一方、テール ②
今度はテールが怪訝に眉を寄せた。
ハワードはニヤリと下卑た笑みを浮かべると(本人は気づかれていないとでも思っているのだろう)揉み手をして、わざとらしく困ったように言った。
「私としましては、も、ち、ろ、ん!トリアム卿の調査の協力をしたいところです。ええ」
「……何が言いたい?」
とにかく、今は時間が惜しい。
急かすテールに、ハワードは間延びした声で答えた。
「いやぁ、私は魔法協会の司令官という職務がございまして……つまり、調査協力をしていると、私の方の業務に差し障りがあるのです」
そこまで言われて、彼が何を求めているか気づかない人間はいないだろう。
何より、金貨を見た時のハワードの様子から、テールは彼が金に汚い類の人間だと気が付いていた。
テールは鬱陶しそうに眉を寄せると、ぞんざいな口調でいった。
「金をよこせと?」
「まさかぁ!トリアム卿に金をせびるなんて、とてもとても。そんな恐ろしいことはできませんよ。ただ──そうです、私は多少困っておりまして」
「時間が惜しい。ハッキリ言ってくれないか」
さらに促すテールに、ハワードは大仰に頷いた。
「今日明日、私は職務を放棄することになります」
随分おおげさな話に、テールはもはや頭が痛くなってきた。しかし、セドアの司令官はこのハワードなのだ。領主はジェームズ・グレイスリーだが、彼は日陰に住むことを好む人間で、テールも彼が何をしているか知らない。
領地には、それぞれ統治者が二名いる。領地を持つ領主と、魔法協会から派遣されている司令官だ。ある意味、司令官は監視者ともいえるかもしれない。魔法協会を統括しているのは王家であり、領主がよからぬことを企んでいる場合、司令官は魔法協会本部──つまり王家に報告を行う義務がある。
本来は、調査協力はジェームズ・グレイスリーに頼むべきなのだろうが、こういった経緯があることから、テールは司令官のハワードに声をかけているのだ。
(とりあえず、早いところ話を纏めたい)
そう考えたテールは、いらだった様子を隠しもせず、ぞんざいにハワードに尋ねた。
「いくらだ?」
「はい?」
「司令官の日給相当を報酬に上乗せする。これでどうだ?」
とにかく、今は時間が惜しいのだ、本当に。
さらにテールがそういうと、ハワードの目があからさまに輝いた。
「それはなんとも!申し訳のない話ですねえ!ですが、はい、それなら私の悩み事も解決するというものです。して、そちらは前金でいただけるのでしょうか……?」
「今は手持ちが足りない。ことが済んだらまとめて渡そう。それでいいか」
「かしこまりました!では、契約書をしたためても?」
「いい加減にしてくれないか!急いでいるって言っただろう!」
ついに声を荒げたテールに(そもそもよくここまで堪えたという話だが)、ハワードはわざとらしく慌てて見せた。ふくよかな身体を揺らし、彼は「まあまあ、お待ちください」というと慣れた様子で魔法契約書をその場で作成して見せる。手慣れた様子に、テールは口内に苦いものが広がるのを感じた。
(こいつ……狙ってやがったな……)
つまり、テールがYESと答えるとわかって、予め今の口約束の内容を盛り込んだ契約書を用意していたのである。嵌められた、というのはわかったが(何度も繰り返すようだが)今は時間が惜しい。時を金で買ったと思うことにしよう。
そう思って、テールは契約書を確認してから自身もまた、魔法契約書に署名をしたのだった。
☆
そして──その日の夜。
例の騒ぎが起きた。
テールはちょうど、目撃情報の調査を行い、それも三枚目に突入したあたりだった。三枚目の書面には、とある宿に金髪の少女が宿泊しているようだと記載されていた。
しかし、同行者がふたりいて、かつ兄妹のようだから、彼女がエレインである可能性は低いだろうとテールは思ったのだ。
夜中の爆発に、発火、さらには緊急信号を表す花火まであがり、緊急事態だとテールは悟った。現場に直行した憲兵の話によると、ジェームズ・グレイスリーの地下洞窟には、街の人間が囚われていたという話だった。
その報告を受けた時、テールはピンときた。
あの金に汚い男──地方司令官のハワードのことだ。金さえ積めば、悪事すらも目をつむりそうである。実際、ジェームズ・グレイスリーは後ろ暗いことをやっていたようだから、このまま取り調べが始まることだろう。
とはいえ、この件にエレインが関わっている可能性はないとみていいだろう。
そもそも、テールは彼女はまだ国内にとどまっているのかすら半信半疑だ。それなのになぜ、わざわざ辺境のセドアまで足を運んだかというと──それはもう、その僅かな可能性にかけたから、というほかない。
ひとまず聞き取り調査は現地の憲兵に任せ、テールは自身の単独捜査を進めた。
あまり期待はしていなかったが、念のため宿屋に向かい、部屋を調べる。
しかし、昨日のうちに出立した観光客も多くいる。国境が封鎖される前にと急いだのだろう。
目撃情報にあった金髪の少女は既に宿を出た後のようだった。
(ここもはずれか)
そう思ってため息を吐く。秋から冬に季節が移り替わろうとしている今、セドアはアーロア国内でも南西寄りのため、王都よりも気温が低い。朝方は特に冷える。
はあ、と吐いた息は白くなっていた。
そして──指令本部に戻った彼は、思いもしない報告を受けることになる。




