ジェームズ・グレイスリーの目的とは
「化粧?」
突然何を言い出すのよ、という気持ちでファーレを見ると、彼はトントン、と自身の顔を指し示した。ちなみに、今の彼は既に素顔だ。
「俺が、このひとの素性を知ったきっかけですよ」
「詳しく??」
あーもー!
何でこう、このひとは端的にしか言わないのかしらね……!!
何度も繰り返すが私は一を聞いて十を知るタイプの人間ではないのだ。十知るためには十教えてもらわなければ困る。そんな気持ちで手を組み、テーブルに腕をつく。
ファーレを見ると、ちらりと私に視線を向けた。その視線に首を傾げると、ファーレが口を開いた。
「『機会があったら今度はテオにもやってみたいわね』……あれです」
「どれ??」
そんな話、したかしら。
というかいつの話。何の会話をしていた時のこと!?
困惑していると、ファーレが「ほら」と続けた。
「俺に化粧した時のこと、エレインは化粧道具仕舞いながら、言ってましたよね?このひとにも、いつかしたいわーって」
「ああ……。確かに、言ったかも?」
曖昧な記憶に首をひねりながら答えると、ファーレが「それで思い出したんですよ」と答えを口にした。
そして、ふたたび自身の顔を示してテオを見て言う。
「顔の造形の問題です。ロイ殿下、あなたはお母君によく似てるんじゃないですか?」
「…………」
テオは答えない。
ちら、と視線を向けると考えるように僅かに眉を寄せていた。数秒して、ため息交じりにテオが答える。
「どうだろう。オレより、妹の方が母とよく似てるよ」
「俺は妹君を知りませんから。で、このひとが化粧したらどんなもんかな、って考えた時に、気が付きました。今まで感じていた、違和感ってやつにです」
「テオが……アルヴェールの王族だって気付いたってこと?オフェーリア妃の子だ、って?」
テオが、どれほどオフェーリア妃に似ているかは分からない。だけど、似ているから王子だと気が付いた、なんて博打じみた情報だ。
確信を抱くには至らないんじゃ……。そう思っていると、ファーレは立てたままの人差し指を横に揺らし、得意げに言った。
「チッチッチッ。困りますねー、俺の記憶を舐めてもらっちゃあ!七年前ですけど、よく覚えていますよ。オフェーリア妃は銀髪で、そして──特徴的な目をされていた」
「目」
それに、私もさすがに気が付く。
確かに──テオの目は特徴的だ。
猫のように瞳孔が細い。
テオと初めて会った時は、わあ流石異世界!
こういうひともいるのね〜なんて思ったくらいだったけど……
(そ、そっか。やっぱり珍しいのね)
私も、社交界で見かけたことはなかったけど。
田舎の方とかには稀にいたりするのかしらと思って深く考えていなかった。なるほどー!と口に手を当てて素直に感嘆していると、ファーレがさらに補足した。
「オフェーリア妃は他国の出身。つまりアルヴェール民ではない。その瞳が証拠です」
それにテオが答える。
「正解。この瞳は母譲りだ。ちなみに妹も同じ」
「テオの……その瞳は」
そこで地味に気になっていたことを尋ねようと、私は口を開いた。テオが私に視線を向けたので、彼に疑問を投げかけた。
「……夜目が利くの?」
「あっ、それ俺も気になります!もし猫さながらに夜動けるなら、ものすごく便利じゃないですか!」
「……………」
テオはなぜか、少しうんざり、というような顔になったが、肩を竦めて答えた。
「まあ、多少は」
つまり、是、と。
こうなったら、どれくらい夜目が利くのか検証したくなる。夜に本でも差し出してみよう。どれくらい読めるのかしら、と考えながら、私はひとまずこの話はここまでにしようと決めた。
なぜなら──
「よし。それじゃあ次の議題ね」
「あ、議題だったんですね」
ツッコミを入れるファーレに構わず、私は彼に尋ねた。
「結局、ジェームズ・グレイスリーって何?彼は何がしたかったの?」
一時的に私の魔力は回復した。
だけど、いくつか魔法を使ったところでふたたび使えなくなり──また、魔力ぜろの状態に逆戻りだ。
私の質問に、ファーレが「ああ」と目を瞬かせた。
「そういえばそうでしたね。恐らく、ですけど。彼の目的は」
続くファーレの言葉に、私は言葉を失った。
というのも、それがあまりに突拍子のないものだったからだ。




