一方、テール ③
「は?エレイン・ファルナーがいた……!?」
合流した自身の部下、ニクルス・ノイマンから報告を受けたテールは目を見開いた。ニクルスは、茶髪の巻き毛が印象的な青年だ。年は、確かテールの一個か二個下だったはず。柔和な印象を受けるニクルスだが、見た目に反し、実にドライな性格をしていることを、テールは知っている。
その部下だが、先ほどとんでもない報告をテールにしたのだ。
それも、ジェームズ・グレイスリーの地下牢に囚われていた人たちから、目撃証言があった、というものだった。
エレイン・ファルナーという名前を確かに聞いたのだと彼らは話した。
一瞬、テールは部下が何を言っているか分からなかった。
「っ……」
はくはくと口を開くものの、うまく言葉にならない。
数拍遅れてからテールは声を荒げた。
「嘘だろ!!冗談だろ!?なぁ!?」
テールが声を荒げるのは非常に珍しい。
彼は温厚な性格だし、良く言えば平和主義、悪く言えば事なかれ主義だ。その彼が、怒鳴るように言った後、ニクルスの胸倉をつかんで揺さぶった。
ニクルスはそれに眉を寄せたものの、振り払うことはしなかった。上司の訴えに、淡々と回答を口にする。
「今の報告に偽りは有りません。先ほど、セドア基地に配属となった同期から聞きました。エレイン・ファルナーの名前を確かに聞いた、と」
「……っ、嘘だろ……」
また、ぽつりと言葉を零す。
ニクルスが嘘を吐いていると思っているわけではない。ただ信じられないのだ。
(エレインが……いた?)
それも、ジェームズ・グレイスリーの地下洞窟に?
なぜ?どうして?その理由は?
(彼女は……エレインは、ジェームズ・グレイスリーと知り合いだったのか?)
何か理由があって、ジェームズ・グレイスリーを訪ねていた?
いや、それなら地下洞窟──ニクルスの話では牢が併設されたそこは、訪問客を通す場所とは到底思えない。どちらかというと、攫ってきた人間を捉える場所──。
「……」
「テール様?どうされますか」
ニクルスに声をかけられて、テールは我に返った。
そうだ、まずはようやくエレインの手掛かりを得ることができたわけだから、それを逃がすわけにはいかない。彼はさらにニクルスに尋ねた。
「それで、エレインはその後どこに?」
「それが、囚われていた人たちの話を聞くには、彼女、足を痛めていたようですよ」
「……足を?」
「一緒にいた男に支えられていたという報告を受けています。赤髪の──若い男だそうです」
「はあ!?男!?誰だよ!!」
「さぁ……そこまでは」
ニクルスが困惑したように肩を竦める。
テールはもはや唖然としていた。エレインが男と一緒に行動していた?にわかには信じられない。彼女に親しい男はいないはずだ。それも当然だろう。エレインは貴族の娘で、そして自分という婚約者がいる。むやみやたらに異性と親しくなるはずがない。
(それなら、彼女はどこで……?)
どこで、その赤髪の男と知り合った?
唖然として言葉が出ないテールに、ニクルスはようやく表情を崩した。というのも、苦々しい顔をして、テールを気遣うように言ったのだ。
「それより、テール様」
「……何」
もはや気力が抜けて、乾いた声で答えるテールに、ニクルスが言葉に悩むようにしながらさらに尋ねた。
「……聞いていらっしゃいますよね?第二王子殿下が……セドアに来られると」
ニクルスの言葉に、テールは長いため息を吐いた。
それも、先ほど聞いたばかりだ。この騒ぎがあり、しかも領主ジェームズ・グレイスリーの不祥事である。王都の魔法協会本部から誰かしら派遣されるだろうとは思っていたが……それがまさか、アレクサンダー殿下とは。
とことん、ついていない。
エレインがセドアにいたのは、僥倖。
だけど、ここまで来て会えなかったのは手痛い。
何のためにわざわざここまできたんだ?考えると、力が抜ける。
しかも、この後、あのアレクサンダーがやってくるのである。
正直なところ、テールは第二王子が苦手だった。何を考えているかわからないうさん臭さがあるのもそうだが──それ以上に、どことなく彼のテールへの言葉や態度に棘が含まれているような気がしてならない。
(目は正直だ)
いくら言葉が柔らかくとも、あの刺すような視線を受ければ誰だって気が付く。
……不敬なので、口には出さないが。
「ニクルスはもう戻って構わない」
テールの言葉に、ニクルスは困惑した様子だった。
「もともと、本来の業務外の命令だ。悪かったな」
それに、ニクルスはわずかに返答に迷ったようだったが、端的に答えた。
「いえ、隊長には恩がありますので」
随分懐かしい呼び方をされたテールは目を丸くした。
王家直轄の近衛騎士になったために陸軍からは抜けたが、以前は、小隊を率いる隊長を務めていた。ニクルスはその当時の部下だ。
テールが近衛に所属することになった時、彼は何人か自身の隊から引き抜いていった。そのうちのひとりがニクルスだったのだ。
テールはニクルスの懐かしい呼び方に苦笑して言った。
「お前まで怒られるよ。もう戻っていいから」
「それは──。え、僕も怒られるんですか?」
「ん-、これ、完全に命令違反だからね。僕に待機命令が出てたのは知ってるでしょ」
「待機命令が出てるのは隊長……テール様だけですよね。僕は出てません」
つまり、叱責を受ける理由はないはずだと主張するニクルスに、テールはさらに苦く笑う。
「本来の業務外でセドアまで来てる時点で高確率でお前も叱られるよ。アレクサンダー殿下に、見つかる前にお帰り」
「ええ~~マジですか。じゃあ鉢合わせにならないうちに戻りますね」
素直に答えたニクルスに、テールは頷いて答えた。
さて、あとはこの後来るアレクサンダーのことだ。
(……エレインは、もう国を出たかな)
今朝までセドアにいたのは確実だ。
国境は明日には封鎖されることを考えると、まだセドアにいる可能性もあるが……。
(赤髪の男って誰だよ!?)
気になって仕方ない。
エレインはもう──本当に、戻る気はないのだろうか。
エレイン・ファルナーという名前を捨て、家名を捨て、テールを捨てた。
もう、戻らないのだろうか。
戻れないのだろうか。以前の関係には。
じわじわと浮かぶ感情に、くちびるを引き結ぶ。
今更、都合がいいことは分かっていた。
それでも。
それでも、もう一度話したいのだ。ちゃんと、本心で。




