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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

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99/100

事実無根です。違います


馬車の空気は、非常に微妙なものだった。

騎士の彼──名前をケヴィンというそうだ。栗色の髪に、柔和な表情を浮かべている。流石、騎士というだけあって、がっしりした体躯をしている彼は、ニカッと歯を見せて笑った。歳は、私の二十ほど上、だろうか。


「お久しぶりです、ロイ殿下」


「……」


それに、ちらりとテオは視線を向けたものの答えない。

えっ。無視!!それに第三者の私の方が狼狽える。テオの素っ気ない反応に、しかしケヴィンは慣れたように苦笑する。


「お変わりないようで安心しました。それで、彼女は?」


彼女、というのは間違いなく私のことだ。 どう答えるべきか迷っているうちに、テオが端的に答えた。


「拾った」


「拾っ……!?」


「ああいえ、あの!川で流れていたところを救出してもらったようで……!!」


どんぶらこと流れる桃のごとく、川岸に流れ着いた私を引き上げてくれた時の話をすると、ケヴィンは明らかに引いているようだった。

なぜ、川に??という顔をされたが「事故で……」と答える他ない。

それに、ケヴィンは納得しているような、していないような、そんな顔になりながらも続けてテオに尋ねた。


「ロイ殿下。先程お伝えした通りです。アーロアでは賢者伝説を伝説ではなく、事実だと公表しました。わざわざ記者を呼び寄せて、ですよ。しかも大衆紙(タブロイド)から、高級紙(ブロードシート)まで全て!信じられません」


「そうせざるを得ない事情が、向こうにもあったってことだろうね」


「賢者が攫われた……でしたっけ?あれ?そういえばさっき……賢者がどう、とか話していましたよね。確か、ロイ殿下が賢者をさらって国際問題に発展しかねないとか何とか──」


そこで、ハタと思いついたのだろう。むしろ、気付くのが遅いまであると思うが、彼も突然のテオの帰国に混乱しているのだと思う。

ケヴィンはカッと目を開くと、私に強い視線を向けて言った。


「賢者!!!!」


「……と思わしき人間だそうです。私は」


我ながら、賢者という自覚はあまりない。


確かに物心ついてから、魔法学が好きだった。独学で魔法の練習をしたし、魔法構成にのめり込んでいた。貴族の娘でなければ、学者の道に進んでいたかもしれない。


それほどまでに、夢中になった。


私が今の、魔法の知識を持っているのは賢者だからでは無い。

確かに魔力量は生まれつき豊富だった。

だけど、私が勉強して得た知識は決して、賢者だから与えられたものでは無い。私が、自ら学んだから得られたものだ。


乾いた笑いを浮かべる私に、ケヴィンが自身の両頬を挟んだ。

ガッチリしている体躯の男性がそうすると、ギャップがある。

おお、ムンクの叫びだ、と思っているとケヴィンが悲鳴をあげた。


「戻してきてくださいよ!!」


私は犬か猫か、という反応だけど、ケヴィンの言葉も一理ある。


(アルヴェールにいたら、テオに迷惑をかける……)


しかも、近いうちに私をアーロアに連れ戻そうとしている王家の方がやってくるのだ。鉢合わせるのは、まずい。

私がそう考えていると、テオがまたしても短く答えた。


「いやだ」


「いやっ……!?」


意外な反応に、ケヴィンだけでなく私も驚く。テオはちらりと私を見ると、ため息を吐いて言った。


「賢者なら尚更。手放すことは出来ないよ」


「ロイ殿下……それは」


取りようによっては、賢者を利用するためだとも聞こえる。だけど──


「……そうですか。それなら、まあ、仕方ありません……ね」


とボソボソとケヴィンが言った。気まずい空気が車中に落ちる、と思った直後。ケヴィンがぐわっとが顔を上げた。


「とでも!!言うと思いましたか!!」


ケヴィンの大声に、隣に座るテオはものすごく耳に響いたのだろう。あからさまに顔を顰めて、首を傾げて距離を取っている。

それに構わず、ケヴィンは距離を詰めてさらにテオに言った。


「いいですか。ロイ殿下。そちらのお嬢さんとエルゼ様は違います。同一人物ではないのですよ」


「──」


エルゼ、という名前に一瞬、テオは反応した。だけどすぐにそれを誤魔化すように、あるいは取り繕ようように彼は答えた。


「知ってるよ」


「それなら……!」


「あの」


そこで、私は割って入った。会話中だけど、彼らが話しているのは私のことだ。当事者である以上、話に参加する資格はあると思う。

そう思って言葉を挟めば、ケヴィンは非常に困ったものを見る目で私を見た。


「ま、まさか」


「な、何ですか?」


あまりに狼狽えた彼の様子に、私も困惑する。

なにかやらかしただろうか。いや、ケヴィンと出会ってからの行動に、思い当たることは無い。じゃあ何……!?と(テストの採点を待つかのごとく)ドキドキしていれば、ケヴィンはくるつとテオを振り向いて、またしても声をはりあげた。


「恋人ではないですよね!?」


「わあ」

「ゲホッ」


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