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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

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神様〜〜〜〜



「いや〜〜〜〜一時はどうなるかと思いました」


そう言うのはファーレである。

今、私たちはジェームズ・グレイスリーの地下室から脱出し、付近の林に身を隠していた。


「それはこっちのセリフなんだけど……。何がどうして、あんな騒ぎになったわけ?というか、何してたの?いや、ほんとうにさ」


そう言うのは、先程合流を果たしたテオである。


あの後、私たちはテオと合流した。というのも、ジェームズ・グレイスリーの地下室から脱出した後、騒ぎを聞き付けた憲兵に気付かれないよう移動していた時、偶然鉢会ったのである、テオと。


私は木の幹に背を預けるようにしながら座り込んだ。


(つ……………疲れたああああ!!)


精神的にも、肉体的にも。

精神的に気が張っていたし、肉体的には地下牢からここまでダッシュを決めたので、、ものすごく疲れた。


何せこの十七年、本気で走ったことなんて無かったんだもの……!!


肩で呼吸を繰り返し、息を整えている私とは違い、ファーレはいつも通りの様子だ。

き、基礎体力……。基礎体力(と筋肉量)の差がここで出た……!!


まるで、駅の階段を登ってゼエハアする貧弱アラサーと、平然としている健康体高校生のような有様である。


(…………いや、仕方なくない!?!?だって私、この十七年、室内で育ったもの!!運動なんて無縁も無縁!!せいぜいダンスレッスンくらいよ!!)


それに、私はダンスが特別好きというわけではなかったし、私の興味は魔法にあったのもあって、熱心にやっていたわけではない。レッスンをこなしていた程度だ。

つまり、何が言いたいかと言うと──


「私の体力は……はぁ、貴族令嬢の、平均だと、思う、のよ……はー、はぁ」


呼吸を繰り返し、肩で息をする私を、ファーレが残念そうなものを見る目で見てくる。


「……頑張ってるのは伝わってきました。走り慣れてないと、ああいう走り方になるんですね」


そして、可哀想なものを見る、つまり同情を多分に含んだ顔になる。


「あっ……ああいう走り方って何かしら〜〜!?はっきり言ったらどうなのよそこは〜〜!!」


どうせ面白いフォームで全力疾走してたわよ!!

手を振り回さないと速度が出ないのよどうしてかしらね!!

フラメンコの踊りみたいに走ってたわよ私はーー!!


声を荒らげる私に、テオが人差し指を口元に当てた。


「エレイン、静かに。まだ早朝だから」


「…………」


……そう。現時刻は、朝の四時半。

あと四十五分ほどで、船が出る。


私はすぅ、と深く息を吸った。

そして、ファーレに抗議の視線を向けた。


「頑張ってる淑女……少女を馬鹿にするのは良くないと思います〜〜」


そして、盛大に(小声で)ブーイングを贈る。

それにファーレが取り繕うように手をあげた。


「いや、頑張りを褒めてるんですよ。それよりエレイン、さっき盛大に転げてましたよね?足は大丈夫ですか?」


その言葉に、私は自身の足に視線を向けた。

その通り、私は先程盛大にずっこけたのである。

思い出すのも恥ずかしい転げ方をしたので思い出したくない。具体的に言うと、バレリーナくらい足が上がった。すごい、人間ってあんなギャグ漫画みたいに転ぶのね……バナナで足を滑らせたくらい勢いがあった。客観的に見ていたら、笑いを誘うアクロバティックさだったに違いない。

私はその時の記憶を葬り去ることにして、そっと足首に手を当てた。

そして、ひとつ頷く。


「…………うん、腫れてるわ」


おまけに、意識すると痛みが「やあ!こんばんは!!」という具合にやってきた。来なくていい。


(捻挫を回復してまた足をひねるなんて……ツイてないわ……)


仕方ない。

私はため息を吐くと、自身の足首を引き寄せて、回復魔法を使った。

先程と同じように、詠唱を口にする。


「ανάκτηση」


その瞬間、先程のように淡い煌めきが場を──




包ま、ない。


(…………あれ??あら??あらら??)


私は石のように固まった。

手を掲げたまま動かない私を見て、ファーレとテオが無言になる。気まずい空気が漂う。


「…………」

「…………」

「…………」


私は、目を瞑り、ふっ、と微笑んだ。


(いや〜〜あ、そんな馬鹿な、ね?)


気を取り直して、もう一度魔法を詠唱してみようじゃないの!!


(今のは、ほら。練習、みたいな?そういうあれよ、うん)


練習とかじゃなくて普通に使おうと思ってたけどね??


「……ανάκτηση」


ふたたび詠唱を口にする。


しかし──


「…………」

「…………」

「…………」


待てど暮らせど、変化は、なく。

ホォ、ホォ、とどこかでフクロウの鳴く声が聞こえてくる。

こころなしか、その声は寂しげに聞こえた。

いや、寂しいのはこの空気感か……。

私はゆっくり手のひらを開くと──


「ανάκτηση,ανάκτηση, ανάκτηση, ανά……κτηση〜〜〜〜!!」


もはや魔法も何も無い。念仏のように唱えた。手の動きも掲げるのではなく、激しく宙を切ってみる。

ぶんぶんと、もはや推しの現場でペンラを振るオタクのような有様になっていたが──


(使え、ない!!)


きゃあああああ嘘でしょ信じられない。

絶望のあまり草むらを転げ回りたくなる思いである。


(魔法が、使え、ない!!!!)


なぜでしょう。なぜなのよ!?


(神様〜〜〜〜!!!!)


私は空を仰いだ。東の空から、朝焼けが見える。それがいやに目にしみて、私はふっ、と乾いた笑みを浮かべた。

そうして、なぜか私はふたたび魔法が使えなくなってしまったのだった。





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