一方、テール ①
──一時は、今から半日前程遡る。
テールがハワードから受け取ったのは、この一週間の金髪の女の目撃情報を纏めたリストだった。
「その中に、卿のお探しの女性がいればいいのですが……」
揉み手をしてあからさまに媚びて見せるハワードに、テールは一瞬、嫌悪を見せるがすぐに気を取り直して、渡されたリストに視線を落とした。
(一、二、三……)
全部で十枚以上はありそうだ。
リストには、細かく目撃情報が記されているようで
【10/28 15:10 花屋前で金髪女性目撃情報-観光客とのこと】
など、些細なものまで纏められていた。
「して、卿。私も警備のものを総動員してこの女性を捜索いたします。時は一刻を争う。魔法協会司令官としての職務ももちろん!ありますが、こちらの方が重大事項ですからねぇ……」
「ああ、助かる」
テールは短く答えた。
しかし、この数だ。間もなく国境は封鎖されるが──
(……本当に、エレインはここにいるのか?)
アレクサンダー殿下は、エレインがウェルランの森にいたと踏んでいるようだ。それが事実なら、エレインは恐らく、このセドアの街に向かっていることだろう。
彼女が、本当にこのアーロアを出ようとしているのなら。
(本当に、エレインはアーロアを出たがっているのか?)
どうも、腑に落ちない。
彼女は、貴族であることをやめると言っていた。
エレイン・ファルナーはここで死にます、とも。
平民として生きるなら、それはアーロアでも構わないはず。
そこまで考えて、それはないかと考えを改めた。
彼女は貴族である以上に、膨大な魔力量を所有する人間だ。
王家は彼女を逃がさないだろうし、現に今、王家は血眼になって彼女を探している。アレクサンダー殿下も、彼女を探しているようだ。
テール自身には、待機命令が出ているものの──
(大人しくしていられるはずがない)
なぜなら、彼女が国を出ることになったのは、自分に理由がある。
彼女は見限った、と言っていた。
見限ったのは、テールを?それとも、この国自体を、だろうか。
あるいはその両方、だろうか。
どちらにせよ、自分にはエレインを連れ戻す責任があるし、それ以上に──
ちゃんと話したい、と思っていた。
もう今更かもしれない。
だけどそれでも、ちゃんと彼女と向き合いたい。
あの時──王都で人気の植物園の東屋に呼び出された時、エレインはなんて言っていた?
王女、つまり自身の仕える主について話があるとエレインは言っていた。難しい顔をして、気に病んでいるのは分かった。
しかし、それならテールはどうすべきだったのだろう。
何度考えても、正解と言うのはエレインのこころを傷つけず、万事丸く収まる解決策のことを指す。
『そうなんだ。王女殿下はきみに酷いことを言っているんだね。わかった、僕から取り成しておくよ』……?
そんなの、その場しのぎの口約束に過ぎない。
自身がどう立ち回ろうと、王女のワガママは収まらない。そもそも彼女のワガママは今始まったばかりの話ではないからだ。
護衛騎士に過ぎない自分が、王女の性格を矯正できるはずがない。
それに、そこまで踏み込む気もなかった。
王女のことなど、親戚の少女と同じように扱えばいい話だけなのだ。
それなのにエレインは彼女の意見にいちいち左右される。
王女の言葉など、やんわりと聞き流しておけばいいだけの話だ。
ただそれだけの話。
それなのになぜ、ここまで大事になった?
テールの婚約者はエレインだ。
それは決められていることであり、このままいけばエレインとテールは結婚するはずだった。……はずだった、のだ。
エレインが王女との関係で悩んでいる、というのなら
(僕が護衛騎士を辞めれば良かったのか?)
その可能性を考えて、それはできないと何度も何度も考えたその選択肢を却下する。
トリアム侯爵家は代々騎士を輩出する家柄だ。
近衛騎士に指名されるのは、とても誇らしいことであり、名誉なことだ。だからこそ、その勲章を自らの手で捨てることは、何があってもできない。
たとえ、エレインが嫌がっていようとも。
かわらず、膠着状態だ。
未だに、彼は答えを出せていない。
何をどうすればよかったのか、なんて。
考えても考えても、辿り着くのはもっとエレインと話をしておけばよかった、という後悔だけ。
つまり、彼女の話を聞いておけば、少なくともエレインはあそこまで思い悩まずにすんだはずだ。結局は、話し合いをしてみないことには何も解決しない。エレインの気持ちなど、知った気になっていたけれど──もしかしたら、知った気になっていた、だけなのかもしれない。
どちらが悪い、という話でもないのだろう。
こと、男女の関係においては。
テールは、書面に視線を落としながら、先程から同じ箇所を何度も読み直している自分に気がついた。
考え事に集中していたために、文章が頭に入ってこなかったのだ。
仕方なく、情報を確認する作業は諦めて、顔を上げる。
「では、前半部分をあなたが、後半を私が調査します」
「かしこまりました」
やけに恭しく、ハワードが答える。
この胡散臭い男に思うことがないわけではないが、今はそれよりエレインだ。
このままさよならなんて冗談じゃない。
せめて最後に話がしたい。あんな形で、離別するなど、納得できない。
(……というか、さ)
言いたいことは色々ある。本当に、話したいことがあるんだ。
今になってエレインの気持ちが分かるのも皮肉な話だと思った。
(僕の近衛所属が決まった時、誰より喜んでいたのはエレインだった)
それなのに、なぜ、わかってくれないのだろうか。
理解して欲しかったのだ。
自分の仕事のことを、彼女に。
王女の護衛は、テールの職務であり、放棄することはできない。
それを、エレインも知ってくれているはずだった。
仕事である以上、王女と関わるのは仕方の無いことで、避けようがない。
「…………クソ」
ままならない。ふたたびため息を吐いて、髪をぐしゃりと乱すテールに、ハワードが首を傾げた。
「つかぬことをお聞きしますが……ご令嬢は、なぜ行方不明に?まさか、誘拐にでも?」
誘拐どころか、彼女は自ら飛び立った。
文字通り、塔から飛び降りて──エレイン・ファルナーとしての死を演出させてみせた。
僅かな間の後、テールは静かに答えた。
「さあ、どうでしょう」
我ながら、覇気のない声だ。
それに苦笑するテールに、ハワードが怪訝に視線を向けてくる。
それを振り払い、テールは彼に言った。
「では、部下を置いていきます。なにか報告があれば──」
「ああ、お待ちください、トリアム卿」
そこにハワードが待ったをかける。
今度はテールが怪訝に眉を寄せた。




