テオとファーレ
現時刻:五時十五分
奇跡的に、私たちは船に間に合った。
宛てがわれた部屋の窓辺で、私は窓の外を見ながら宿での出来事を思い返した。
テール様と入れ違いになるように、ファーレが戻ってきた。
あの時、窓から出たファーレは、そのまま隣室に移動したらしい。どうやらファーレは『テオの部屋の窓が空いていたな』と思い出し、隣室に移動したとのことだった。
(ベランダがあるならまだ分かるわよ??でも、あの宿にはベランダなんてなかったし、窓の外は絶壁だったわよね……!?)
どんな身体能力??
テオが驚くのも納得の理由である。
窓の外に見張りがいることに気がついたファーレは、彼らに気付かれないようち、一瞬のうちに、隣室に移動したとのことだった。
(言葉で言うのは簡単だけど、相当難しいわよね??)
カエル?カエルかなにかなの?
あるいは蜘蛛??
少なくとも私には絶対できない芸当である。
ベランダがないということは、壁伝い??
少し考えて、私は確信を抱いた。
(……ええ!私がやったら間違いなく足を滑らせて転落待ったナシね!!)
私の運動能力は貴族令嬢の平均であり、そんなサーカスのような真似はできない。綱渡りとか、ファーレなら出来そうである。
そんなことを考えていると、扉がノックされた。返答すると、入ってきたのはファーレとテオである。
ふたりは朝食を取りに行ってくれていたのである。
「とりあえず、朝飯にしましょうか。俺、腹ぺこですよ~~」
「ありがとう、ファーレ、テオ。私もお腹すいたわ……」
思えば、三時くらいからずっと動いていたのである。訴えるようにお腹がぐぅ、と鳴いた。
ファーレとテオはそれぞれ手に持った紙袋をテーブルに置くと、テオが説明するように言った。
「朝食は、堅パンとオリーブ。あと塩漬け肉。保存食としては割とメジャーどころだね。エレインは肉食う?」
「朝からお肉は重いと思うのよ。私はパス」
朝は軽めに済ませたい派なので、私は首を横に振る。
それにファーレが「俺は食べます」と返答し、テオから紙に包んだ塩漬け肉を受け取った。
私もテオから堅パンと瓶に入ったオリーブをそれぞれ受け取り、オリーブを皿にいくつか出してから、ため息を吐いた。
「……ずっと聞こう聞こうと思っていたのだけど」
私の視線の先にいるのは、テオだ。
私とテオはそれぞれ対面の椅子に腰を下ろし、ファーレはベッドに腰を下ろしている。それぞれ朝食を摂りながら、私はテオに尋ねた。
「それで結局、テオはどうしてあそこにいたの?」
「ああ、それ。俺も聞きたかったんです」
堅パンを頬張って、ファーレが答える。
テオは僅かに沈黙すると、ファーレを振り返った。
そして、あっさりと、とんでもないことを口にする。
「それならオレも聞きたいんだけど。……さっきの騒ぎさ、つまり、エレインの婚約者を呼び寄せたのは、あんたじゃないか?」
「──」
思わず手を止める。
不自然な沈黙が室内に漂った。
「…………」
「…………」
「…………っは、はああああああ!?ちょっ、どういうこと?ファーレ、説明を求めるわよ!俄然抗議します!!」
デモ運動のように思わず立ち上がりかけて、ギリギリのところで踏みとどまる。今の私は……!!怪我人!!
しかし、衝撃で指から力が抜けたために堅パンが落下した。
落下先は……お皿の上。不幸中の幸いだ。
目からビームを出す勢いで振り返ると、ファーレはのんびりと足を組んで堅パンを頬張っていた。
私と視線が合い、ファーレは肩を竦めてみせる。
「誤解です。さっきのあれは、流石に俺も予想外ですよ」
「へえ?」
挑発するようにテオが言う。
最早なにがなんだかわからない。やめてくれないかしらね私こういう人狼ゲーみたいなの苦手なのよ……!!
テオはあまり表情が変わらないひとだけど、その代わり声色に感情が出やすいタイプだと思う。
テオとファーレの空気が緊迫したものになる中、私はひたすら思考を働かせた。
というか、完全に置いてけぼりな気がする。
(とにかく……この堅パンを食べきってしまおう!!)
どうして私はこのタイミングで肩パンを口に入れてしまったのだろういえ、動揺したからよ!!つい、口に!!
口の中にパンが入ってるのでは喋りようがない。
それに、今まで知らなかったけど堅パンってものすごく口内の水分をガンガン奪っていくのね!!ベーグルみたいだわ!
もごもごと顎をひたすら酷使し、ようやく嚥下することに成功する。
私はすかさずピンと右手を上げた。蚊帳の外ポジションは脱却したい。
「はい、テオ先生!ひとついいでしょうか!」
「……何?というか、何で先生?」
テオが首を傾げた。
私は(堅パンにより口内の水分が奪われたために)切実に水が欲しいなと思いながら、テオに尋ねる。
「テオはどうしてそう思ったの?つまり、ファーレを疑っているの?なにか、明確な証拠でも見つかった、とか?」
言ってから、うわー質問責め!!と自覚する。
だけど、本当に気になったのだ。
(でも、テオが訳もなくそんなこと言うとも思えないし……)
今のところ、ファーレの信用度は低いし……。
パーセンテージで言うと、40~60あたりだ。
ちなみにテオは60~70あたりである。
些細な差異のように見えて、この差は大きい。テオは、信じると決めた。ひとまず、信じるor信じないの二択なら前者、ということだ。ファーレは?ファーレはちょっと、微妙。若干後者寄りである。
つまり。
「ファーレが黒なら……困ったわね。船は出てしまったから、海に落とすしかない??」
ファーレかテオか、と聞かれたら私はテオを選びますとも。ええ。
それに、ファーレが乾いた笑いを浮かべる。
「ハハハーやだなー冗談寒いですよ!」
「海に落ちたらもっと寒いわね」
「いや本気で今の海に落とされたら俺死にますからね!?!?」
ファーレの抗議に、私はそうよねーと何度か頷いた。
それから、顔を上げてファーレを見て、答える。
「冗談よ。流石の私も、自分の手を汚すのは気が引けるもの」
「ああ、そう……」
それから、私はちらりとテオを見る。
テオは探るようにファーレを見つめていたが、私の視線に気がつくと、彼もひとつ頷いた。
「エレイン、あなたは気がついていないみたいだけど」
ひとつ前置きをして、テオが言葉を続ける。
「あの花火は、合図だよ。じゃなきゃ、あんな深夜に派手な騒ぎを起こす必要が無い。報せる相手は……そうだな。同僚か、あるいはアンタの雇い主?答えろ、ファーレ」




