唐突な発言の意図は何
「…………私?」
テオの、妹に?
テオは頷いて、それから地図を丸めると、ベルトポーチに戻した。淡々と変わらずテオは言葉を続ける。
「あのひとは、それに目をつけた。実際賢者じゃなくても、そうであってもどうでも良かったんだよ。運は気まぐれ、分からぬものと考えたんだろう。ただ、可能性があるから賭けたに過ぎない」
「…………」
テオの、話を聞いていて感じたことがあった。
彼が身の上の話をするのは、今が初めてだ。そして、明かされた情報もとても少ない。だけどその中でも──
(陛下……アルヴェールの王と、彼は)
仲が悪い、どころの話ではない。
恐らく、テオの話に出てくる【あのひと】はアルヴェールの王のことだろう。
そして、テオがかの王を指す言葉を口にする時、その音はとても冷たくなる。
私ですら気がついているのだ。
ファーレも、きっと気づいている。
テオは、必要以上には話さない。だけど長々と語るよりもずっと、その声が。響きが、彼の事情を、状況を語っているように思えて仕方なかった。
なんて答えればいいか分からない。
戸惑う私に構わず、テオが口を開く。
「まあ──」
しかし、その声は先ほど以上にずっと冷たく、氷のようだと思った。まるで──そう、凍てついた冬の空気のようだ。冷たさも過ぎれば、痛みとなる。
「もっとも、賭けの代償を支払わされるのは、他でもないエルゼだけどね」
「…………」
「…………」
私とファーレは、なんと答えればいいか分からなかった。いや、ファーレはなにか思惑があってコメントしなかったのだろう。だけど私は、かなり返答に困った。
だって、私は今、彼の事情を知ったばかりだ。訳知り顔で同意することも、的確な助言をすることもできない。そもそも、この話を聞いてすぐ思い浮かぶ程度のことなら、既にテオも気付いていると思う。
だから私は、以前したテオとの会話を、記憶の片隅から引き寄せた。
緊張、していたのだろうか。
気がつけば令嬢の時のように背筋が張っていて、私は短く息を吐いた。それけら、椅子の背もたれに背を預け、手をぐっと前に伸ばす。
「テオは、妹さんと仲が良かった?」
以前もしたような質問だ。
それに気がついたのだろう。テオが顔を上げて、僅かに眉を寄せる。
「どうかな。彼女には、口やかましいってよく言われてたけど」
「それ、仲がいいって言うんですよ。お兄さん?」
テオは、自身の話をしたからだろうか。
以前とは違って、彼を取り巻く空気は少し和らいでいる。だから私は、いえ、だからこそ、だろうか。いつも通りを装って──テオに言った。
「再会できるといいわね」
首を傾げて口にすれば、髪が頬をくすぐって、私はそれを耳にかけながらテオに言った。
彼が、自身の話をしたからだろうか。私も、私の家族であったひとたちのことを思い出した。
「それにしても、いいわね〜〜。テオがお兄さんって。何かと親身になってくれそうだし、それに」
「……何?」
視線を向けると、テオが僅かに首を傾げた。
それに私は、笑みを返す。
「私も、あなたみたいな兄が欲しかったって話よ!」
兄の──ルイ・ファルナーは、私の血の繋がった兄だ。
だけど、ただ、血の繋がりがあるだけ。目に見えないそれに縋って、大して話したこともないあのひとを、血の繋がりがあるからと言って兄と慕うことは……私にはできない。できなかった。
『僕は忙しいんだよ。お前が王女殿下の機嫌を損ねるせいで、やることが増えたじゃないか』
文句を言われることは多々あって、その声はいつだって尖っていた。刺々しくて、兄から声をかけられる時はいつだって叱責がセットだった。
エリザベス殿下の相談なんてできるはずがない。
一度──したことは、あるけど。けんもほろろに咎められ、その上説教までされて、私の当時のガラスのハートは見事に砕け散ったというものだ。
エリザベス殿下の機嫌を損ねるのは、私が悪いの?
私に、全て非があるの?
どうして、私ばかり責めるの。
そう、聞きたかった。
臆病な私は聞けなくて──
(……違うか。聞きたくなかったんだ)
YESという答えを受けるのが。
お前が悪い、とそう言い捨てられてしまうのが、怖かったから。
ファルナー家のタウンハウスは広かった、けれど。
広さに比例するように、冷たかった。
その時のことを思い出して、顔を上げる。
塔を降りて、エレイン・ファルナーという名前を捨てて。全てを捨てて、生きる覚悟をした。その矢先にこんな問題が起きるとは思わかったけど。どうしてだろう。
王都にいて、エレイン・ファルナーであった時よりも今の方がずっと、息がしやすい──。
(ううん、それだけじゃない)
とても、楽しいのだ。
何がどう転ぶか分からないけれど、私は今を楽しんでいる。
それに、私の人生の責任は、私自身が持つと決めている。
だから、今はこの不安定で脆くも儚い旅路の楽しさを、享受することにしよう。そう決めた。
そう思って、もう一口塩漬け肉をかじる。
この食事も、王都にいた時よりずっと質素で、シンプルなものだ。だけど、あの時より美味しいと感じるのだから、つくづく食事は環境に左右されると思う。
私がそんなことを考えていると、それまで沈黙を守っていたファーレが唐突に言った。
「化粧ですよ」




