アデルの恋愛講座 ②
「これでも、女性受けはいいはずなんだけどな……」
「……容姿で釣れる簡単な女性ならそれでいいかと思いますが。エレイン嬢は一度、婚約で痛い目を見ています。それも、逃亡を決意するほど」
「テールのことだね」
「話を聞くに、テール・トリアムの鈍感さは国内選手権を開催しようものならぶっちぎりで一位をかっさらっていくほどですが……エレイン嬢は、伝わらないもどかしさに、苦労したはずです」
つまり、ふたたび同じ状況を運んできそうな男を、エレインは選ばないだろうとアデルは考えた。
それで言うなら、何を考えているのかいまいち分かりにくいアレクサンダーはポイントが低いだろう。親愛度が足りていない状況では信じることすらできない。
それはつまり、圧倒的にアレクサンダーがこの恋路において不利なことを示している。
「私は、殿下の選択に従います。ですが、エレイン嬢への振る舞いはもう少し考えるべきかと。まさかと思いますが、エリザベス殿下の愛蔵書を参考にしたりはしてませんよね?」
「ああ、エリザベスの愛蔵書ね……」
曖昧に相槌を打つその様子に、アデルはピンときた。
「殿下、まさか」
「目は通したよ」
「参考にはするなって言ってるんですよ私は!!!!」
エリザベスの愛蔵書は、いわゆる庶民が好む類の恋愛小説である。
著者は恐らく、社交界てとは縁遠い庶民か、小耳にはさむ程度の貴族の遠縁だろう。
何せ、小説の世界は、実際の社交界を五割増しで美しくした世界である。
それに、その手の小説のヒーローはみな揃いも揃って
『HAHAHA、愛しの仔猫ちゃん』
とか言う。恐らくエリザベスの好みなのだろう。
キザな、もっといえば格好つけで見栄っ張りな振る舞いは、もしかしたら異性受けはいいのかもしれない。だけど、アデルから言わせてみれば、そいつ本当に同性の友達いるか??と考えてしまう。
そんな男ばかりなのである。で、そんなのお手本にしてみろ。
そうした日には、胡散臭さ全開の、残念な男の出来上がりである。
アデルに胡乱な視線を向けられたアレクサンダーは冤罪を晴らすために声を張り上げた。
黙っていれば、王妃譲りの美しい美貌だというのに、このひとはとことん中身が残念である。
「いや、してないとも!というか、さっきから言ってるでしょう。僕はまともに彼女と話したことがないんだって。参考にする以前にかかわりがない!」
そして、絶対に胸を張るべきでないことを堂々と言うアレクサンダーに、アデルはさらに残念度合いが上がったと思った。
ため息を吐いたアデルは、せめて、エレインの前ではその【光の王子】と呼ばれる仮面は外すべきだと思った、が。ひとまずその話は後だ。
アデルは顔をあげると、非常に残念な(光の)王子に尋ねた。
「では、急ぎ王都に戻るのですね」
突然話が戻ったからか、アレクサンダーは若干面食らったようだった。
しかし、すぐに切り替えたようにアレクサンダーは言った。
「ああ、うん。ひとまず、アデル──いや、アデルバート」
久しぶりに呼ばれた本名に、アデルは目を瞬いた。
それに、アレクサンダーがイタズラっぽく笑みを浮かべる。
「とりあえず、アデル役はしばらくお休み。僕の婚約者は──病にかかった、ということで」
アレクサンダーの発言に、アデル──本名をアデルバート・ルフレインという。
彼は自身の主がしようしていることに気が付いた。
アレクサンダーも、アデルが自身の計画内容を察したことに気が付いたのだろう。
アレクサンダーは頷くと、おもむろに椅子に腰を下ろした。
そして優雅に、その長い足を組む。
「……潮時だ。このままだと、エリザベスが死ぬ。公表するには、もってこいのタイミングだよ」
エリザベスが助かるには、エレインの協力が必要不可欠だ。
もっとも、アレクサンダーは妹思いからそうしようと動いているわけではないだろうが──この兄妹の仲はお世辞にもいいとは言えない。
そもそも、アレクサンダーも、その兄であるメレクも、エリザベスを特別に猫可愛がりしてはいない。
特別扱いしているのは、王だけだ。
「確かに、そうですね」
アレクサンダーの推測に、アデルは同意した。
このままでは、確実に、だけどゆるやかに、エリザベスは死に至るだろう。
隣国の、第二妃のように。
次話からエレインsideに戻ります。
ようやくここまで書けた…!
実は44話/テオとアレクサンダー③にてこっそり伏線を仕込んでいました。
↓ココ
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アレクサンダーは同性から見ても腹立たしいほど整った容姿をしている。
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感想欄で「アデルは男なのでは?」と気が付いた人がいてびっくりした記憶があります




