博打の人生って嫌
ファーレは、ブラウグランツをピンと指ではじくとそれをローブの内側にしまった。なるほど、そこにしまっていたのか……。器用なやつめ……。
「だから、王はブラウグランツと賢者をセットにして問題ごとの解決を図ったってわけだよ」
「んん?それってじゃあ、賢者が何をすればいいかはまだ、わかっていないの?」
「今のところ、不明だね」
「つまり──」
私の言葉を引き継ぐようにテオが言った。
「そう、分かってないんだよ、何も。だから王は手当たり次第に試している。西によくわかんない迷信があればそれに飛びつくし、東に胡散臭い民間療法があればそれをも試す。もしかしたらブラウグランツと賢者は何のかかわりもない可能性だってもちろんあるよ」
「なるほど。手詰まりってわけですね」
ファーレが話を纏めるように言った。
(ブラウグランツは、魔力と瘴気を吐き出す……?でも、それって無尽蔵なの?制限なく吐き出せるなら……)
なにか、引っかかる。
おかしいとわかっているのに、何がおかしいかわからなくて、モヤモヤする。
(思い出せ、あの時ファーレは、なんて言っていた?)
ジェームズ・グレイスリーの地下洞窟でのやりとりを思い出す。
ブラウグランツが祝福された石なら、魔力欠乏症に罹患しているエリザベス殿下だって治癒するはずだとファーレは言っていた。
だけど、ジェームズ・グレイスリーが王家に報告していない。その理由は、考えられるのは三つ。
一つ目は、エリザベス王女を救うメリットがジェームズ・グレイスリーにないから。
二つ目は、王家にブラウグランツの存在がバレたらまずいから。
三つ目が──
「そもそも、ブラウグランツにはそれだけの機能がない……」
ぽつりと言葉を零した私に、ファーレがこちらを向く。
ようやく、話が繋がった、気がした。私は自身の思考を整理するように言葉を連ねる。
「なるほど……なるほどね!だからMGSが不適合で、本来なら不適合反応が起きるはずだったのね。だけど私にはなぜか起きなかった。それはなぜ?」
自問自答を繰り返す私に、ファーレが目を瞬いた。
それから「ああ、ジェームズ・グレイスリーの地下洞窟で話したことですね」と思い出したように言う。
「そうです。魔力っていっても、一口には言えない。魔力にはそれぞれ型があって、誰しもが異なる型を持っている。魔素因子記号が一致することはあり得ない。ざっくり言うと、風邪みたいなものですね」
それはつまり、遺伝子みたいなものだ。
DNA情報と考えるとわかりやすいかもしれない。
親類ならDNA──MGS情報も近いだろうが、それでも全く同じということはあり得ない。
つまり──
「他人のMGSを吸収なんてしたら、普通、拒否反応が出るんですよ。エレインも体験しましたよね」
「ようやくわかったわ、あの強烈な吐き気。あれが拒否反応だったのね」
「そうです、魔力を吸い込んだって知った時は死んだかと思いましたよ。焦ったー」
焦っているようには見えない間延びした声でファーレが言う。
魔力の吸収は、前世風に言うと輸血のようなものだ。
輸血は基本、同じ血液型である必要がある。そうでなければ、不適合反応が起きてしまう。
つまり、そういうこと。
……そういうこと?
ポクポクチーン、と頭の中で軽やかな音が鳴る。それから私はサァッと血の気が引く音を、確かに聞いた。
「もしかして──私、死ぬところだったんじゃない……!?」
まさか、まさかね?
それはないよと言ってくれ……!と祈りにも近い気持ちで尋ねる。
しかし現実は無常だ。ファーレは気遣うように私を見ると、慰めるように言った。
「ええ、まあ、はい」
「はっ……『はい』~~~~~!?!?」
思わず大ボリュームの声が出た。
ファーレは「うるさっ」とちいさく抗議してきたが、それどころではない。
だってそれなら、それなら私は──
「つまり、私は死にかけていたってことじゃない!?一歩間違えれば死んでいたってことよね!?!?」
命の危機だったわけなのだから。




