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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

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唐突な発言の意図は何

「…………私?」


テオの、妹に?


テオは頷いて、それから地図を丸めると、ベルトポーチに戻した。淡々と変わらずテオは言葉を続ける。


「あのひとは、それに目をつけた。実際賢者じゃなくても、そうであってもどうでも良かったんだよ。運は気まぐれ、分からぬものと考えたんだろう。ただ、可能性があるから賭けたに過ぎない」


「…………」


テオの、話を聞いていて感じたことがあった。

彼が身の上の話をするのは、今が初めてだ。そして、明かされた情報もとても少ない。だけどその中でも──


(陛下……アルヴェールの王と、彼は)


仲が悪い、どころの話ではない。

恐らく、テオの話に出てくる【あのひと】はアルヴェールの王のことだろう。


そして、テオがかの王を指す言葉を口にする時、その音はとても冷たくなる。

私ですら気がついているのだ。

ファーレも、きっと気づいている。


テオは、必要以上には話さない。だけど長々と語るよりもずっと、その声が。響きが、彼の事情を、状況を語っているように思えて仕方なかった。

なんて答えればいいか分からない。

戸惑う私に構わず、テオが口を開く。


「まあ──」


しかし、その声は先ほど以上にずっと冷たく、氷のようだと思った。まるで──そう、凍てついた冬の空気のようだ。冷たさも過ぎれば、痛みとなる。


「もっとも、賭けの代償を支払わされるのは、他でもないエルゼだけどね」


「…………」


「…………」


私とファーレは、なんと答えればいいか分からなかった。いや、ファーレはなにか思惑があってコメントしなかったのだろう。だけど私は、かなり返答に困った。

だって、私は今、彼の事情を知ったばかりだ。訳知り顔で同意することも、的確な助言をすることもできない。そもそも、この話を聞いてすぐ思い浮かぶ程度のことなら、既にテオも気付いていると思う。

だから私は、以前したテオとの会話を、記憶の片隅から引き寄せた。


緊張、していたのだろうか。

気がつけば令嬢の時のように背筋が張っていて、私は短く息を吐いた。それけら、椅子の背もたれに背を預け、手をぐっと前に伸ばす。


「テオは、妹さんと仲が良かった?」


以前もしたような質問だ。

それに気がついたのだろう。テオが顔を上げて、僅かに眉を寄せる。


「どうかな。彼女には、口やかましいってよく言われてたけど」


「それ、仲がいいって言うんですよ。お兄さん?」


テオは、自身の話をしたからだろうか。

以前とは違って、彼を取り巻く空気は少し和らいでいる。だから私は、いえ、だからこそ、だろうか。いつも通りを装って──テオに言った。


「再会できるといいわね」


首を傾げて口にすれば、髪が頬をくすぐって、私はそれを耳にかけながらテオに言った。

彼が、自身の話をしたからだろうか。私も、私の家族であったひとたちのことを思い出した。


「それにしても、いいわね〜〜。テオがお兄さんって。何かと親身になってくれそうだし、それに」


「……何?」


視線を向けると、テオが僅かに首を傾げた。

それに私は、笑みを返す。


「私も、あなたみたいな兄が欲しかったって話よ!」


兄の──ルイ・ファルナーは、私の血の繋がった兄だ。

だけど、ただ、血の繋がりがあるだけ。目に見えないそれに縋って、大して話したこともないあのひとを、血の繋がりがあるからと言って兄と慕うことは……私にはできない。できなかった。


『僕は忙しいんだよ。お前が王女殿下の機嫌を損ねるせいで、やることが増えたじゃないか』


文句を言われることは多々あって、その声はいつだって尖っていた。刺々しくて、兄から声をかけられる時はいつだって叱責がセットだった。

エリザベス殿下の相談なんてできるはずがない。

一度──したことは、あるけど。けんもほろろに咎められ、その上説教までされて、私の当時のガラスのハートは見事に砕け散ったというものだ。


エリザベス殿下の機嫌を損ねるのは、私が悪いの?

私に、全て非があるの?

どうして、私ばかり責めるの。


そう、聞きたかった。

臆病な私は聞けなくて──


(……違うか。聞きたくなかったんだ)


YES(そうだ)という答えを受けるのが。

お前が悪い、とそう言い捨てられてしまうのが、怖かったから。


ファルナー家のタウンハウスは広かった、けれど。

広さに比例するように、冷たかった。


その時のことを思い出して、顔を上げる。


塔を降りて、エレイン・ファルナーという名前を捨てて。全てを捨てて、生きる覚悟をした。その矢先にこんな問題が起きるとは思わかったけど。どうしてだろう。

王都にいて、エレイン・ファルナーであった時よりも今の方がずっと、息がしやすい──。


(ううん、それだけじゃない)


とても、楽しいのだ。

何がどう転ぶか分からないけれど、私は今を楽しんでいる。

それに、私の人生の責任は、私自身が持つと決めている。


だから、今はこの不安定で脆くも儚い旅路の楽しさを、享受することにしよう。そう決めた。


そう思って、もう一口塩漬け肉をかじる。


この食事も、王都にいた時よりずっと質素で、シンプルなものだ。だけど、あの時より美味しいと感じるのだから、つくづく食事は環境に左右されると思う。


私がそんなことを考えていると、それまで沈黙を守っていたファーレが唐突に言った。


「化粧ですよ」

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