アルヴェールに着いてから
「ありがとうございます、褒め言葉として受け取っておきますね!それで、この飴なんですけど」
「うん」
頷くテオに、私は小瓶を持ち上げた。
窓から差し込む夕陽を受けて、小瓶はきらきらと煌めいた。
「……私って、そんなにお腹すかせているように見えます?」
「…………」
テオが何か言うより先に、私はパッと手を差し出した。違うんです!という気持ちで。
「いや、朝はうっかりお腹が鳴っちゃいましたけど!いつもお腹を空かせているわけではないですからね私は!」
「あなたが腹減ってるように見えたからあげたんじゃないよ、それ」
「えっ、そうなんですか?では、何?」
不思議に思って小瓶にふたたび視線を向ける。
「エレインは、船旅に慣れてないでしょ」
「え?それは……まあ、そうですね」
前世でも、船で旅行したことはなかったな、と今になって思い出す。
船といえば、小学生の遠足で行った猿島くらい。そういえば、あの時も船酔いしたな……。うっかり酔い止めを飲み忘れて、帰りは悲惨だった。ただひたすら海面を眺めていたことを思い出す。
「また酔うかもしれないから。酔ったらそれ、舐めるといいよ。多少は気がまぎれるでしょ」
「あ、ありがとうございます……」
テオの気遣いに感動していると、テオが「いや」といった。
「それは口実。本題は別」
「……ファーレのことですか」
これもやっぱり確証はなかったけど、そうだろうな、と思った。
口実──それはつまり、ファーレに対して、ということだと思う。ファーレの前では話せないこと。それはつまり、彼に関連する話だからなのではないだろうか。探偵になった気分で尋ねると「半分正解」とテオが答えた。
「アルヴェールに着いたら、オレはまた自分の目的のために動くよ。つまり、アルヴェールを発つ」
「そっか……。アルヴェール内はもう、探したんですね」
私の言葉に、テオが頷いて答えた。
「だから、アルヴェールに着いたらあなたがどうするのか、先に聞いておこうと思ったんだよ。オレには、エレインを拾った責任があるから」
面倒見がいいなぁ、と思いながら私は少し考えた。しかし、考えるまでもない。思案した時間は僅かで、すぐに私は顔を上げた。
「魔法を使えるようになりたいです。また、以前みたいに」
私の回答に、テオが「そうだと思った」と答える。彼はシニカルに笑うと、首を傾げて私を見た。
「エレインは、覚えてるかな。ウェルランの森で会った時に話した言葉」
「えーと……どれでしょう?」
「あなたが魔法を使えなくなったのは何でだろう、って話してた時。オレがそういうのに詳しいひとがいる、って言った時の話だよ」
ウェルランの森──めちゃくちゃ寒かった──じゃなくて!
(詳しいひとがいる?そういえば、そんなこと言ってたような……?)
あれから色んなことが起こりすぎて、思い出すまでに時間がかかった。だけどすぐに該当の記憶を引っ張り出した私は、パッと顔を上げた。
「あれだ!紹介してくれるって言ったやつですね!」
あれは確か、出会ってすぐの頃。
魔法が使えなくなって困惑していたら、テオが言ったのだった。
『オレも専門医じゃないから、はっきりとは言えないけど。それに詳しいやつなら知ってる』
…………すっかり忘れてた!
魔法が使えなくなった原因がわかるなら、願ったり叶ったりである。
欲を言えば、というか切実に……!
また魔法が使えるようになりたい。
『魔法が使えるんだから何とかなるでしょ』と思っていたのに、まさかの魔法が使えなくなってしまうなんて。ツイてないにも程がある。
新品を買ったというのに開けてみたら不良品だった時より酷い。
私がその時のことを思い出していると、テオも同じように記憶を辿ったのだろう。彼は眉を寄せて言った。
「オレ、紹介するって言ったっけ。まあいいや。結果的にそうなるし」
「テオ様……!」
「引き合せるだけで、また魔法が使えるようになるかまでは分からないけどね」
「上げてから落とすのやめてください」
賢者がどうとか、寓話とか、よく分からないことが多すぎるけど。
でも、私の目的は当初からずっと変わらない。
まずは、魔法が使えるようになること。
それは大前提で、また魔法が使えるようになったら、今度は好きに生きてみたいと思った。
市井で居を構えて、自活してみたいし、ハーブなんかも植えてみたい。魔法の研究だって進めたいし、アルヴェール女性の化粧の流行りも調べたい。また、アパレル職をやってみたいし、前世とは違い、今世には魔法があるんだから、せっかくなら今世でしかできないことにもチャレンジしてみたい……!
釣りだってやりたいし、燻製とか、野菜を干したりとかもしてみたい。とにかく、やりたいことがたくさんあるのだ。
まず、ふたたび魔法を使えるようにする。
その後のことは、その時また考えよう。
私がざっくばらんに未来予想図を描いていると、テオが言った。
「彼は城にいるから。アルヴェールに着いたら紹介するよ」
テオの言葉に、私は少し考えた。
「城……つまり、アルヴェールの?」
それに彼、ということは男性だ。
城勤めのひとだろうか。研究職の方?
そんなことを考えていると、テオがまつ毛を伏せて答えた。
「そうだよ。オレの事情を話したから──というか、バレたから。隠さずに言うけど、その手に詳しいやつっていうのは、オレの異母弟」
「つまり、そのひとは、王族?」
私の質問に、テオが短く答えた。
「婚外子だから、王族ではないよ」
「…………」
私はテオの答えを聞いて、しみじみ感じた。
やっぱり、アルヴェール王家の関係図はなかなか複雑そう……。




