呪いの石
ファーレが語った、ジェームズ・グレイスリーの目的というのは──
「賢者を作り出す……!?」
ファーレの言葉を繰り返すと、彼は「恐らく」と答えた。
「あの男は『誰でも賢者になれる』と言いました。それでもって、セドアの街では、賢者に仕立てあげる伯爵として有名だった。そこから考えるに、ジェームズ・グレイスリーの目的は賢者を作ることです」
そんな、泥人形みたいに。
「賢者を作り上げるって──あっ、もしかしてあの石?瘴気を吸って、吐き出す」
確か、ブラウグランツと言ったかしら。
私があの石壁に手をかざしたら、そうだ。
インフルAかと思うほどの吐き気に苛まれたのだった。あるいは二日酔い。地獄みたいな追体験をさせられたことを思い出し、苦々しく思っていると、ファーレが「そーですそれですそれ」と雑に頷いた。
「テオドール殿下。あなたも知ってますよね?むしろ、アルヴェールの王族なら知らないはずがない。あなたが探しているのは、このブラウグランツでは?」
そう言って、ファーレは唐突になにかを放り投げた。
まるでお手玉するように手でもてあそんでいるのは──
「それ……ブラウグランツ!?」
一体なぜ、どうして彼がそれを持っているのか。
唖然としていると、ファーレがしたり顔で言った。
「ちょっと、拝借してきました。あのゴタゴタの間にね」
「すっごーい。流石何でも屋!機転が利くわね!」
私の褒めてるんだか褒めてないんだかわからない微妙な賞賛に、ファーレは「もっと褒めてくれていいんですよ!」と言った。
「それで、その石。なんの役に立つの?むしろ、破壊しなきゃならないんじゃない?瘴気を吐き出すのよね?」
ジェームズ・グレイスリーの言葉が正しいなら、それは瘴気を吐き出す機能があるらしい。
このまま放置していたら、さらに瘴気の濃度は増し、魔力欠乏症の罹患者が増えるのだろう。
(つまり、ブラウグランツは病原菌?)
ジェームズ・グレイスリーは希望の石だの、祝福がどうたらと言っていたけど……。
ブラウグランツからそっと距離を取ろうとしているとファーレが含みのある笑みを見せた。
「諸刃の剣ですよ?これは」
「あっ」
その言葉に、思い出した。
「そっか。その石。ただ、瘴気を吐き出すだけじゃなくて、魔力を吐き出す役割もある……のよね」
私は、ファーレの手の中できらきらと輝くブラウグランツをまじまじと見つめて言った。
「その石って、結局何なの?」
「救いの石、だそうだよ」
答えたのは、ファーレではなくテオだった。
テオは、ファーレの持つブラウグランツを見て、記憶を辿る様に目を細めていた。
「救いの石?」
「我が国の王は、そう考えているようだよ。それと賢者がセットで揃えば、国の窮地を救ってくれる、ってね」
私はふたたびファーレの持つブラウグランツに視線を向けた。
そして、先ほどのファーレの言葉を思い出す。
「さっき……ファーレは、テオがこれを探しているって言ってたけど、ほんとう?」
尋ねると、テオは「そうだね」と答えた。
「そ、そうだね??」
それはつまりYESってことでいいのだろうか。
戸惑う私をちらりと見て、テオが言葉を重ねる。
「確かに、それを探してた。そこに、彼女がいると思っていたから。だけどまずは、話を整理しようか?エレインが、ずいぶん混乱しているようだから」
確かにその通りである。
なので、テオの言葉は有難い。
私が頷くと、それを見てからテオは話を続けた。
「じゃあまず、近年瘴気が濃くなってきて、そのせいで魔力欠乏症なんてものが流行り出した。ここまではいいよね」
「ええ」
テオの説明に、私は頷いて答えた。
テオの声は淡々としているからか、聞き取りやすい。
出会った時から思っていた。テオの言葉はすっと胸の内に馴染む。
自然で、そうなんだ、と思わされる。
……読み聞かせとか、向いていそう。
子どもに絵本を読み聞かせるテオの姿をうっかり想像していると、テオが話を再開させた。
「じゃあその先ね。アルヴェールでは、アーロアよりも早くに魔力欠乏症が流行り出した。それで、アルヴェールの王はどうにかしなければ、と考えたわけだ」
「……うん」
「だけど、そうはいっても新種の病。それも何をどうしても快癒しない。行き詰った彼らは、あることを思い出した。それが、各国に伝わる寓話だ」
「つまり、賢者を利用しようってことですよね?」
ファーレの言葉に、テオが「そう」と答える。
「言い伝えによると、賢者は都合のいいことに、何でも解決してくれるらしいよ。国の難事を全てね」
テオの言い方は皮肉気だ。
だけどそれも、仕方ないだろうと思った。
出会った時から掴みどころのないひとだと思った。
テオの他者を拒むような、一定の範囲内に他人を立ち入れないような、そんな空気感。
張りつめているように見えるのに、同じくらいふわふわとして見える。
そこまで考えて、ふと思い出す。
(そうだ、私。初めてテオと会った時、このひとのこと──)
危ういと思ったんだ。
それは、危なっかしい、という意味もあるし、なにかの拍子に壊れてしまいそうな脆さがあるようにも見えた。
不思議なひとだと思った。
冷めたように見えるのに、どこか強い意思があるようにも見えたから。
きっと、彼のその不安定さが、ちぐはぐさが、彼に独特な雰囲気を与えてていたのだろう。
それに、気が付いた。
(テオは……妹を探して各地を回っている)
彼があの辺鄙な場所、ウェルランの森にいたのも、妹を探していたからなのだろう。
私は、テオの妹と同じ賢者……らしい。
それに、思わず、考えてしまう。
というのも、何度となく思い出してしまうのだ。
私の、エレイン・ファルナーの、兄と。
(私にも、私のために怒ってくれるひとがいたら、なにか変わっていたのかしら。……なんてね)
エレイン・ファルナーという身分を捨てたというのに、未だに考えてしまう。
ありもしない、たらればの可能性を。
顔を上げたところで、テオが先ほどの話を続けた。
「アルヴェールでは、大規模な調査の結果、瘴気の原因と思わしきものを発見した。それが、彼が持っているブラウグランツだよ」
瘴気を吐き出すのに、魔力も吐き出す、不思議な石。
まるで、呪いの石のようだ。
私はファーレの持つブラウグランツにふたたび視線を向けた。
煌々と輝く青い石は、何も知らなければ宝石の原石だと思うことだろう。
「ジェームズ・グレイスリーは祝福の石とか言っていたけど……私には、呪いの石にしか見えないわ」
装備したら呪われそうなあれである。
それに、ファーレは「だから諸刃の剣なんですよ」と補足した。




