた。
今まで動揺しすぎて気づかなかったが、廃屋には不似合いの真新しい手提げカバンだ。
「なんだ? これは?」
カバンを手に取り開けてみると、驚愕にカバンを落としてしまった。床に落ちたカバンからは、大量のマナ貨が零れ落ちる。
「どうしてこんなものが?」
慌てて這いつくばり、マナ貨を拾い集める。カバンにはマナ貨だけではなく、停滞の楔まで入っていた。
「メグワイヤが用意した逃走資金か?」
用心深いメグワイヤが、もしもの時のために準備していたのかもしれない。
「だがこれは使える」
マナ貨を払えば、転移陣を使ってもいいという奴はいるだろう。停滞の楔ももしもの時の用心に懐に入れておく。
「後はこれをどう使って脱出するかだ」
時間が経てば捜索の手はさらに広がる。エンミが来るのを待ちたいが、遅すぎる。残念だが捕まったとみるべきだろう。ぐずぐずしていれば自分もそうなる。
すぐにでも動くべきだった。
呼吸を整え、マントを身に着け、フードをかぶりなおす。左手にカバンを持ち、右手はいつでも停滞の楔を取り出せるように空けておく。
ここから出ようと決断した時、突然隠れ家の扉が開かれ、フードをかぶった一人の男が入ってきた。
「誰だ!」
ソジュは左手に持ったカバンを手放し身構えた。
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