第百八十三話
第百八十三話
聖遺物を拒否するキルケに、会談の席につく代表たちは騒然とした。無料でも貰える宝を拒むなど、どうかしていると誰もが思っているのだろう。だがこの場にいる誰もが考え違いをしている。
無料で手に入るものなど何もない。無料のようでいて、我々は大事なものをマダラメに渡そうとしていた。
「なぜ受け取っていただけないのでしょうか、キルケ様?」
聖遺物を突き返すキルケに対し、マダラメが落ち着いた声で問う。
「我が救済教会はモンスターを生み出し、人類を脅かすダンジョンの存在を良しとしておりません。人類に害をなし、そして奪ってきたあなたから、どうして物を貰うことができましょう」
キルケの言葉に、背後にいるマゴーネや二人の騎士たちが動揺するのが感じられた。
背後の三人が驚くのも無理はない。この行動はキルケ一人の独断であり、教皇の命令に反する行動であった。こんな勝手をしたとなれば、キルケは厳しく断罪されるだろう。最悪破門もあり得る。だがキルケに後悔はなかった。
例えどれほど見返りが大きくとも、譲れぬものを譲ってはいけないのだ。自らの信念を、教義を裏切れば、もはや自らの足で立つことすらできなくなる。
「あなたが奪って手に入れた物を、我々はあなたから物乞いのように貰いはしない。力尽くで奪い返す。ただそれだけです。私はここに話し合いに来ましたが、それはあなたの提案を断る。と言いに来たのです」
キルケの力強い言葉に、席につく各国の代表は顔色を変えた。
ここでキルケが問うているのは、大国としての面子であった。
国家から見れば、たった一個のダンジョンなどとるに足りない存在だ。そのダンジョンから物を貰うということは、ダンジョンに頭を下げた形ともなってしまう。国家としてこれを認めるわけにはいかない。
さらに救済教会が毅然として拒絶したことを、大国の代表は貰って帰ってきたとあっては、代表としても面目を失う。
「キルケ様のいう通りだ。我がオルレア公国は、ダンジョンから物を貰いはせん!」
オルドレイク将軍が、断ち切るように宣言する。
「ホホホ、そうじゃな。我が国も遠慮しよう」
デーン帝国のバルッサ翁も、笑って拒否する。
二カ国の言葉を聞き、キルケは内心で笑った。
気位の高いオルドレイク将軍や、すでに多くの功績を成しているバルッサ翁が、実利よりも面子を優先することは予想していた。そして二カ国が同調すれば……。
「我がステイヴァーレ国も、お受け取りすることはできません」
ヴィオラが眼鏡をかけ直すと、首を横に振った。
計算高いヴィオラであれば、教会と二カ国が拒否したものを受け取るデメリットを理解して同調すると読んでいた。残るはエスパーラ国とフィンドル連邦、そして魔法都市ガンドロノフだ。
ガンドロノフの代表であるメイルシュトローム家のマシューは、貰った物を返す気はないと前に置かれた聖遺物を引き寄せた。
魔法都市は大国としての面子がないため、これも予想通り。問題は残る二つの国だ。
「もちろん我が国も同じ気持ちです」
「私も受け取りを拒否します」
エスパーラ国のパーニャとフィンドル連邦のキシリルも首を横に振った。
これで列強を含む、六つの勢力が拒否した。キルケにとっても厳しい決断であったが、こうなればマダラメとて会談を続けることはできまい。
キルケはマダラメを見た。
さすがのマダラメも、この状況に顔を曇らせている。
「……皆様のお考えはよくわかりました。ですが私からは三つ、言っておきたいことがあります」
マダラメは右手を掲げ、三本の指を示した。
「まず一つ、私は出した物を引っ込めるつもりはありません」
三本の指を一本にしたマダラメは、テーブルの上に置かれた聖遺物の数々を見回す。
「渡すと言ったからには、必ず受け取ってもらいます。今日お持ち帰りいただけないのであれば、後日お届けします。それでも受け取りを拒否されるのでしたら、皆様の領土に投げ込んででも受け取っていただく。私どもが投げ込んだ聖遺物を拾うもよし、そのまま放置するのも皆様の自由です」
マダラメは聖遺物を不法投棄してでも、受け取らせると言い切る。
誰もが求めてやまぬ神々の宝物を、無理やり押し付け合うとはなんとも奇妙な状況といえた。
「そして二つ目ですが、これらの聖遺物は、決して奪ったものではありません」
マダラメは先に示した人差し指に、中指を足して二本にする。
「知らない人のために申し上げますと、ここにある聖遺物は私が正当な勝負の上に獲得したものでございます。もちろん聖遺物を勝負の賞品としたことに対する異議はございますが、その勝負に同意されたのは他でもありません。救済教会が公認されている当代の勇者であります。私を非難する前に、自らが認めた勇者の行動を正すべきです」
マダラメは痛いところを突いてくる。公認しているという事は、勇者の行動に対して救済教会が責任をとらねばならないという事だ。
「そして三つ目ですが、我がダンジョンはこれまで人を殺したことはありません。暴力で奪ったこともです。カジノで負けた人はいますが、それは相手も了解した勝負でのこと。私が人を害したというのは、とんでもない言いがかりです」
マダラメは、ここは譲らないとキルケを見る。
「しかし他の多くのダンジョンでは、人を殺し奪っている」
「それは私がやったことでも、命じたことでもありません。すでに周知の事実のはずですが、ダンジョンにはそれぞれダンジョンマスターがおり、彼らが独自の判断で行動しています。そしてあなたたちはダンジョンで起きた不利益の責任を、彼らに求めて討伐しています。なら他の者が犯した罪を、私に求めるのは筋違いではありませんか?」
「他のダンジョンマスターが何をやったとしても、自分は関係ないというのですか?」
「いかにも。国家の罪を個人に、個人の罪を国家に求めてはいけません。国家が罪を犯したとして、それを理由に個人に石を投げるのは間違いでしょう。また個人が罪を犯したからと言って、国家そのものが犯罪者であるとするのも明らかな間違いです」
理路整然でございますとマダラメは答える。
「自分以外のダンジョンマスターが討たれてもかまわないと? 彼らはあなたの同胞ではないのですか?」
「確かに彼らと私は、同じ役目を背負った仲間ではあります。しかし彼らは人と敵対し、争いあうことを理解したうえで行動しています。その結果討たれたとしても、それは仕方のないことでしょう」
マダラメは言い切る。そして席に着く各国代表を見回した。
「たしかに私はダンジョンマスターです。信用できないという気持ちも理解できます。ですが私は皆様と等しく利益を分かち合い、共に繫栄していきたいと思っています。それでも私を討たれると言いますか?」
マダラメの演説を聞き、キルケは潮目が変わりつつあるのを感じた。
オルドレイク将軍とバルッサ翁は最初に拒否を示した手前、すぐに態度を変えることは出来ないと険しい顔をしていた。しかし計算高いステイヴァーレ国のヴィオラは目を細め、利益の再計算を始めていた。
マダラメは演説の中に、利益や繁栄という言葉を織り交ぜていた。そして体面より、実利をとる国も多い。エスパーラ国のパーニャやフィンドル連邦のキシリルも利益があるのならば考え直してもいいと、揺れ始めている。
これは聖遺物をうまく使われたなと、キルケは内心舌打ちをした。
マダラメは出したものを引っ込めるつもりはないと言い、聖遺物を投げつけてでも受け取ってもらうとした。
一度口にした約束は、必ず守ると示したのだ。そして聖遺物を簡単に与えるという事は、マダラメと組めばそれ以上の利益が得られるかもしれないという事をにおわせている。
まずいな……。
このまま放置すれば状況を一変させられるかもしれなかった。
悲報。聖遺物、不法投棄される
聖遺物「このあつかいひどくない? ワシら産業廃棄物かよ」
ミーオン「ワシも四英雄にただの棒とか言われたしな」




