エレインに似てるひと
「地図?」
「そう。賢者の伝承は、各地で異なるけど──。恐らくエルゼは、生贄に捧げられた可能性がある」
「…………ハッ!?」
賢者の伝承。確かアーロアでは王家こそが賢者だった、というもので。アルヴェール……アルヴェールは──
『大昔、賢者と呼ばれる人間がいた。賢者は、各地に生まれ、彼らは国を救う使命を背負わされた。やがて時期が来ると、彼らはその力を人々のために役立て、世界には平和が訪れた』
供物の伝承は、アルヴェールにはなかったはず。
そう思って顔を上げると、テーブルの上には世界地図と、点々と記された✕の印が目に入った。それに、言葉を失う。これはどう見ても。
「わあ、宝の地図みたいですね。王子様の場合、このお宝は妹君ってわけですか」
「アーロアにいたのは、妹を探すためだよ。……で、これでオレへの疑いは晴れた?アンタ、飼い主に報告したんだろ。不法入国者がいる、って」
テオが問い返したのは、ファーレだ。
ファーレは膝を立てて座ると、その上に顎を置き「んー」と唸った。それから私に視線を向ける。
「オレが交わした魔法契約は、エレイン・ファルナーの居場所を密告できない、というものです。まあ、あんなもん、建前で実際のところ効力はないだろ、と思ったんですよー。それが、ですよ?」
「なるほど、ちゃんと魔法契約は発動していたわけね」
あんな中途半端──いや、本当に中途半端もいいところよ!?
テオの正体が明るみになった今、心底そう思う。
「かたや、本名の一部、かたやその場でつけた名前……どう魔法契約が発動するかずっと気になってたのよ。良かったー、ちゃんと発動したのね。さすが私!私が手がけたからこそ、中途半端な情報でも魔法契約が締結されたのね!」
だてにこの十年以上、独学で学んでいない。
さすが私!魔力がなぜか消え失せて魔法を使えなくなっても、培ってきた知識は消えない!!
私は誇らしい気持ちで何度も頷いた。
一方、自画自賛する私に、男性陣はしらーっとしている。
それに構わず、私は話を戻した。
「で、私の居場所に密告は難しいから、テオを?」
「ま、そゆことです」
短くファーレは纏めた。
それから、無造作に足を組むと、手を組んで頭の後ろに回した。完全にくつろぎモードである。
「俺が覚えているってことは、超!重要人物ってことですよ。ここで逃がしたら後から悔やむかもしれないじゃないですか」
「確かに、実際、テオはアルヴェールの王族だったものね……」
確かにファーレの言葉には一理ある。
ふむふむと頷いていると、そうですそうですとでもいいたげにファーレもまた頷く。
「俺、仕事の失敗に繋がりそうな可能性は、芽が出ないうちに摘んでおきたいタイプなんです。死にたくないんでね」
「へえ、意外と慎重なのね」
「だから生き延びてるんですよ。これでも命は惜しいんですよ、仕事終わりの酒は美味いですから」
「生への執着が、まさかの食。気持ちはわかるけど」
インタビュアーと芸能人のようなやり取りを繰り返しながら、私は「それで?」とインタビュアーさながら質問を繰り出した。
「あなたの雇い主には届いたわけ?というか、実際、あなたって今何考えてるの?」
「ええ、それ聞いちゃいます?」
「ええ?聞いちゃだめなの?でも聞くわよ。聞いておいた方が今後のためになるもの」
正直に口にすると、ファーレは「あー」とも「うーん」ともつかない声で悩み始めた。
回答を引き出すまでに時間がかかりそうなので、インタビュアーからリポーターに様変わりした私は、テオに視線を向けた。
「テオは、妹さんを探してるのよね?」
私の質問に、テオが頷いて答えた。
私は口元に指を押し当てて、先程思い浮かんだ疑問──えーと、何だったかしら?
さっき、あら?と思ったんだけど……!
数秒考え込んでから、思い出す。
(そうだわ、確か……)
私は顔を上げてテオに尋ねた。
「賢者を供物にする……っていう伝承は、確か他国に伝わるものよね?アルヴェールでは、ぼかされて──曖昧な内容だったはずよ。それなのにどうして」
私の言葉を引き継ぐようにテオが口を開いた。
「最近、瘴気が妙に広がるようになった、という話は以前したと思う」
「ええ、聞いたわ」
「そっちでも被害が広がっているようだけど……アルヴェールはもうずっと前から、瘴気に汚染されていた。つまり、既に手遅れに近い状況にあるってことだ」
──手遅れ。
思い出すのは、テオのお母様だという第二夫人。
(彼女は魔力欠乏症で亡くなった……エリザベス殿下と同じ、症状)
アーロアより、アルヴェールの方が瘴気の広がりが早く、そのために症状の進行が早まった?
(それなら……瘴気は北から広がってる?)
考え込んでいると、テオが先程の私の質問に答えるように言った。
「今、アルヴェール内で水面下で大問題になっている。あのひとは、何をどうしてもこの問題を片付けたいんだよ。そこで、国内の学者をかき集めて、藁にもすがる思いで賢者と瘴気の伝承を調べさせて──各国に散らばる寓話を手当たり次第に当たることにした」
「まさか」
「そう。エルゼは生まれつき魔力が豊富だった。オリジナル魔法を生み出し、高難易度魔法すらもいとも簡単に使ってみせた。魔法を使う彼女はとても楽しそうで──」
ほんの、少し。
気のせいかと思うほど、僅かにテオの声が柔らかくなる。それに気がついたのは私だけではなかったらしい。静かにテオの話を聞いていたファーレまでもが、目を細めてテオを見ていた。
それに気がついたのか、あるいは今話すことでもないと判断したのか。そこでテオは言葉を止めた。
「いや、とにかく。そういうところが、よく似ている。エレイン、あなたに」




