訳ありパーティー
「だから花火だったのね……!?真夜中に花火とかものすごい迷惑行為じゃない!と思ったのよ!理解したわ。あれは合図だったわけねだから派手……って、そんなことはいいのよ今はーー!!」
思わず(脳内で)ちゃぶ台返ししそうになる。
私はファーレを睨みつけた。
「……密告はしないって約束だったわよね?魔法契約はどうなってるのよ」
「…………」
テオがチラリと私を見てから、ファーレに視線を向ける。
剣呑な私の視線を受け、ファーレが両手を上げた。まるで無罪であることを示すように。
「ご期待に応えられず申し訳ないんですけど、ほんとーに俺は密告なんてしてないんですよ。少なくとも、エレインについては」
「…………私に、ついては?」
その言い方が、妙に引っかかる。
私が尋ねると、ファーレは足を組んでにっこりと笑った。挑発的に。
そして、どこからか取り出したのかナイフを手に取るとそれをくるくると弄びながら、テオに視線を向けた。今までのふざけている様子とは違う、睨みつけるような、敵対者に対する目だった。
「今度は俺の番です。……アンタ、嘘吐いたな?」
殺意すら感じるファーレに、しかしテオは何も答えなかった。ただ、テオはファーレ静かに見ている。
困惑したのは、私だ。
「アンタ、って……」
「テオ。……いえ、違いますよね」
ファーレはそう言うと、ベッドから立ち上がった。
そして、スタスタとテオの前まで歩くと、突然テオの胸ぐらを掴む。
「……!」
荒っぽい仕草に目を見開く私に対し、やはりテオは何も言わない。
ファーレは口端を持ち上げて皮肉げに微笑むと、彼にさらに尋ねた。
「ようやく、思い出しました。かなり時間がかかりましたけどね。こう見えても俺、結構優秀なんですよ」
「……で、何に気付いたって?」
テオが、無造作にファーレの手を振り払う。
ファーレは振り払われた手をそのままに、テオから距離を取る。
ちら、とファーレが私を見た。
(な、なに……?)
またしてもおいてけぼりである。
周回遅れもいいところだ。
私は説明を求めてファーレに尋ねた。
「それで、ファーレは何を思い出したの?」
「その様子だと、エレインは知らないんですね」
「そういう思わせぶりなのはよくないと思うの。はっきり言って」
私がさらに言葉を重ねると、ファーレがため息を吐いた。肩を竦め、彼は答える。
「テオ、なんて名乗ってますけどね、この男。本名はロイ・アレクシス・アルヴェール。……つまり──アルヴェールの王族です」
ファーレの言葉に、私は目を瞬いた。
「…………アルヴェール」
頭の中で、ボクポクチーンという音がした。
ファーレが私の前に屈んで、こちらを見上げる。頷く彼に、私はふたたび尋ねた。
「えーと。ロイ・アレクシス……なんて?」
「アルヴェールです、アルヴェール」
「へえ、アルヴェール……。アルヴェールってどこかで聞いた名前ね。確か……そう。隣国の名前がそんな名前だった…………じゃ、ないわよ!!」
私は叫ぶように言ってから、思わず立ち上がりかけて──断念した。
というのも、物理的に足首が痛かったのである。
「痛ぁっ!!」
痛い!!なんだって私はずっと足首を負傷してるのよ……!!
走り慣れてないのに走るから!!
あまりの痛みに泣きたくなる。
そんな私に構わず、ファーレはうんうんと頷いて見せた。
「驚きましたよね。俺も驚きました」
と、言っておきながら、ファーレはさほど驚いてなさそうである。
しかも、足首を抑えてぷるぷる震える私のことはスルーである。
しかし、反応のない私を見てから、思い出したようにファーレが尋ねてきた。
「あ。足大丈夫ですか?」
涙目で首を横に振る。
(なんだか一回目の捻挫より酷い気がする……!!)
腫れてない??腫れてる気がするのだけど??
……後で氷嚢を持ってきてもらおう。
そう思った私は、気休めに足首を撫でてから顔を上げた。
テオはファーレの言葉に、何も言わなかった。
否定しないということはつまり……その通り、なのだろう。
未だに信じられない思いのまま、私はゆっくり、言葉を繰り返す。
「……アルヴェールって、あの、アルヴェール?」
「足大丈夫です?」
「大丈夫じゃないけど今は大丈夫ってことにしておくわ」
私の言葉にファーレが頷いてから答えた。
「あの、が何を指すのかわからないですけど、隣国って意味なら正解です」
ファーレが冷静に答える。
私はテオに視線を向けた。
「……本当に?」
私がじっと見つめると、視線が矢のように刺さったのだろう。
テオが困ったようにため息を吐いた。
「……その男の言う通りだよ。オレの名前はロイ・テオドール・アレクシス──アルヴェール。アルヴェールの、王族だ」
テオ、というのはテオドールから取ったのだろう。偽名ではない。
少し考える素振りを見せてから、テオはさらに言葉を続けた。
「……身分は王族だけど、王とは仲が悪い。形ばかりの肩書きだと思ってくれればいい」
私は、首を傾げてテオに尋ねた。
「テオは、どうしてアーロアにいたの?」
私の質問にファーレが同意した。
「俺もそれが聞きたかったんですよ。他国の王族が、アーロア側に伝えもせずノコノコ動き回ってるなんて怪しいことこの上ないでしょう。俺が伝えていたのはそれです」
「…………ファーレの容疑についてはあとで審議するとして」
「えっまだ疑ってるんですか」
先程のテオの発言といい、単独でアーロアを行動していたことといい、テオにも何か事情があるのだろう。
私は、テオに恩がある。
力になれることがあるのなら、協力したい。
(……と!言っても?今の私に何ができるのかって聞かれたら、確かにその通りなのだけど!!)
でも、知りたい。
身一つで道端に落ちていた私を拾って、面倒を見てくれたのはテオだから。恩返しのチャンスである。
私の質問に、テオが口を開いた。
そして、何か言おうとした、ところで。
ぐ~~~~きゅるきゅるきゅる…………
と、もの寂しい音が室内に、大きく響いた。
音の発生源は。
ふたりの視線が私に集中した。理由は明らかである。私はそっと、自身の腹部に手を当てた。
気を使ったのだろう。ファーレが言った。
「…………えーと。すみません、飯の最中でしたね」
「話は、食事が終わってからにしようか」
気を使う男性二名に、私は諦めの笑みを浮かべた。
(どっ……どーーーーして、このタイミングでお腹が鳴るかしらね!!)
しかも、私!!
ファーレでもテオでもなく、私!!
まるで私がものすごい食いしん坊のようである。
今、堅パンを食べたばかりなのに……!
私は毅然と顔を上げると、言い訳をした。
「違うのよ。誤解しないで。いつもお腹を空かせているわけではないのよ私」
「エレインは十七でしたっけ。成長期ですもんね」
ファーレに慰められた私は、撃沈した。
諦めて、開き直ることにする。
「…………やっぱり私もお肉食べるわ」
きっと、あれだ。
最近、草とか魚とか食べていたから、体がカロリーを求めているのだろう。
その割には、体の重さは変わらないような気がするけど。
ええいこういうのは気にしたら負けなのよきっと!!
私はテーブルに突っ伏すと顔を上げて、テオを見た。
「王子様を顎で使うのは申し訳ないという気持ちはあるのだけど」
「切り替え早いね」
テオのコメントに私は首を横に振る。
「実はね、さっきからものすごく喉が渇いてて。これ、ものすごい口の水分奪っていくわよね?」
堅パンを指で示すと、ファーレが頷いて同意を示した。




