別離、再会(予定)
そして、船は二日かけてアルヴェールに到着した。アルヴェールのレトの街。
以前より怪我の具合酷くなかったようで、足の捻挫は少しマシになった。……とは言っても?支えがなければ歩けない程度には重症なのだけど!!
(回復魔法はな〜〜高難易度魔法に分類されるのよね……)
私も使えるようになるまでは相当な時間がかかった。しかし、努力だけで使えるようになったのはやはり、私が賢者だから。つまり、ある程度の下地があったからなのだろう。
気乗りしないが、味方なのか敵なのかイマイチはっきりしないファーレの手を借りて船から降りる。
先を歩いていたテオは、なにかを見つけたようで目を細めた。
「テオ?」
「いた。ファーレ、先に聞いておく」
「何ですか?」
テオの呼び掛けに、ファーレが顔を上げた。
テオは視線の先に軽く手を挙げて、コンタクトを取っているようだ。ちらりとテオがファーレを見て言った。
「あんたがアーロアの王族についてるのか、それとも裏切ってエレインと行動することを選んだのか。オレにはどっちてもいいけど、いい加減答えを出す時だ」
「……あー」
それだけで、ファーレはテオが何を言おうとしているか気付いたらしい。そして、おもむろに私の背を押した。
「ふ、ギャッ!?」
突然のことに間の抜けた声と悲鳴が合わさり、フギャッ!という猫じみた声が出た。怪我してるっつーのに怪我人を突き飛ばすなんて何考えてんのよ!!と文句を言いたいが、その前に、事故だ。事故が起きる。そのまま前のめりに倒れそうになったが、少し前にいたテオにぶつかり、抱きとめてもらえたことで事なきを得た。いや、得てない。危なかったもの!!
「何すんのよ!」
テオの胸に手をついて体を支えた私は、すぐに振り返って文句を言った。ファーレは頭の後ろに手を組んでにっこり笑うと私を見る。
「エレイン嬢。あなたとの魔法契約は【俺が原因で怪我した足の面倒を見るまで、居場所を密告できない】ってやつでしたよね?」
「あー……なるほど?」
「そゆことです。つまり、締結した魔法契約はあんたの怪我が治った時点で不履行!条件が崩れているんですよ」
確かに……。ファーレが原因で捻った足首は、私がジェームズ・グレイスリーの地下洞窟で治癒した。つまり、その時点で魔法契約の条件は崩れていたのだ。
魔法契約がなくなった以上、ファーレはいつでも私の居場所を密告できる。……と、気がついたところで、私はふと気になって顔を上げた。
「それならどうして、一緒にここまで来てくれたの?」
「えっ」
「それも何か考えがあるの?」
「いやー……それはですねー」
急にファーレの歯切れが悪くなる。これだから、いまいい掴みどころがないのよねー……。テオも何を考えているのか読めないひとだけど、ファーレもそうだ。
私がそんなことを考えていると、テオが言った。
「居場所を密告する必要が無くなったんじゃないか?」
「えっ?」
急に背後から声が聞こえて驚いて振り返ると、テオの近くに見知らぬひとがいた。服装からして、騎士のようだ。その男性から報告を受けていたらしいテオはちらりとファーレを見てから言葉を続ける。
「アーロアから緊急で連絡が入った。【賢者誘拐事件】について、至急アルヴェールを訪れたいとね」
「賢者……って」
アーロアでは、賢者という存在は迷信に近い。御伽噺の中の存在で、信じているひとなど極わずかだ。戸惑う私に、テオが眉を寄せて答えた。
「アーロアは、公にしたよ。瘴気と賢者の存在を。おかげで、アルヴェールまで大混乱だ。アルヴェールも、賢者の存在は国民には秘匿していたからね」
「……………つまり」
「アルヴェールに訪問する予定の賓客は、アーロアの第二王子。つまり、このままだと確実にあなたの存在がすぐアーロアにバレる。あと……そうだな。場合によっては」
「国際問題待ったなし、って感じですねー」
そこまで黙って話を聞いていたファーレがうんうん、と頷いて答えた。それを聞いた私は、思わず顔がひきつったのが分かった。
「賢者……つまり、私?」
「このままだと、そこのテオドール第三王子殿下がアーロアの宝である賢者を誘拐したことになるんですよ」
「おかしいでしょ!」
理屈は分かる。だけど受け入れられない。そんな気持ちで思わず叫ぶと、ファーレが「ま、そうですよね」と同意した。意外だ。正論で理詰めしてくると思ったのに。
「えええ、どうしましょう。私まだ、ひとりで歩けないわよ」
まるで独り立ちできない女児のような弱音を吐く私にファーレがおもむろに尋ねてきた。
「最後にもう一度聞きますけど」
「アーロアの城には戻らないわよ?」
「デスヨネー。ちなみに、第二王子殿下──アレクサンダー殿下の婚約者になる気は?」
第二王子……といえば。
テオを振り向くと、答えるようにテオが頷いた。アルヴェールに訪れるのも、第二王子殿下だと先程テオは言っていた。
「もしかして、ファーレの主ってアレクサンダー殿下?」
「ご明察☆」
パチンと方目を瞑ってみせるファーレに、私はなんだか気が抜けて、ため息を吐いた。アレクサンダー殿下──アーロアの第二王子殿下とは、まともに話をしたことがない。
突然、婚約者の話をされても正直、なぜ彼が?という気持ちだし、そもそも彼には婚約者がいたはず。どちらにせよ、私はもうエレイン・ファルナーという名前を捨てた。生半可な気持ちで、塔から飛び降りたのではない。
清水の舞台から飛び降りるかのごとく、今までの自分を捨てるかのごとく──エレイン・ファルナーの死を決定づけるために、とんだのだ。
私は決して、ファルナー家には帰らない。
「アレクサンダー殿下の婚約者になる気も、ないわ」
はっきり答えると、しかしファーレは私の答えがわかっていたようだ。肩を竦め「ですよね」と答えた。
それから、顔を上げるとファーレがにっこりと笑みを浮かべて言う。
「じゃ、俺は主の元に帰ります。説得したけど、エレイン嬢は帰らないそうですよーって、報告つきでね」
「……大丈夫なの?」
今更ではあるけど、この数日ともに行動したのだし。多少は情がわく。このまま帰れば、ファーレは叱責を受けるんじゃ──かと言って、じゃあ城に戻るか?と聞かれたら、戻らない、という答えしか出せないけど。
それでも、気持ち程度にはなにかできないかと思って尋ねると、ファーレが歯を見せて笑った。
「大丈夫ですよ。もう、あんたの居場所を報告できますしね!」
──という言葉と共に。
ファーレは突然、外套を翻した。
「うわっ」
視界が彼の赤い外套で覆われて思わず視線を下げると、顔を上げた時にはもう、ファーレの姿はなかった。
「な、何だったの……」
現れた時も突然だし、いなくなる時も突然すぎる。唖然としていると、私たちのやり取りを聞いていたテオが言った。
「飼い主の元に帰るんでしょ。殺処分されないといいけどね」
「えっっっ」
驚く私に、逆にテオが眉を寄せた。
「何で?ファーレは任務達成出来なかったんだから当然でしょ」
「えっ!!いや、えっ!?そんな、いえでも私、戻りたくないし。あああやっぱり引き止めるべきだったのかしら!?いやでも、ファーレにも考えることがあったのでしょうし」
追っ手として登場したファーレだったが、流石に知っているひとが死ぬのは気が滅入る。ならどうすべきだったかを考えると、途端答えが出なくなる。混乱する私に、テオが笑った。
「冗談だよ」
「はあーーーい!?」
焦ったのに!!びっくりしたのにーー!
思わずテオを見上げると、テオは私たちのやり取りを困惑顔で聞いている騎士を見てから言った。
「あの男は抜け目ないし、そう簡単には殺されないと思うよ。それより、ひとまず城に向かおうか。あなたの今後のことも考えなきゃいけないしね」
「そ、そうだった……。いやそれより!ほんとうにファーレは大丈夫なんでしょうか!?」
「あなたって時々そう言う話し方になるよね。なんで?」
「絶対今聞くことじゃない!」
「それもそうだね」
相変わらず掴みどころのないテオと話しながら、私は同行した騎士に抱えられ、用意してあった馬車に乗せられたのだった。




