人の事情はそれぞれ
(……そういえば、テオが答えるまでに間があった)
だけど、テオの声は、言葉は、嘘をついているように見えなかった。だから私も、嘘を言ってはいけない、と思ったのだ。
テオの音は、自然に聞こえたし、言い慣れているようにも見えた。するりと出てきた言葉に、嘘だとは思えなかったのだ。
(全くの偽名では、なかった)
それが分かって、ホッとした。
(…………よ、良かった〜〜〜〜!!)
このひとは嘘を吐いてないように見えるから、私も誠実でいなければ!とか思って、私も咄嗟に本名を口にしたのだ。
これでテオの名前が偽名だったら、完全に私だけ分かった気になって、勘違いしているアホ女だった……!!
私の直感が当たっていたことに、とりあえず私は胸をなでおろした。
そうしているうちに、テオはさらさらと文字を書き付けていた。
見ればそれは──
「家系図?」
アルブレヒト三世、と書かれており、その下には線が五本伸びている。
その内の一本に、テオ、と書かれていた。本名はロイのはずだけど、これはこの場ではテオとして説明するらしい。
「もう既にアーロア領を出ている。それにオレも、アルヴェールに着いたら説明するつもりだった。アルヴェールに入ってしまえば、ひとまずどうとでもなる。アーロアで不審者扱いされて捕まる心配性もないしな」
「……………」
ファーレはそれに目を細めていたが、何も答えなかった。
テオの書き付けた文字の中、五本の線が伸びた先には、それぞれ上からゲイル、フレッド、テオ、エルゼ、ルカと書かれている。
テオの他に書かれた名前は、恐らくテオの兄弟姉妹ということなのだろう。
確認するように私は彼に尋ねた。
「ご兄弟?」
「そう。ゲイルは一番上の兄で、王太子。フレッドは二番目、で、三番目がオレだよ」
「ふーん」
王太子の名前は知っていたし、二番目の王子の名前も知っていた。なぜなら、そのふたりは王妃の子だから。
だけど、隣国の王はなかなか好色なのもあり、子供がわんさかいる。婚外子や庶子も含めたら、両手の数では恐らく足らないんじゃないかしら。
相槌を打って聞いていると、ちらりとテオが私を見たのがわかった。
それに、首を傾げた。
「何かしら?」
「興味無さそうだね」
「え゛っ!!」
濁音付きの声が出た。
興味無さそう!?に見えた!?思わず頬に片手をベタッと当てる。
いや別に、つまらないわけじゃないのよ!?
ただ、そう。
ただ──
「そんなことないわよ!ほら、なんて言うのかな。テオにも色々あるんだなーって思って。よく言うじゃない!」
そう、ただちょっと、びっくりしていたのだ。
私は顔を上げて、人差し指を立てた。力説するようにテオに言う。
「一歩外を歩いてみたら、たくさんのひとがいるでしょう?でもみんな順風満帆そうに見えて、それぞれ背負っているものがあるっていう……アレよ!他人の芝生は青く見える……じゃない!垣根の向こうの芝は常に青いって言うやつ。みんな、人それぞれあるんだなって思っていただけ」
「ふぅん。まあいいけど」
それこそ、テオの方が興味なさげに答えた。
いいんかーい。
なんなんだ、このひと。
なんなのよ、このひとたち。
掴みどころのないテオと、恐らく意図して言葉を濁すファーレの相手に、私は疲労感を覚えて、だらんと背もたれにもたれた。
「なんなのよー」
間延びしたちいさな声を出すと、私たちの話を聞いていたファーレが相槌を打つ。
「確かに、街で通り過ぎたひとにもそれぞれの事情があって、それぞれの人生がありますよね。最悪の生活をしているやつもいれば、最高の生活をしてるやつもいる」
何だか噛んで含むような言い方をするファーレに、私はゆっくり身を起こした。
「……まあ、最悪な生活に見えて中身は最高かもしれないし、最高に見えて、蓋を開ければ最悪ってパターンも、あるかもしれないけどね」
「そうですね。で、テオの自己紹介の途中でしたね。続けてください」
話を振られたテオは相変わらず何を考えているか読めない。無表情というか、このひとはあまり表情が変わらない。わかりやすい時もあるけれど、こういう時は本当に、何を考えているか分からない。
ポーカーとか得意そうである。羨ましい。
どうでもいい、取るに足らない話をする私たちに話の腰をおられたテオだったが、変わらず説明を再開することにしたようだ。良かった。話す気が失せたとか言われたらどうしようと思ったのよ。
「あんまりアルヴェールの事情を長々と説明してもエレインも困るでしょ」
「え?そんなことないわよ。むしろ私は有難いけど」
テオは『はぁ?』という顔をした。あ、今のは分かりやすかった。
私は首を傾げると、自身の頬に指を当てて、テオに答えた。
「恩返しできる、チャンスだもの」
「ええー……」
顔にガッツリ『期待してない』と書かれている。
わー、こういう時はわかりやすいのにね!!ほんとに!!
ため息を吐くと、テオは手短に説明した。彼の事情、とやらを。
「オレの目的は、いなくなった妹を探すこと。妹は多分、あなたと同じ賢者だ」
「……………えっ?」
「おおー、そう来ましたか」
それぞれ対象的な反応を返す私とファーレに、テオは続けてベルトポーチから何かを取りだした。筒状に丸められているそれを、テオがおもむろにテーブルの上に広げる。




