つまり、ピンチです ②
「きゃーー!!大変!超!ピンチ!やばい!」
思わず前世の言葉が口をついてでるというものだ。
いや、悠長にそんなことを!!考えている!!場合では!!ない!!
「おおいファーレさん??ファーレ??あなた、密告してないでしょうね!?疑わしいのはあなたなのよ」
吐けー!とばかりにファーレの肩を揺らす。
私もパニックになっていたのだろう。フルスイングコーヒーカップもかくやという勢いで揺らされたファーレは「してままませ……!は!な!せ!」とキレた。
それから、私の手が離れると、ファーレは服を整えながら答える。
「ひとまず、さっきの質問ですけど俺じゃないです。エレインはベッドに伏せていた方がいいんじゃないですか?顔を見られたらまずいでしょ」
早口に言うファーレに、私は一も二もなく頷く。まずは、隠匿。
これがもっとも重要である。
足音はもう、かなり近かった。
今、廊下に出たら間違いなく鉢合わせになるだろう。
(もし、軍の人間なら──私を探しているなら、窓から逃げても捕まる可能性が高い……)
軍が相手なら、恐らく周囲は包囲されているだろう。
廊下では、次々に室内の人間を確認しているのか、扉を開ける物々しい音が聞こえてくる。
──ドンドン!
「何!?何時だと思ってんのよ!!」
廊下の向こうから聞こえるのは、怒鳴る女性の声。
気持ちはよくわかるわ……本当、何時だと思ってるの。ご近所迷惑もいいところだ。
固唾を呑んで、私は耳をそばだてた。
「──は、魔法協会……を……ないか?」
何を言ってるかまでは……ハッキリと聞き取れない!!
だけど。
聞こえた単語と、何よりその声に。
私は目を見開いた。
「──」
魔法協会、って、それはつまり。
私は、僅かに考えてから、顔を上げた。
そしてハッキリとテオとファーレに言う。
「ねえお二方。良い報告と悪い報告、どちらから聞きたい?」
「言葉遊びしてる暇あるんですか?」
「いいから早く答えてー!時間が惜しいのよ!」
急かすと、テオが短く答えた。
「それなら、良い報告から」
このひとは意外にノリがいいのである。
私は、テオの答えに頷くと、まずは良い報告から口にする。
「まず、追っ手は軍関係者ではないわ」
「何でわかる?というか……一般人?ほんとうに?どう見ても一般人のやり方じゃないと思うんだけど」
ごもっともである。
普通、朝日も登りきっていない早朝に御用改めならぬ、突撃訪問は役職持ちの人間以外はまずやらない行為だ。
信じられない様子のテオに私はそう思った理由を説明することにした。
「悪い報告は、廊下にいるひと──ファーレ、あなたも気付いていると思うけど。……多分、私の……婚約者、だった……ひと、だと、思う」
多分、きっと、恐らく、メイビー。
さっき一瞬しか聞き取れなかったから、確証は、無い。
だけど可能性は高い。何せ、聞き覚えのある声だったのだ。
聞き間違えるはずがない。
私の何とも、信ぴょう性に欠けるあやふやな言葉に、ファーレがちらりと扉に視線を向けた。
それから、彼もまた、廊下の声を聞き取ったのだろう。確かに、という顔をする。記憶をたどったようだ。
「……ですね。俺もそう思います」
「うわー!!やっぱり!!」
小声で叫ぶ。
もはや気持ちはムンクの叫び。いや実際そのポーズをしている。
「うわーうわー!どうして!?ものすごく困るのだけど!!」
帰って!!今すぐ帰って!!
念を送るが、生憎私はテレポーテーションの使い手ではない。断念する。
つまり、扉の外にいて、御用改ならぬ突撃隣の客室を訪問しているのは、私の元婚約者、だったひと。
テール様である。
そうこうしている間に、声は近づいてきていた。
ドンドンドン、と朝の五時とは思えないノック音が廊下に響く。続いて、扉を開く音。
「な、何だ急に!?」
泊まっていたのは、男性だったらしい。
戸惑いと困惑が滲む声がする。そりゃあそうよね。それに応対するのは──やはり、聞き覚えのある、ありすぎる声。
距離が近いからか、今度は明瞭に、ハッキリと会話が聞こえてきた。
「朝早くに失礼。私は、魔法協会セドア地方司令官ライラック・ハワードの許可を得て、この宿の捜査に当たっている。この宿に、行方不明になった私の婚約者がいるという情報を得た。この似顔絵に覚えはないか?」
「はあああ?」
奇しくも、私は突撃訪問を食らった男性と同じ意見を抱いた。
というか、というか、そもそもの話よ!?!?
(婚約者がいるって、おいおいおい〜〜冗談はやめて欲しいものね。いやいやいや本当に!?本当に言ってるのちょっと!えっ……現在進行形なわけ!?)
あまりに混乱して、脳内でセルフツッコミをしてしまう程である。
婚約は解消しましょうって私、言ったーー!
両家にも手紙を出したわよね!?
なのになぜ、まだ婚約者なの!!
状況説明求めるわよ!とファーレに視線を向けるが、ファーレはなにか考え込んでいるようだ。
(よーしよし、まずは落ち着きましょう。深呼吸、深呼吸)
ひとまず、私は今算段を立てることにした。
(とりあえず、よ?今は絶対、テール様と鉢合わせになりたくない。なったらまずい。一環の終わり。私の平民人生もここで終止符よ)
チラ、と窓に視線を向ける。
私の視線に気がついたのだろう。テオが小声で言った。
「今は移動しない方がいい。余計怪しまれる」
「同意見です」
ファーレも同意した。それから、移動すんなという言葉に同意したくせに窓辺に向かう。
言葉と行動が一致していない。変な顔になった私に構わず、ファーレが窓の外に視線を走らせて言った。
「おー。やっぱいますよ、見張り」
「なら戻りなさいよ、ターンよターン」
私小声で言いながら、戻るよう指で指示を出すを
しかし、ファーレは私を見ると、なぜか意味深ににっこりと笑った。
あっ、嫌な予感がする。
そして、嫌な予感というのはいつだって、当たるものなのである。
「でも俺、こういうの、得意中の得意なんですけど……ねっ」
そう言うと、急にファーレは窓を開け、するりと身を乗り出した。
「はっ……」
はあああああああ!?!?
今、見張りがいるって言わなかった!?
というか移動すんなって話もしてたわよね!?おい!ファーレ!こら!
捕まえる暇もなく、あっという間にファーレの姿がこつ然と消えた。
彼は窓枠を掴むと、そのまま上に消えたよう……に見えた。
唖然としていた私だが、ハッと我に返り、そろりそろりとベッドの上を移動し、窓に近寄る。しかし、やはりファーレの姿は見当たらない。
(マジック??)
目を瞬く私とは裏腹に、テオはそこまで驚いている様子はなかった。壁に背を預けたまま、何度か瞬くとぽつりとテオが言う。
「……驚きの身体能力だね。ま、これで人数は減ったし、いいか」
「んんんん??待ってどういうこと?教えて欲しいのだけど」
私が尋ねた直後、まさかのこのタイミングで、扉のノックが聞こえた。
ついに音は、隣の部屋まで迫っていた。
元々、隣はテオが泊まっていた部屋だ。
今は無人。飛ばしてこっちに来るのかと思っていたら──隣室の扉が開いたようだった。
「えっ」
隣の部屋の壁を見つめると、思い出したようにテオが言った。
「……そういえば、部屋の窓、開けたままだったね」
「……つまり?」
それだけで伝わると思わないでほしい。
私はごくごく平均的な平凡な人間なので、一で十伝わるわけではないのである。
補足を求めると、テオが静かに答えてくれ──
「今、隣の部屋にいるのは──」
ようとした、のだ。今。
しかしテオが最後まで言い切る前に、廊下から声が聞こえてきた。
「朝早くに失礼。私は、魔法協会セドア地方司令官ライラック・ハワードの許可を得て、この宿の捜査に当たっている。この宿に、行方不明になった私の婚約者がいるという情報を得た。この似顔絵に覚えはないか?」
「…………」
「……ない、か?」
相手は答えなかったようだ。
というか誰。誰なんですか。今隣の部屋にいるのは……!!
ヤキモキしていると、テール様……かつての婚約者が苦笑したのが聞こえてきた。
「それならいいんだ。朝早くからすまなかった。お嬢さんの眠りを妨げてしまったね」
そして、扉が閉まる音が聞こえてくる。
レディ?
そういえば、私。
(ファーレに化粧、してたわよね……)
……もしかして。
私はある推測を抱いた。
私は顔を引き攣らせて、隣の部屋を指で示す。私の推測に気がついたのだろう。テオが答え合わせをするように、薄く笑みを浮かべた。実に楽しそうな笑みだ。珍しい。……じゃなくて!
(まさか、まさか──)
今、廊下で話しているのはテール様と……(女装した)ファーレ?




