テールとテオ
ファーレとの会話が済んだのだろう。
続けて、今度こそ私たちの部屋の扉がノックされる。分かっていても驚きで飛び跳ねる私に対し、テオがしー、とジェスチャーをする。
「あなたは寝たふりをしていて」
テオはそう言うと、扉に向かった。
私は今更ながら、今何時かしら!?と戦々恐々としながら、ベッドに潜った。
髪を染めておいて良かった……!!
扉が開くと、先ほど以上に鮮明な声が聞こえてきた。……テール様の声だ。
「朝早くに失礼。私は、魔法協会セドア地方司令官ライラック・ハワードの許可を得て、この宿の捜査に当たっている。この宿に、行方不明になった私の婚約者がいるという情報を得た。この似顔絵に覚えはないか?」
「……見せてもらっても?」
テオの静かな声が聞こえる。
その声は淡々としており、いつも通りだ。
私は今にも口から心臓が飛び出しそうなんだけど……!
カサ、という紙の擦れる音が響き、少ししてからテオが答える。
「悪いけど、見たことないな」
「……そうか。いや、情報感謝する」
短く言うテール様に、テオがふと思いついたように尋ねた。
「その婚約者は、事件に巻き込まれたのか?」
「──」
(ひゃ~~~~!ちょっとちょっと、何聞いてるの!?会話は必要最低限でいいと思うのよ私はー!!)
何がきっかけで私だと気付かれるか分からない。
ベッドの中で悶えていると、予想外にも、テール様の静かな声が聞こえてきた。
「……いや。自分の意思で失踪した」
おっと。
じゃあ私の意思を尊重してください……とは、ならないのだろう。やはり。
「へえ。それなら、本人は戻りたくないんじゃない?」
思わぬところで援護射撃が入る。
そうよそうよー!いけいけテオ。押せ押せテオ。その通りである、全く。
「…………」
テール様は答えない。沈黙を肌で感じながら、私はそっと気配を伺った。
「……そうかもしれない」
そうかも、ではなく、そう、なのだけど。
塔から飛び降りた時に、私の気持ちは伝えたのだ。
それなのに、テール様が私を探している理由はやっぱり──
(……王家に、言われたのかしらね)
私を逃がすな、と。
私は、ふたりの会話を聞きながら静かに考え込んだ。
きっと、私は賢者という立場の人間だったのだろう。
今は、魔法を使えなくなってしまってるけど。
だけどそれを知らないテール様は、私を連れ戻さなければならないと思っているのだ。
(……ここで、もし
『はい!私はここにおりますわ!私こそがエレインです!うふふふふ、お久しぶりですわね、テール様。どうして婚約解消されてないんですの?あ、ちなみに今の私!なんと!魔法が使えません!!びっくりですわよね!恐らく今の私、もう賢者じゃないですわ〜〜!』
……とか言ったところで、解決するとは思えない)
だいたい、そんな時間もないしね。
枕に顔を埋めたままそんなことを考えていると、テール様の声がふたたび聞こえてきた。
「だけど、僕──私は、もう一度彼女と話がしたいと思ってる」
話、ね。
冷めた思いで、そんなことを考えてしまう。
「そう。見つかるといいね」
テオはそれだけ言った。
淡々とした、テオらしい、感情の篭ってない平坦な声。
それに、テール様が苦笑するのがわかった。
「この部屋に泊まっているのはきみだけ?」
「いや、もう一人。まだ寝てるけど……そこにいる」
どきりと心臓がはねる。
早鐘のように心臓が音を立てていた。
気付かれたら即ジ・エンド。
心臓がありえないほどバクバクと音を立てている。
テオは、手で私を示したのだろう。
テール様がこちらを見たのが何となくわかって、思わず息を詰める。
「…………っ」
微動だにせず、石のように固まっていると、毛布からはみ出している髪を見て──エレインではないと思ったのだろう。
テール様が困ったように笑った。
「そうか、朝早くにすまなかった」
(よっしゃー!気付かれずに済んだみたいね!グッジョブだわ、ええ!)
というか、恐らく、テール様は本気でエレインがここにいるとは思っていなかったのだろう。
だからこそ、こうもあっさり上手くいった。
目を瞑ったままふたりの様子を伺っているとテオが言った。
「……それじゃあ、俺たちはこれで」
「ああ、うん」
テール様の覇気のない声が聞こえてきた。
それに、少しだけ考える。
テール様の言葉を。
彼は、私と話したいと、そう言ったけど。
(今更、話したところで……ううん。違うわ)
私はもう、あなたと話すことなんて……話したいことなんて、ない。
話したかったことは、もう全て伝えた。
それに、話を聞いて欲しかったのは、もうずいぶんと前のことだ。




