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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

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一方、テール ①

──一時は、今から半日前程遡る。


テールがハワードから受け取ったのは、この一週間の金髪の女の目撃情報を纏めたリストだった。


「その中に、卿のお探しの女性がいればいいのですが……」


揉み手をしてあからさまに媚びて見せるハワードに、テールは一瞬、嫌悪を見せるがすぐに気を取り直して、渡されたリストに視線を落とした。


(一、二、三……)


全部で十枚以上はありそうだ。

リストには、細かく目撃情報が記されているようで


【10/28 15:10 花屋前で金髪女性目撃情報-観光客とのこと】


など、些細なものまで纏められていた。


「して、卿。私も警備のものを総動員してこの女性を捜索いたします。時は一刻を争う。魔法協会司令官としての職務ももちろん!ありますが、こちらの方が重大事項ですからねぇ……」


「ああ、助かる」


テールは短く答えた。

しかし、この数だ。間もなく国境は封鎖されるが──


(……本当に、エレインはここにいるのか?)


アレクサンダー殿下は、エレインがウェルランの森にいたと踏んでいるようだ。それが事実なら、エレインは恐らく、このセドアの街に向かっていることだろう。

彼女が、本当にこのアーロアを出ようとしているのなら。


(本当に、エレインはアーロアを出たがっているのか?)


どうも、腑に落ちない。

彼女は、貴族であることをやめると言っていた。

エレイン・ファルナーはここで死にます、とも。

平民として生きるなら、それはアーロアでも構わないはず。


そこまで考えて、それはないかと考えを改めた。


彼女は貴族である以上に、膨大な魔力量を所有する人間だ。


王家は彼女を逃がさないだろうし、現に今、王家は血眼になって彼女を探している。アレクサンダー殿下も、彼女を探しているようだ。


テール自身には、待機命令が出ているものの──


(大人しくしていられるはずがない)


なぜなら、彼女が国を出ることになったのは、自分に理由がある。


彼女は見限った、と言っていた。

見限ったのは、テールを?それとも、この国自体を、だろうか。

あるいはその両方、だろうか。


どちらにせよ、自分にはエレインを連れ戻す責任があるし、それ以上に──


ちゃんと話したい、と思っていた。

もう今更かもしれない。


だけどそれでも、ちゃんと彼女と向き合いたい。


あの時──王都で人気の植物園の東屋(ガーデンテラス)に呼び出された時、エレインはなんて言っていた?


王女、つまり自身の仕える主について話があるとエレインは言っていた。難しい顔をして、気に病んでいるのは分かった。

しかし、それならテールはどうすべきだったのだろう。

何度考えても、正解と言うのはエレインのこころを傷つけず、万事丸く収まる解決策のことを指す。


『そうなんだ。王女殿下はきみに酷いことを言っているんだね。わかった、僕から取り成しておくよ』……?


そんなの、その場しのぎの口約束に過ぎない。

自身がどう立ち回ろうと、王女のワガママは収まらない。そもそも彼女のワガママは今始まったばかりの話ではないからだ。


護衛騎士に過ぎない自分が、王女の性格を矯正できるはずがない。


それに、そこまで踏み込む気もなかった。

王女のことなど、親戚の少女と同じように扱えばいい話だけなのだ。


それなのにエレインは彼女の意見にいちいち左右される。

王女の言葉など、やんわりと聞き流しておけばいいだけの話だ。

ただそれだけの話。


それなのになぜ、ここまで大事になった?


テールの婚約者はエレインだ。

それは決められていることであり、このままいけばエレインとテールは結婚するはずだった。……はずだった、のだ。


エレインが王女との関係で悩んでいる、というのなら


(僕が護衛騎士を辞めれば良かったのか?)


その可能性を考えて、それはできないと何度も何度も考えたその選択肢を却下する。


トリアム侯爵家は代々騎士を輩出する家柄だ。

近衛騎士に指名されるのは、とても誇らしいことであり、名誉なことだ。だからこそ、その勲章を自らの手で捨てることは、何があってもできない。


たとえ、エレインが嫌がっていようとも。


かわらず、膠着状態だ。

未だに、彼は答えを出せていない。


何をどうすればよかったのか、なんて。

考えても考えても、辿り着くのはもっとエレインと話をしておけばよかった、という後悔だけ。

つまり、彼女の話を聞いておけば、少なくともエレインはあそこまで思い悩まずにすんだはずだ。結局は、話し合いをしてみないことには何も解決しない。エレインの気持ちなど、知った気になっていたけれど──もしかしたら、知った気になっていた、だけなのかもしれない。


どちらが悪い、という話でもないのだろう。

こと、男女の関係においては。


テールは、書面に視線を落としながら、先程から同じ箇所を何度も読み直している自分に気がついた。

考え事に集中していたために、文章が頭に入ってこなかったのだ。


仕方なく、情報を確認する作業は諦めて、顔を上げる。


「では、前半部分をあなたが、後半を私が調査します」


「かしこまりました」


やけに恭しく、ハワードが答える。

この胡散臭い男に思うことがないわけではないが、今はそれよりエレインだ。


このままさよならなんて冗談じゃない。

せめて最後に話がしたい。あんな形で、離別するなど、納得できない。


(……というか、さ)


言いたいことは色々ある。本当に、話したいことがあるんだ。

今になってエレインの気持ちが分かるのも皮肉な話だと思った。


(僕の近衛所属が決まった時、誰より喜んでいたのはエレインだった)


それなのに、なぜ、わかってくれないのだろうか。

理解して欲しかったのだ。


自分の仕事のことを、彼女に。


王女の護衛は、テールの職務であり、放棄することはできない。

それを、エレインも知ってくれているはずだった。


仕事である以上、王女と関わるのは仕方の無いことで、避けようがない。


「…………クソ」


ままならない。ふたたびため息を吐いて、髪をぐしゃりと乱すテールに、ハワードが首を傾げた。


「つかぬことをお聞きしますが……ご令嬢は、なぜ行方不明に?まさか、誘拐にでも?」


誘拐どころか、彼女は自ら飛び立った。

文字通り、塔から飛び降りて──エレイン・ファルナーとしての死を演出させてみせた。


僅かな間の後、テールは静かに答えた。


「さあ、どうでしょう」


我ながら、覇気のない声だ。

それに苦笑するテールに、ハワードが怪訝に視線を向けてくる。

それを振り払い、テールは彼に言った。


「では、部下を置いていきます。なにか報告があれば──」


「ああ、お待ちください、トリアム卿」


そこにハワードが待ったをかける。

今度はテールが怪訝に眉を寄せた。

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