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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

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偽名じゃない


「──で」


食事を再開しながら、私はふたたび先程気になったことをまず口にすることにした。

塩漬け肉を飲み込んでから、ファーレに尋ねる。


「聞きたいのだけど?」


「どうぞ」


「じゃあまず一つ目ね。どうしてあなたは、テオが隣国の王族であることを知っていたの?面識あるの?」


そこでテオに視線を向けると、彼は少し思案した末、首を横に振る。どうやらテオには覚えがないようだ。

答えたのはファーレだった。


「ああ。それなら、俺は一方的に知っていたんですよ。ご令嬢、俺の職業、なにかご存知ですよね?」


「うわ、出た。そのご令嬢っていうのやめて、ほんとに」


私はため息を吐きながら、ファーレの質問に答えた。


「何でも屋だったかしらね」


「うーんちょっと惜しいですね、何でも屋じゃなくて、普通にアーロア王家の犬ですよ俺は」


「今は首輪が外れてるの?それとも飼い主を待っているの?どっちかしら」


「見えない首輪ならあるかもしれませんね。他人のペットを横取りする、魔法契約っていうなの首輪が!」


自認(ペット)なの??


このやり取りが面倒になったのか、若干鬱陶しそうにファーレが答える。それに、頷いてから私はテーブルに頬杖をついた。マナー違反もいいところだし、もしこれを家庭教師(ガヴァネス)に見られたらお叱りを受けるどころの話ではない。だけどここは船の中。

私を咎めるひとは──いない、はず。


(私はもう、平民のエレイン。ただのエレインなんだから)


先程までヒリついた空気だったけど、気が抜けたのかファーレが怠そうに背もたれにもたれた。

私はそれを見ながら話を戻す。


「それじゃあ、あなたは職務中にテオを見たことがあった、ということね」


「いえ、面識はありません」


「はあ〜〜〜〜??」


何なのこのひと!!何なの!!

私は半目になって、ファーレを睨みつけた。

近くにいたら襟元を締め上げていた。


「今はなぞかけやってる気分じゃないのよ!ハッキリ言いなさいよ!ハッキリー!!」


「ああもう!じゃあ言いますけど!俺が知ってるのはあなたの母君ですよ。お母君!アルヴェール国王の第二夫人、オフェーリア妃です!」


「お……母様?」


目を瞬いてから、私はテオを見る。

テオは、今のやり取りを聞いていたのか聞いてなかったんだが、難しい顔をして考え込んでいる。私はふたたびファーレに向かって尋ねた。


「それっていつの話?」


「八年前、いや、七年前か?」


答えたのは、テオだ。

ぐるんっとろくろ首もかくやという勢いでそちらを振り返った私は、テオに尋ねた。


「ずいぶんピンポイントで答えるのね……。覚えがあるの?」


「いや」


「亡くなってるんですよ」


短く答えたテオの言葉の先を引き継いだのは、ファーレだ。


「オフェーリア・フォン・マリア・オスターヴァルト。七年前に亡くなっています。それも恐らく、アーロアの王女、エリザベス殿下と同じ症状、つまり魔力欠乏症でね」


「──」


思わず、目を見開いた。


テオのお母様が……既に亡くなっていて、魔力欠乏症……。

つまり、エリザベス王女殿下と同じ症状?


エリザベス殿下は確かに体が弱い。生存に足る魔力すら不足している状態で──


「魔力、欠乏症……」


呆然と、その単語を繰り返した。


確か、ジェームズ・グレイスリーの地下洞窟でも聞いた単語だ。

補足するように、ファーレが言った。


「魔力欠乏症。それぞれ症状の進行度は異なりますが、末期の重症患者になると、生存に足る(・・・・・)魔力が不足して(・・・・・・・)──やがて、死に絶える」


死、という単語に息を呑む。

その響きはあまりにも冷たい。


目を見開く私に、ファーレは私が何を考えたのか察したのだろう。彼は目を細めて言った。


「我が国の王女殿下が罹患しているのは、魔力欠乏症。このままでは、やがて彼女も死にます。恐らく、近いうちにね」


「ジェームズ・グレイスリーの地下洞窟でも聞いた話だけど……いまいち現実味がないわ。だって、そんな話聞いたことがないもの。ほんとうに魔力が不足して死ぬなんて……有り得るの?」


言ってから、ハッとして私は自身の胸を叩く。


「それなら私はどうなるの!?私も今は、魔法が使えないし、ジェームズ・グレイスリーには散々魔力ナシって言われたわ。つまり、今の私には魔力がないということよね?でも私は──」


「死んでない。それは、あなたが賢者だからじゃないか?」


そこで、私の質問に答えるように口を開いたのは、テオだった。それまでずっと、口を噤んでなにか考えているようだったのに。

バッと勢いよくそちらを見ると、テオはちらりと窓の外に視線を向けてから、ため息を吐いた。

そして席を立ち、自身の荷物──カバンから何かを取りだしてきた。


それは


「……羊皮紙?」


「と、万年筆ですね」


私とファーレがそれぞれテオが手に持っているものを口にする。

テオは私たちの言葉に答えず、椅子に座り直した。そして、羊皮紙を広げると、さらさらとそれになにか書きつける。


「そう。そこの脱走犬の言う通りだよ。オレの名前は、ロイ・テオドール・アレクシス・アルヴェール。テオは、愛称みたいなもの。一応は本名みたいなものでしょ」


そこでテオはちらりと私を見て言う。

私は彼の視線を受けて、テオと出会ったばかりのことを思い出した。


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