第四十八話
第四十八話
「だがお前、仕事はどうするつもりだ」
それを言われると痛い。支部長代理補佐の仕事を投げ出すことになるからだ。
「安心してください。カイトがいない間は私が受け持ちます」
左手を胸に当て、ついてきていたメリンダが前に出る。
「ダンジョンに挑むと言っても、一日中潜っているわけじゃありません。せいぜい数時間から長くても半日。これまでもカイトがいないときはありましたし、重要な会議や折衝以外なら私でも大丈夫です」
左手を差し出しながら、任せてくれと請け負う。
確かにこれまでもメリンダは俺をよく補佐してくれた。話さえまとめておけば、むしろ経理や調整などは、俺よりもうまいぐらいだ。
「任せてください。やって見せます」
右手で左手をいじりながら、メリンダが問う。
「………わかった、いいだろう」
「本当ですか? 頑張ります」
メリンダは喜び、左手を胸に当てて軽く頭を下げる。
ギルド長が認めてくれたのは有難いが、なんともあからさまな仕草だった。しかしメリンダには世話になりっぱなしなので付き合うしかない。
俺はギルド長の目を見た後、視線をメリンダの左手に向け、眼で合図を送った。
俺の誘導に気づき、ギルド長の目がメリンダの左手、その薬指にはまる指輪に注がれた。
「なんだ、その指輪は?」
ギルド長の指摘に、メリンダが待っていましたとばかりに顔をほころばせる。
「あっ、気づいてしまいました? 皆にはまだ内緒にしているんですけど」
白々しくもメリンダが言い放ち、わずかに俺に歩み寄って意味ありげな視線を送る。
正直こういうのは好きではないのだが、メリンダが喜ぶので俺も付き合い、左手を掲げて薬指にはめた指輪を見せる。
ロードロックの風習では、指輪はつける指によって意味が変わる。人差し指は誓いを現し、中指は忠義。小指は契約といった具合だ。指輪に文字を掘り、誓いの言葉や忠誠を捧げる相手、そのほか契約の簡単な内容を記す。
そして薬指は愛を示し、婚約や結婚を意味する。互いに同じ指輪をしていれば婚約、あるいは結婚したという証だ。
「ああ? いつの間に?」
「実は昨夜」
喜色満面といった表情でメリンダが報告する。
後押ししてくれたメリンダには、何かで返さなければいけないと思っていた。
もちろん先行きが不透明な状態で求婚することには抵抗があった。だが、だからこそやるべきだと思った。
状況が安定するのを待っていては、いつになるかわからないからだ。
メリンダは喜んで受け入れてくれた。人生最良の瞬間だった。
「まぁいい。しかしそれだと、尚のこと稼がないといけないな」
支部長代理補佐の仕事が続けられるとはいえ、働く時間が減るのだから収入は減ると考えるべきだ。
「ダンジョンに潜ることは許可する。ただし一つ依頼を受けろ。それが条件だ」
「どのような?」
「もちろんダンジョンの詳細だ。地下で起こったこと、すべてを報告しろ。依頼料もそれなりに出してやる」
ありがたい話だった。婚約したというのに、メリンダにおんぶにだっこでは格好がつかない。
「深入りしすぎて殺されるなよ」
「肝に銘じておきます」
「あと、ダンジョンマスターの情報を集めろ、何でもいい。ただし敵対はするな。コネクションを築けるのなら築け。これも依頼だ」
拒否は許さないという口調だ。
「それは構いませんが、すでにつながりはあるでしょう?」
支配人スケルトンを通じて、ギルド長や商人連合、貴族たちは時折会合を開いている。ちょっとした頼み事なら聞いてくれるはずだ。
「それとは別のパイプが欲しい。貴族や商人たちに知られたくない。最近不穏な動きがあってな」
「思わせぶりな言葉を口にされますね」
ギルド長がこういうことを漏らすのは珍しい。つまり聞けということだろう。
「どうにも戦争が起きるかもしれん」
意外とは思わなかった。
「ついにカッサリア帝国が動き出しましたか」
「帝国だけならいいのだがな。王国もだ」
叔父さんの答えに、俺も眉をひそめざるを得なかった。
ロードロックは交通の要衝に作られ、古くから栄えてきた街だった。
だが交通の便が良いということは、攻めやすいということと同義である。過去に何度も戦乱にさらされた過去を持ち、ロードロックを囲う城壁は、その戦の激しさを物語っている。
征服の歴史を積み重ね、現在は東クロッカ王国の一部となっている。ただ税金を払う代わりに自治を認められ、比較的緩やかな支配のもと、自由に商売をさせてもらっている。
街でギルド長や商人たちの声が強いのも、そういった事情があるからだ。
ここから北に位置するカッサリア帝国は、八十年前にロードロックを支配していた国であり、かつての領土を取り戻そうと、たびたび軍隊を送り付けては王国軍に撃退されている。
「帝国だけではなく、王国もですか」
これまで自治を認め、緩やかに支配してくれていた東クロッカ王国が、支配を強め、管理下に置こうとしているのだ。
「ここの品物だけならよかったんだがな、問題は転移陣だ。あれがあることでここの重要性が急上昇した」
「確かに、転移陣を通れば、五つの土地に軍隊を派遣できますからね」
物流や軍事的意味から見ても、ここは最重要地域となっている。
正直、これまで放置されていたことの方が不思議だ。
戦の準備を整えるための静けさだったのだろう。
カッサリア帝国はこの土地を取り戻し、さらにほかの国へと影響力を強めようと考えている。東クロッカ王国は帝国の脅威を取り除く見返りに、我々から自治権を取り上げようとたくらんでいる。大雑把な絵図としてはこんなところか。
「しかし、国家による支配や管理を、ここのダンジョンマスターが認めますかね?」
今のところ転移陣に使用制限はない。冒険者でも商人でも、いつでも誰でも利用可能だ。
だが軍隊が通行するとなると、問題が変わってくる。軍事的な拠点となることを、ここのダンジョンマスターが望むだろうか?
「そこだ。儂もそれとなく話をしてみたが、ここのダンジョンマスターがそれを望むとは思えない」
「このダンジョンマスターが。いえ、ダンジョンが何を求めているのか、俺たちはそれすらわかっていませんからね」
「場合によっては全員が損をする可能性もありうる。それだけは避けたい」
このダンジョンは大きな可能性に満ちている。俺たちも知らない新たな物を生み出し、与えてくれる金の卵を産むガチョウだ。もしガチョウが王国や帝国に奪われ、金の卵が手に入らなくなるのは仕方がないが、ガチョウが絞殺されるのを見たくはない。
「ですがロードロック単体で、王国や帝国には勝てませんよ」
経済的に発展しているとはいえ、ロードロックの街だけで国家に勝つことはできない。どこかに飲み込まれるのは必定だ。
「どちらにつくおつもりで?」
「決めてない。話のわかるやつならどっちでもいい」
叔父さんはロードロックの民らしく、都合の良い方につくつもりだった。
ロードロックは東クロッカの庇護下に入り、八十年の時を経ているが、王国に対する帰属意識や忠誠心はほとんどない。東クロッカ王国はカッサリア帝国の支配から我々を解放したといったが、ただ暴力の差で奪っただけでしかない。そのカッサリア帝国もまた、それ以前に存在した王国からここを奪い取ったに過ぎない。
その時々で変わる支配者に一喜一憂するのも馬鹿らしく、戦乱の歴史を持つロードロックの民は、その場その場で都合の良い相手に首を垂れ、利の多い方になびくことを美徳としている。
もちろん、それなりに恩も感じている。
支配者とはいえ、東クロッカ王国は行儀がいい方だった。税金は取られたが自治を認めくれたし、緩やかな支配のもと、共存してくれた。この状態が永遠に続くのであれば、変化を嫌う大商人たちは喜んで彼らの支配を受け入れただろう。
しかし今回は両方の国が、こちらを直接支配しようとたくらんでいる。ロードロックとしては到底受け入れられない話だ。
「支配人スケルトンと話すときは、貴族や商人たちと合同での話し合いになる。王国側の貴族は当然だが、商人たちも信用できない」
ロードロックの気風は都合の良い方につけ、だ。ならば商人は最も油断のならない相手であり、味方以上に敵だ。旗幟鮮明にしている貴族の方が、よほどやりやすい相手だ。
「最悪の事態だけは避けたい。個人的なパイプを持ち、意向を探っておく必要がある」
ギルド長は長らしく、最悪の事態を想定していた。
「しかし、交渉のパイプとなるほど、強いつながりはないと思いますよ」
確かにダンジョンの扉を開けてもらっているが、それだけの関係だ。ほんの少し挨拶をする程度。密談や密会ができるほどの関係とは思えない。
「それでもかまわない。いくつか手は打ってある。大半は役に立たないだろうが、どれか一つが功を奏すればそれでいい」
どうやら俺は数を打っている中の一つらしい。
ほかにどんな手を打っているのか気になったが、さすがに教えてもらえないだろう。
それに、それならそれで気が楽だ。軽い気持ちで仕事ができそうだ。
「さてと、叔父さん。次はいったい何が起きますかね」
「さぁな、予想もつかんよ。確実に言えることは、きっと近いうちに、また何か起きるってことだ」
「それは言えてますね」
叔父さんの慧眼通り、大問題が発生した。それも意外なところから。




