第二百七話
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第二百七話
ラケージが放った鞭の一撃が、唸り声をあげてサイトウに迫った。
サイトウは左右にステップして回避するも、唸る鞭が執拗に追いかける。避けきれなかった一撃がサイトウの右腕を切断した。
闘気を帯びた一撃はさながら名刀の如く、岩すら断ち切る切れ味を持つのだ。
剣を持ったままの右手が、放物線を描き空中を飛ぶ。腕を失ったサイトウだが、痛みに狼狽えることはない。即座に跳躍して腕を空中で掴むと、切断された腕の傷口を接着させて回復魔法を発動した。
今やサイトウにとって、ちぎれた手足をつなげることなど数秒あれば可能であった。しかしラケージも回復を待ってはくれない。鞭がしなり、サイトウを打ち据えようと降りかかる。
サイトウは腕をつなげながら後退し、鞭から逃れようとする。しかし鞭は生きているように追いかけてくる。サイトウは紙一重で鞭の攻撃を回避し続けた。
逃げ遅れた髪の一房が弾け飛び、打ち据えられた床の石が砕け、空気すら切り裂かれて雷鳴の如き悲鳴を上げる。
サイトウはラケージの攻撃を三度回避したが、ついに追いつかれる。だがその時右手の回復が完了。握ったままの剣を振り抜き、襲いくる鞭を弾く。
サイトウはそのまま後退して距離を取る。対してラケージはその場を動かず、手首だけを返して鞭を戻す。その顔はつまらなそうに目が細められていた。
ラケージとの戦闘を開始して、すでに三時間が経過していた。サイトウは何度も負傷を負ったが、その度に治療しており傷はすでに回復している。
一方ラケージにも怪我はない。サイトウは何度かラケージの体に切り込んでいるが、ラケージはサイトウに回復魔法を仕込んだ張本人。傷の治療に関しては本職である。
「ちょっと! いつまでおままごと続けるつもり!」
ラケージが口を尖らせる。長丁場の戦いに、ラケージは飽いていた。
「私を殺す必殺技を隠してるんでしょ、そろそろ見せなさいよ」
「そりゃ断る。そっちこそ、まだまだ見せてない技があるんだろ? 勿体ぶる歳でもねーだろ」
サイトウが言い返すと、ラケージが目を剥く。
「まぁ、女性に歳の話をするなんて、一体どんな躾をされてきたのかしら」
「男をいたぶって喜ぶお前にだけは、言われたくないよ」
「男の子でしょ、女性をリードしようって気はないわけ?」
ラケージは呆れた声を出すが、サイトウは答えなかった。
戦いが長く続いているが、これはサイトウとラケージが回復魔法に長じているためだけではない。両者が切り札を隠し持ち、決して使おうとしないためだ。
サイトウはラケージを仮想敵と定め、倒す方法をずっと考えていた。そして歴戦のラケージは、当然のように必殺の切り札を必ず隠し持っている。
深く踏み込めば、相手が隠し持つ技の反撃を受けるかもしれない。そのため両者は牽制に終始するしかなかったのだ。
サイトウは細く息を吐いた。
自分が練り上げた奥の手は、必ずラケージを殺し切れるだろう。しかしそれはラケージも同じである。これを使えば必ず殺せる。その自信があるからこその必殺技だ。
サイトウとしては、先にラケージに切り札を使わせたかった。だがラケージは思ったよりも我慢強い。このままでは永遠に削り合いが続くかもしれなかった。
「ほらほら、来ないのなら、こっちから行くわよ」
ラケージが鞭を振るう。
唸る鞭は空気を切り裂き、石の床を砕く。掠めるだけでも皮膚が裂けて出血する。
「どーするー? このまま続けても私は一向に構わないわよ。削り切ってボロ雑巾みたいになるサイトウくんを、見てみるのもいいかなって思ってるし」
ラケージが縦横無尽に鞭を振り回す。
長期戦と泥試合は、今やサイトウの得意技となっていた。みっともない勝ち方ではあるが、どれほど格好が悪かろうと、敗北よりはいいからだ。しかしこの必勝法もラケージ相手には通用しない。
鞭の射程に加え、闘気に魔力に技に経験、ラケージは全ての部分でサイトウを上回っている。削り合いをすれば勝つのは向こう。
サイトウは舌打ちを一つして、大きく後ろに後退した。ラケージの鞭の範囲外だが、背後には壁。逃げ場はない。
「あら? もしかして、それって覚悟を決めたってことでいいのかしら?」
「ああ、しゃーねーから見せてやるよ」
サイトウは両手を広げるように構えた。その構えは戦うというより、まるで今から踊り出すような姿勢だった。
「この技には名前をつけてある。バカっぽいが付けずにはいられなかった」
「ふーん。まぁ、思い入れってあるしね。それで、なんていうの?」
「メメント・モリ。俺が元いた世界では『死を思え』という意味だ」
「へぇ、イカすじゃない。技の方もそれだけイケてるといいんだけど」
「ああ、それは保証するよ。いくぜ」
サイトウは両手を広げ、踊るように切り掛かる。
舞うように切り掛かる太刀筋は、途切れることなき曲線となってラケージを襲う。しかし対するラケージは鼻で笑った。
「何よそれ、お遊戯会でもしたいの?」
ラケージは斎藤の攻撃を易々と回避し、背後に移動して切り掛かる。
「はい、詰み」
ラケージが勝利を確信したのも無理はなかった。背後をとっただけでなく、空振りした剣も遠い位置にあり、体勢から言っても反撃も防御もできないからだ。だがその瞬間、小さな爆発音がなると同時に剣を持つサイトウの右腕が跳ね上がった。
人体の構造ではあり得ない角度と勢いの動きに、ラケージの対応が一瞬遅れる。なんとか身を捻るものの、刃がラケージの頬を掠める。
振り返ったサイトウが再度切り掛かる。曲線を描く大振りな攻撃。軌道は読み易く回避も容易。ラケージは当然のように回避したが、また小さな爆発音がなると同時に避けたはずの剣が戻ってくる。爆発音はさらに続き、剣がありえない速度と角度で切り込まれる。
ラケージが距離を取ろうと後ろに後退するも、サイトウが逃さない。ラケージは鞭を振り牽制する。サイトウが横に回避するか防御を選べば、後退の隙ができると読んだ。しかしサイトウはそのどちらも選ばず前進する。
ラケージの鞭がサイトウに直撃するかに思われたが、その時また小さな爆発音とともに、サイトウの体が九十度横に移動した。
あり得ない角度の回避に、ラケージの鞭が空を切る
何度目かの爆発音が再度鳴り響くと、サイトウが急加速して一気に距離を積める。ラケージの背筋に悪寒が走る。これは回避できないと、ラケージは腕を交差しサイトウの刃を受ける。
刃がラケージの腕にめり込んだ瞬間、ラケージは腕に集めた闘気を爆発させた。共に戦ったダンカンから盗んだ闘気術の一つだ。
闘気の爆発によりサイトウの剣が跳ね上がる。だが直後、サイトウの腕からまた小さな爆発音が聞こえ、跳ね上がった剣が同じ速度で振り下ろされる。
爆発する闘気術で防ごうにも、連続使用できる技ではない。ラケージを四度の斬撃が襲う。
両腕と肩と腹に斬撃を受けながら、ラケージは自分の足元で爆裂魔法を発動。自分ごとサイトウを吹き飛ばそうとしたが、その直前でサイトウがまたもあり得ない動きで後方へ退避する。結果ラケージだけが爆風を受けて後ろに吹き飛ばされる。
ラケージは爆風で転がりながらも、膝をついて起き上がる。腕や肩、腹には深い傷があり、足は爆風でボロボロであった。すぐに治療を開始するところだが、ラケージの手は不意に止まった。
「なによ、それ」
当ラケージの声は、喜びにうわずっていた。なぜならば攻撃を受け続けていたラケージ以上に、サイトウの体が傷だらけであったからだ。
腕や足、体にはいくつも焼けこげた跡があり、肉が抉れて一部が吹き飛んでいた。
ラケージがやったのではない。これをやったのは他でもないサイトウ自身だ。
「まさか自分の体で爆発を起こして、体を動かしてたっていうの?」
興奮に顔を上気しながらも、ラケージはサイトウの技を正確に見切っていた。
サイトウは魔法で小さな爆発を起こし、その爆風で自分の手足や体を動かしていたのだ。そのため通常ではありえない剣技や防御、体術を可能としていたのだ。
しかしこの方法はあまりにも危険だった。爆風をモロに体に受けているのだから、ただで済むはずがない。更に急激な制動に筋肉が損傷し、関節が砕ける。傷ついた端から回復魔法で治療しているのだろうが、本来なら立っていることすらできない激痛のはずだ。
狂気とも言えるサイトウの切り札。これを見てラケージは笑った。笑はずにはいられなかった。
「いい、すっごくいい。最高! ここまで滾ったのは初めて! 何、ほんと、そんなもの持ってるなら早く見せてよ。ほんと、どうして隠してたの!」
恋に浮かれたように、頬を染めるラケージの鼻息は荒い。
「ほんと、ここまで化けるとは驚き! 最初見た時はつまんないのが来たと思ってたけど、やればできるじゃない! 死を思えって、そりゃその技使う時はそうなるわよね!」
早口で捲し立てたラケージは、ここで一つ大きく息を吐いた。
「しかしあれよね、一緒に長くいたせいかしら、似たようなことを考えつくものね」
「なんだと?」
「私の切り札も見せてあげる。私の切り札にも名前が付いてるの『雷の舞』って言うんだけどね」
ラケージは言いながら鞭を振るい飛びかかってくる。縦横無尽に駆け巡るラケージの鞭。その動きは高速にして繊細。一定の間合に入ればどれほど優れた体術の持ち主であろうと、回避と防御が間に合わなくなる組み立てとなっている。
しかし穴は存在する。その組み立てが完璧であるが故に、人体では不可能な動きに対応していないのだ。
サイトウは体の表面で爆裂魔法を発動させる。そして勢いに乗り、肉と関節を軋ませながらもラケージの鞭を突破した。
ラケージは鞭を振り抜いた直後であり、鞭を返せる体勢ではない。しかしその時、ラケージの体に紫電が走る。鞭を持つ腕が魚のように跳ね、サイトウを鞭が襲う。
サイトウは腕で爆発を起こし、剣を跳ね上げて迫りくる鞭を防御しつつ、腰でも爆発を起こして身を無理やり捻って回避する。
なんとか攻撃をよけたサイトウに、ラケージの鞭が追いかけるように襲う。その動きはこれまで以上に速い。
回避できないと踏んだサイトウは、腹で爆発を起こして後方に退避する。
軋む内臓に血を吐きながらサイトウが前を見ると、ラケージの体からは白煙が上がっていた。
手足からは肉が焼けこげる匂いがのぼり、ラケージの目や鼻、耳からは血が溢れていた。
これをやったのはサイトウではない。つまり……。
「電撃か。自分に電撃を打って、体を操ったのか」
サイトウはラケージの技の秘密を推測した。
電撃を自分に打って体を操作する。だが言うほど容易いものではない。筋肉や神経に直接電撃を流すのだから、激痛に決まっている。それに毛細血管が破裂し、目や耳、鼻から出血している。下手をすれば脳にもダメージがあるだろう。
いくら回復魔法に自信があるとしても、普通ならば思いつきもしないだろう。
「狂ってる」
「そうね、でも知ってたでしょ?」
ラケージの言葉は確かにその通りだった。
常人ならば決してやらないことを嬉々として行う。それがラケージである。
「そして、そんな私について来れるあなたも、やっぱり狂ってるのよ」
「一緒にするな」
「否定しても変わらないわ、あなたは私と同じく歪んでいるもの」
「ぐちぐちとうるさいやつだ」
サイトウの眉間に嫌悪の皺が走る。
「そうね、確かに言葉なんて無粋だわ。さぁ、踊りましょ」
ラケージが誘うように、鞭を持つ右手を差し出す。
「ステップを踏み損ねて、踊れなくなった方が負けよ」
ラケージの言葉に、サイトウは答えなかった。ただ同じく踊りに誘うように、緩く手を広げる。
外部の力で手足を動かす両者の技は、脱力したこのフォームが最適解であるのだ。
サイトウが動き、同時にラケージも動いた。
爆風と雷を身に纏い、血と破壊を供とする両者の舞踏。それは時と共に激しさを増し、限界を超えて舞う。
自らの命を燃やして。
次回、サイトウとラケージの戦い決着




