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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

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テールとテオ

ファーレとの会話が済んだのだろう。

続けて、今度こそ私たちの部屋の扉がノックされる。分かっていても驚きで飛び跳ねる私に対し、テオがしー、とジェスチャーをする。


「あなたは寝たふりをしていて」


テオはそう言うと、扉に向かった。

私は今更ながら、今何時かしら!?と戦々恐々としながら、ベッドに潜った。

髪を染めておいて良かった……!!

扉が開くと、先ほど以上に鮮明な声が聞こえてきた。……テール様の声だ。


「朝早くに失礼。私は、魔法協会セドア地方司令官ライラック・ハワードの許可を得て、この宿の捜査に当たっている。この宿に、行方不明になった私の婚約者がいるという情報を得た。この似顔絵に覚えはないか?」


「……見せてもらっても?」


テオの静かな声が聞こえる。

その声は淡々としており、いつも通りだ。

私は今にも口から心臓が飛び出しそうなんだけど……!

カサ、という紙の擦れる音が響き、少ししてからテオが答える。


「悪いけど、見たことないな」


「……そうか。いや、情報感謝する」


短く言うテール様に、テオがふと思いついたように尋ねた。


「その婚約者は、事件に巻き込まれたのか?」


「──」


(ひゃ~~~~!ちょっとちょっと、何聞いてるの!?会話は必要最低限でいいと思うのよ私はー!!)


何がきっかけで私だと気付かれるか分からない。

ベッドの中で悶えていると、予想外にも、テール様の静かな声が聞こえてきた。


「……いや。自分の意思で失踪した」


おっと。

じゃあ私の意思を尊重してください……とは、ならないのだろう。やはり。


「へえ。それなら、本人は戻りたくないんじゃない?」


思わぬところで援護射撃が入る。

そうよそうよー!いけいけテオ。押せ押せテオ。その通りである、全く。


「…………」


テール様は答えない。沈黙を肌で感じながら、私はそっと気配を伺った。


「……そうかもしれない」


そうかも、ではなく、そう、なのだけど。


塔から飛び降りた時に、私の気持ちは伝えたのだ。

それなのに、テール様が私を探している理由はやっぱり──


(……王家に、言われたのかしらね)


私を逃がすな、と。


私は、ふたりの会話を聞きながら静かに考え込んだ。


きっと、私は賢者という立場の人間だったのだろう。

今は、魔法を使えなくなってしまってるけど。

だけどそれを知らないテール様は、私を連れ戻さなければならないと思っているのだ。


(……ここで、もし

『はい!私はここにおりますわ!私こそがエレインです!うふふふふ、お久しぶりですわね、テール様。どうして婚約解消されてないんですの?あ、ちなみに今の私!なんと!魔法が使えません!!びっくりですわよね!恐らく今の私、もう賢者じゃないですわ〜〜!』

……とか言ったところで、解決するとは思えない)


だいたい、そんな時間もないしね。

枕に顔を埋めたままそんなことを考えていると、テール様の声がふたたび聞こえてきた。


「だけど、僕──私は、もう一度彼女と話がしたいと思ってる」


話、ね。

冷めた思いで、そんなことを考えてしまう。


「そう。見つかるといいね」


テオはそれだけ言った。

淡々とした、テオらしい、感情の篭ってない平坦な声。

それに、テール様が苦笑するのがわかった。


「この部屋に泊まっているのはきみだけ?」


「いや、もう一人。まだ寝てるけど……そこにいる」


どきりと心臓がはねる。

早鐘のように心臓が音を立てていた。

気付かれたら即ジ・エンド。

心臓がありえないほどバクバクと音を立てている。


テオは、手で私を示したのだろう。


テール様がこちらを見たのが何となくわかって、思わず息を詰める。


「…………っ」


微動だにせず、石のように固まっていると、毛布からはみ出している髪を見て──エレイン(わたし)ではないと思ったのだろう。

テール様が困ったように笑った。


「そうか、朝早くにすまなかった」


(よっしゃー!気付かれずに済んだみたいね!グッジョブだわ、ええ!)


というか、恐らく、テール様は本気でエレイン(わたし)がここにいるとは思っていなかったのだろう。

だからこそ、こうもあっさり上手くいった。


目を瞑ったままふたりの様子を伺っているとテオが言った。


「……それじゃあ、俺たちはこれで」


「ああ、うん」


テール様の覇気のない声が聞こえてきた。


それに、少しだけ考える。

テール様の言葉を。


彼は、私と話したいと、そう言ったけど。


(今更、話したところで……ううん。違うわ)


私はもう、あなたと話すことなんて……話したいことなんて、ない。

話したかったことは、もう全て伝えた。


それに、話を聞いて欲しかったのは、もうずいぶんと前のことだ。



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