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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

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アデルの恋愛講座 ①


テールの発言にアレクサンダーはちらりとテールを見たが何も答えなかった。

それから数十秒ほど、沈黙が落ちる。アレクサンダーはリストにまとめられた書面を目で追うと、ざっと情報を確認し、顔を上げた。


「聞き込み調査は?」


「行いました。真偽について〇△×で記入しています」


テールの返答に、ふふたたび書面に視線を落としたアレクサンダーは「つまり、成果はぜろってことだね」と辛辣に答えた。何せ、書類には△と×しか記されていない。

しかも、×印が八割を占めている始末だ。


(テールは騎士。この手の情報調査は苦手分野だろううから、まあ、これくらいは想定内)


アレクサンダーの想定外があったとしたら、それは。


「エレインはひとりで行動しているんじゃない。少なくとも三人以上。ひとりは僕の部下で、もうひとりはおそらく──国外の人間だ」







泊っている宿に向かうと、そこにはアレクサンダーの婚約者であるアデルがいた。


部屋に入り、外套を脱いだアレクサンダーはそれを従僕に預けてから、人払いをする。

本来、未婚の男女が締め切った部屋の中にふたりきりというのは外聞が悪い。


しかし、彼らに限ってはそれは通用しない。

なにせ、今ここにいるのはアレクサンダーの婚約者ではない。


彼──彼女は、今アレクサンダーの部下として、この場にいるのだから。


「いかがしますか」


アデルは、中性的な声で尋ねた。

それにアレクサンダーは「うん」と頷きを返す。


「だいたい読めた。エレインは足を負傷、その上、魔法が仕えない状況になっているのだとしたら、何らかの理由があって、第三者と行動を共にしているとみていい。脅されているのか、利害の一致で行動を共にしているのかはまだ判断が付かないけど──」


そこで言葉を止めたアレクサンダーは、アデルに短く指示を出した。


「アーロアはこれを貴族令嬢誘拐事件として正式に公表する。こそこそ探すのはもうやめだ。エレインがひとりで行動しているのならまだしも、第三者の、しかも国外の人間が関わっているんじゃあ、そりゃあ、ことも複雑になるってものだよねぇ」


「では」


「まずは王都に戻る。父上に報告して──急ぎ、手配書を作成、近隣諸国にも通達する。可能性がもっとも高いのは、アルヴェールかな」


隣国アルヴェールは、セドアからもっともアクセスしやすい国だ。

エレインがセドアにいたことも踏まえると、彼女はアルヴェールに向かおうとしているとみていいだろう。


「爆発騒ぎから一週間。もう、エレイン嬢はアルヴェールに到着しているでしょうね……」


アデルの言葉に、アレクサンダーは目を細める。

既に国境は閉ざれているが、ジェームズ・グレイスリーの地下洞窟で目撃されたときはまだギリギリ国境は閉ざされていなかった。

アレクサンダーが駆け付ける前に、既にエレインは国外に出たとみるべきだろう。


「まずは、この情報の洗い出しだ」


アレクサンダーは先ほどテールから預かってきた【金髪の女性の目撃証言】をまとめたリストを手に、アデルに言った。


「この中から、外国人の証言がないか確認する。古い情報で二週間前。記憶はずいぶん薄れていると思うが──アーロアで見ない容姿の人間がいたら、記憶に残っている可能性は高い」


「確かに……。殿下、確認ですが、五番から緊急信号があがったんですよね?諜報員発見を示す、緊急信号が」


アデルの言葉に、アレクサンダーは頷いて答えた。


暗部が使う信号はいくつかある。

そのうち、ジェームズ・グレイスリーの館であがった花火は、諜報員を見つけた際に使用するものだ。

アデルはふたたび考え込んだ。


(目撃証言もあるし、五番は、標的(エレイン嬢)とともに行動しているとみて間違いないはず。それなのに、報告が一切ないのはどういうことだ?)


「アデル」


考え込んでいると、アレクサンダーから名を呼ばれて顔を上げた。


「は」


「少し早いけど、僕たちの婚約は解消しようか」


アレクサンダーの言葉に、アデルは驚きに目を見開いた。


婚約解消が嫌なのではない。むしろ──


「……よろしいのですか?」


「うん、悪かったね」


その『悪かった』は婚約解消に対するものではない。

アデルはわずかに逡巡した後、アレクサンダーに言った。


「……使えるものは、何でも使う。そう言ったのはあなたですよ。殿下」


「あはは。そういえばそんなことも言ったね。大丈夫。僕は昔も今も変わらない。だからね、全部、暴露(バラ)そうと思うんだよ」


アレクサンダーの思わぬ宣言に、アデルは眉を寄せる。


「全部、というのは?」


「そりゃあまあ、父上が何としても隠したがっているエリザベスのことも、エレインのことも全部。そうでもしなきゃ、彼女は帰ってこないでしょう」


なんてことないように言うアレクサンダーに、アデルは知らずの内に詰めていた息を吐きだした。


「……乱暴ですね。エレイン嬢に嫌われますよ」


「お前も言っただろ?そもそもエレイン嬢は僕のことをあまり知らない」


したり顔で言うアレクサンダーに、アデルはうんざりした。

自分も詳しく理解しているとは思えないが、年頃の少女は、そういう卑怯な真似に腹が立ちはしても、惚れないだろう。


アデルは忠告と助言を兼ねて、ふたたび口を開く。


「出会ってすぐに好感度がマイナスになるのは不利になりますわよ。殿下、私を失望させないでくださいませ」


「なんだよ」


自身の計画に反論されたからか、ぞんざいにアレクサンダーが返す。

それに、アデルは可哀想なものを見る目──哀愁を帯びた目で、アレクサンダーに言う。


「私、殿下が木っ端みじんに振られるところは流石に見たくありませんわ……」


「木っ端みじん」


あまりの言われように、アレクサンダーも少し考え直したらしい。

とはいえ、確かに今の状況ではどうしようもないのはその通りだった。


何せ、当の本人エレインが不在なのだ。


(多少乱暴だけど……)


アデルは真剣な面持ちでアレクサンダーに言った。


「殿下。殿下は胡散臭い笑みを浮かべて何を考えているか分からない、いけすかない上に鼻持ちならない高慢ちきな男ですけど。実は優しいことを、私は知っています」


もはやアピールポイントはそこしかない。

欠点をその一点のみで凌げるかは不安が残るが、とにかくアピールポイントはもうそれしかないのである。なら、それを武器にするほかない。


アデルの容赦ない口撃にアレクサンダーは柔らかな笑みを保ったまま、顔をひきつらせた。


「ほとんど悪口だよね?」


「よいですか。エレイン嬢の愛を求めるのであれば、嘘はいけませんわ。正直さで勝負です。恐らく、エレイン嬢の好みは殿下のようなキラキラ王子様ではありません」


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