第三十三話 勝者の責務
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第三十三話
シルヴァーナと決着をつけると、俺はソサエティから自分のダンジョンに戻った。
憑依ルームの前を素通りして、そのままケラマが待つモニタールームへと戻る。
「今帰ったよ」
モニターの前には大きな机が置かれ、そこには大量の書類が積まれていた。
正直見るのもげんなりする量だ。
「ケラマ?」
わが副官の姿が見えない。
「はい、ここです」
崩れた書類から、ケラマが細い手を出している。どうやら積まれた書類が崩れて埋もれたようだ。やっぱり大きな体を作るべきではなかろうか?
「大丈夫か?」
書類の山からケラマを引っ張り出す。
見ての通り、このところ仕事が多すぎて処理できていない。自分のダンジョンだけではなく、新たに購入したソサエティの資産運用が膨大な仕事となり、手に余るほどだ。
早急になんとかしないといけないだろう。
「ありがとうございます。それで、シルヴァーナとの会談は………その顔の傷はどうされたのです!」
「ああ、ちょっとあってね」
ただ頬を切っただけだ。軽傷軽傷。
「ですからあれほど、傀儡をお使いくださいと言いましたのに!」
心配性のケラマは、会談に際して安全のために遠隔操作を用いろと言われたが、俺は本体で会いに行った。おかげでヒヤリとしたが、まぁいい経験だ。
「お前たちも何をしていた! こういうことがないためについていったのだろうが!」
ケラマが何もない空間に怒鳴りつけると、突然何もない場所に、二体の人型モンスターが現れた。
筋骨隆々、全身に鏡のような鎧をまとったモンスターだ。透明化の能力を持ち、高度な知性も与えられている。
ちなみにこれは俺が作ったモンスターではなく、ソサエティで売りに出されていたモンスターを購入したものだ。
「ああ、こいつらを怒るな。動かないように止めたのは俺だ」
護衛として連れて行った二人だ。シルヴァーナが刃を抜いたときに、即座に反応して殺そうとしたので慌てて止めた。止めるのが遅かったら、彼女を殺しているところだった。
「なぜ奴を殺し、そのまま拘束してしまわなかったのです。そうすれば」
「言っただろ、それは悪手だ。旧グランドエイトの轍を踏むべきではないよ」
脅迫するまではいいが、実行に移すのは最後の最後だ。一度実力行使に出てしまうと、その評価は永遠に付きまとう。いまはすべきじゃない。
「しかし、未だ連結量は支払っているのですよ?」
「たかだか四万だ。シルヴァーナのダンジョンを攻略しようとする冒険者で十分元が取れる。あそこが潰れたら、冒険者が来なくなる。そうなれば大損害だ」
攻略すべきダンジョンがあるからこそ、ここに冒険者が集うのだ。攻略するところが無くなれば、彼らはいなくなってしまう。
しかもグランドエイトが落ちたことで、一時期ブームだったダンジョンの連結が下火となり、よそと連結したダンジョンも、解約し接続を断つところが増え始めた。もちろん新規に連結しようなんて言ってくるところはないだろう。
ダンジョンの根本的な問題として、自分たちを攻略しようとする冒険者に依存しなければいけないことだ。これは何とかしないといけない。
「それに彼女は今後必要だ。いま殺してしまうわけにはいかないよ」
「しかし、諦めるとは思えません」
「そりゃそうだ、あの気性だ。諦めたままでいるとは思えないよ」
鋼鉄のような鼻っ柱だ。今日はへし折れたが、少しすればなお強くなっている事だろう。
「いまは彼女を生かしておく必要がある。ほかのダンジョンマスターの動向が読めなくなるからね」
グランドエイトの陥落は、ほかのマスター達に動揺を与えている。
「まずはこっちの体制を整えることが先決だ。この状態でほかのマスターを敵に回すべきじゃないのはわかるだろう?」
書類で埋まっているモニタールームを見る。
少し前までは爪に火を点す様な、ぎりぎりの生活をしていた。だが違約金が支払われ、さらに放出された旧グランドエイトの資産を買いあさったため、資産運用が追いついておらず、まるで整理できていない。この状況で中堅どころのマスター達が連帯を組み、敵に回れば足元をすくわれかねない。
「シルヴァーナを生かしておけば、俺に対立するマスターはひとまず彼女のもとに集うだろう。動向も読みやすい。その間にこっちも体勢を整えるんだ」
せっかく一位になったのに、足元を掬われて高転びなんて御免だ。
「それで頼もしき参謀殿、どうすればこの状況をなんとかできる?」
喧嘩するのはそのあとでいい。
「はい、やはり資産運用に特化した知性化個体を作るべきでしょう。それに合わせて、カジノの運営をこなすモンスターも作り、その者に任せるべきでしょう」
「確かに、もう俺たちで回せる量を超えたな」
正直、運営の手が回っていない状態だ。いまはまだ何とかやれているが、そのうちパンクするだろう。無理は続かないものだ。
ダンジョンを支える幹部たちを作り、運営を任せてしまうべきだろう。
「こちらに知性化モンスターの、草案がありますのでご参考ください」
どうやらどんなモンスターがいいのか、いくつか案を練ってくれたようだ。
「わかった、すぐに制作するよ」
「お願いします。ではソサエティの中間報告をさせていただきます」
ケラマは、たったいま作成した書類を取り出す。
俺はうなずいて続きを促した。
「元グランドエイトのマスターからせしめた違約金三億を使い、ソサエティに売りに出されていた資産の六割を買い占めました。おかげで手持ちは一億を割り込みましたが、総資産は五億マナを突破しました」
「そりゃすごい」
ついこの間までは数十万ポイントにまで落ち込み、明日のポイントを心配していたというのに、一気に小金持ちになった。
「ソサエティから得られる利益が、日に五十万マナほどとなっています。ただ、ソサエティの管理に関しては効率的とは言えませんので、整理と改善を進めていけば、得られるマナはさらに多くなると予想しています。最低でも五割以上の上昇を見込めると思いますが、正確な数字を出せる段階ではありません」
なるほど、専門家を作ることは急務だ。
「それともう一つご報告すべきことが。攻略されたグランドエイトのダンジョンのことですが」
「あれがどうかしたのか?」
というか、攻略されたダンジョンなど、もう関係ないと思うが。
「それが、まだ生きているようです」
「ん? どういうことだ?」
確かダンジョンマスターが死ぬと、モンスターは消え去り罠も作動しなくなる。残されたダンジョンもゆっくりと風化し、最後には土に埋もれてしまう。緩やかに消え去るのがダンジョンの死だ。ケラマからはそう聞かされていた。攻略された四つのダンジョンも、そうなっているはずだ。
「忙しさのあまり気づくのが遅れました。どうやら転移陣を通じてマナが供給されているようです。転移陣が使えていることで気づくべきでした。申し訳ありません」
ケラマが謝罪するが、忙しかったのだし仕方がない。
「そういえば確かに、攻略されたダンジョンはまだ転移陣が使えるな」
攻略された後、冒険者たちがこちらに戻ってきていたから使えることはわかっていた。しかしよくよく考えればおかしな話だ。罠も作動しなくなるのだから、転移陣が使用不可能になってもおかしくはない。
「どうやらこちら側から、転移陣を通じてマナが流入しているようです」
「ああ、なるほど、こっちのマナだけで作動しているのか」
「はい、そしてここからが問題なのですが、こちらのマナが供給されているため、向こうのダンジョンはまだ生きております」
「ん? どういうこと?」
「つまり、ソサエティのようなものです。ダンジョンマスターが死亡したことにより、あそこは空白の土地となりました。マナを投資すればあれらのダンジョンを我々のものにできます」
「マジか」
元グランドエイトの四つのダンジョンだ。広大かつ深い。
「接続を切れば、そのうち土に埋もれていくでしょうが。どうしますか?」
「もちろん放置する手はないな。いくらぐらい投資すればいいんだ?」
「罠はすでに死んでおりますので、ダンジョンだけですから百万マナほど投資すれば、全て我々のものにできます」
「よしなら投資しよう」
転移陣を残すだけでも十分価値はある。広大なダンジョンをどうするかはまだ決められないが、利用法は大きいだろう。
「使い道はまたゆっくり考えよう。俺はすぐにモンスターの作成にかかる」
ケラマが作ってくれた資料を手に取り、コアルームへと向かおうとして、足を止めた。
「ああ、そうだった。頼んでおいたことはやっておいてくれたか?」
「はい、今日もスロットを操作して、スリーセブンを出しておきました」
「相手は誰だい?」
「ロードロックの冒険者です。以前から目をつけていた相手が、いい時間に来てくれたので出しました」
「それは僥倖」
「しかし、昨日も出したのですよ。ここまでしなければいけないのですか?」
ケラマは高額配当を出したことに不満のようだ。確かに高額配当を出すと損をするのはこちらだ。
「もちろんだよ、勘のいいのは気づきかけていたよ。俺たちが相手を選んで高額配当を出していたことにね」
新たにやってきた冒険者相手に、俺たちはスロットを操作し、高額配当を出してやった。
顧客をつかむためでもあったが、本来の目的は彼らを勝たせて、八大ダンジョンを攻略する資金を与えるためだ。
シルヴァーナは半分しか気づいていないようだったが、俺たちとグランドエイトの違いは、冒険者に干渉できる点だ。
俺は冒険者とパイプを持ち、依頼もできる。言ってしまえば冒険者たちに、八大ダンジョンを攻略してくれと言うこともできたのだ。
もちろんそこまであからさまなことはできなかったが、それに近い方法として、熟練の冒険者や気鋭のパーティーをカジノで勝たせて、攻略に役立つアイテムを持たせることはした。
彼らは俺の予想通り、得たコインで装備を強化し、俺たちが破産する前に八大ダンジョンを攻略してくれた。
とはいえ、これはこれであからさまだった。気づく者は気づきかけていた。だからロードロックの者にも勝たせて、不公平感をなくさなければいけなかった。
「手痛い出費だけど、これも必要経費さ」
「ダンジョンランキングが一位となったというのに、こうも周りに気を遣わなければいけないのですかね?」
頂に立った景色が、想像と違っていたことにケラマが不平を漏らす。
「それが勝者の宿命だよ」
弱いときはそんなこと考えなくてもよかった。
とにかく頭を使い、出し抜くことだけ考えていればよかった。
弱い奴はズルやイカサマでも使わなければ、強者には勝てないからだ。
しかしひとたび強者となってしまえば、せこい手は使っていられない。準備をして体勢を整え、正当な手段や努力が必要となる。面倒だがその分強者のルールが使えるし、その方が見返りは大きい。
「勝った者の責任を果たすしかないさ」
やりたくないことでも逃げるわけにはいかない。逃亡は敗者の特権で、勝者には許されないのだから。
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