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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

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それを早く言えっていうのよ

だけどその前に、ジェームズ・グレイスリーには聞きたいことがある。

私は伯爵に視線を向けた。


「……セドアの街で、聞いたけれど。魔力を与えられた後、私はどうなるのかしら?」


街の広場で聞いた噂話を思い出す。


『四番通り、木材屋の倅のサムがいるだろう?あの落ちこぼれのサムだ!あいつ、伯爵邸を訪れたんだってよ!それからなぁ、いきなりとんでもねぇ魔力を持つようになって……』


その後、その【サム】がどうなったかまでは聞けなかった。だ

けど──魔力を増やす方法なんて聞いたことがない。何か、裏があるはずだ。


伯爵が大切にしている、ブラウグランツ。

その正体は一体何。


私の疑問に、ジェームズ・グレイスリーが笑みを深くする。


「……よい質問です。場所を移しましょうか」


「ここで結構よ。不安は早く解消したい性格なの」


「せっかちですねぇ、まあ、いいでしょう。魔力には、それぞれ型があるのはあなたも知っているでしょう?俗に言う、魔素(M)因子(G)記号(S)というやつだ」


MGS。正式名称をMana(マナ) Gene (ジーン) Symbol(シンボル)

前世で言うDNAのようなものだ。ひとにはそれぞれ魔力記号があり、魔法を行使すると魔法痕──指紋のようなものが残る。

その魔力構成回路式が、MGSに当たる。

頷くと、ジェームズ・グレイスリーは気分が良いのかペラペラと話し出した。


「この石は、他者の魔力を吸い込み、他者に魔力を吹き込む、そんな特別な……神の祝福を受けた石です」


「祝福?私には、いわく付きにしか思えないけど」


「まだこの石の素晴らしさが分かりませんか?この石は、本来禁忌とされた魔力の譲渡を可能とする代物だ」


その言葉に、ファーレが答えた。


「ソレの本来の役割は、瘴気を吐き出すこと、ですよね?それを説明しないなんて、フェアじゃないなぁ、グレイスリー伯爵?」


「瘴気を……吐き出す?」


ファーレの言葉を繰り返すように、私は彼に尋ねる。


(瘴気……って、あの(・・)、瘴気!?)


確か、テオが言っていた──


『魔力と対を成す存在の【瘴気】。……それが、濃くなってきている。この二十年で緩やかに広がりを見せているが──ここ数ヶ月は異常だ』


その、魔力と対を成す存在の瘴気を……この、石が吐き出している?


予想外の言葉に唖然としていると、目をすがめたジェームズ・グレイスリーがファーレに尋ねた。


「……それを、どこで?」


「お。その反応は当たりですか?」


ファーレが軽い口調で尋ねた。

さっきの私と同じやり口である。


それにジェームズ・グレイスリーはカッとなったのだろう。


「貴様……!!」


しかし、彼がなにか言うより先に、ファーレが話を遮るように話を続ける。


「そもそもの話!ですよ。おかしいんですよ!魔力譲渡を目的とした魔道具なんて、聞いたこともなければ見たこともない。で、それを可能とするそのブラウグランツ?それ、どう見ても自然発生したやつじゃないですよね」


「…………」


ジェームズ・グレイスリーは、ファーレを睨みつけるように見ている。もはや、憎悪の篭っているような目だ。鋭すぎる視線は、それだけでひとを殺せそうだと思った。

しかしファーレはそんなジェームズ・グレイスリーの様子には構わず、落ち着いた声で説明を続ける。


「魔力譲渡のためだけに生まれたもの、と考えるのはあまりに俺たちに都合が良すぎる。そんなのがあると分かっていたら、アンタが言ったように魔力欠乏症で死ぬひともいなくなるでしょうね。王女殿下の寿命も爆伸びだ」


おどけるように、ファーレは両手を広げてみせた。


「王家からは盛大な感謝がされ、恩も売れる。陞爵も有り得る。辺境伯という立場にありながら、何してんだかわかんないと社交界で噂されるアンタからしてみたら、これを使わない手はない。……ですよね?」


ジェームズ・グレイスリーは答えない。


「王女を救えば、王女を溺愛する王様からふっか〜〜ぁい感謝をされていい事づくめのはずなのに……なぜしない?」


若干ばかにしているような言い方だけど、それは的を射ているようだった。ジェームズ・グレイスリーは答えないが、代わりに疑い深い視線をファーレに向けている。迂闊に答えて、揚げ足取りをされる──あるいは、隠そうとしている真実に気付かれるか分からない。そのために警戒しているようだった。

ファーレはジェームズ・グレイスリーの答えを期待していたわけではないようだった。

恐らく彼の目的は──


「推測される理由は、おおよそ三つだ」


「……聞きましょう」


ここで、ジェームズ・グレイスリーが答える。

ファーレは茶化すような、いや、煽るような挑発的な笑みを浮かべると、いたって平然と語り始めた。


「まず一つ目は、王女を助けたところでメリットがない。アンタは利権狙いなんかではなく、むしろ王族とお近づきになることを嫌がっている……と考えているパターン。可能性は無くはないですけど……アンタが賢者を作り出そうとしている理由を考えれば、おそらくこれ(・・)ではない、ですよね?」


「…………」


ファーレは「二つ目に」と人差し指と中指を立てた。


「王女を助けることで、アンタに不都合なことがある場合、だ。例えば、そのブラウグランツっていうのが知られたらまずい、とか?」


「──……」


わずかに、ジェームズ・グレイスリーの顔が強ばった。


そして私は、といえば。


(何の話をしているか全く理解が追いつかない)


後で解説をしてもらおう、うん。

今、話の腰を折るのは得策ではない。

船の時間も迫っている。

ファーレは人差し指、中指、そして薬指を立てると最後の持論を語った。


「そして最後。俺はこれだと思ってるんですけどね。……そもそも、そのブラウグランツでは、ひとを救えない」


ブラウグランツでは……ひとを救えない?

そもそもその石壁が何でできているのか、正体不明だけど。

さっきファーレは瘴気を吸い、瘴気を吐き出す、と言った。それが真実なら、あれさえどうにかすれば、瘴気は消える……?


(そもそも、ジェームズ・グレイスリーはその石を使って何をしようとしているの?)


そこでふと、私は先程のジェームズ・グレイスリーの言葉を思い出した。


「そういえば。あなた、さっき『治験が終わったら』と言っていたわね」


つまり、これは彼にとっての臨床試験。

副作用、と称したのも納得がいく。

勝手に被検体にされたのは普通に腹が立つけど……そこでハタ、と思い当たる。


(……もしかして、ここに閉じ込められているひとたちも?)


同じように、被検体に──あのブラウグランツとやらに魔力を与えられたひとたち、なのだろうか。


ちら、と彼らに視線を向ける。

牢の中の彼らは、私たちの話がどう転ぶか分からないのだろう。

固唾を飲んでこちらを見ていた。


ファーレも同様に彼らを見たあと、ジェームズ・グレイスリーに視線を戻して続きを口にした。


「……あるいは、アンタ自体はブラウグランツ(それ)に希望を見出しているが、実際そこまでの機能がそれにはない──とか。どうです?結構いい線、いってると思うんですけど」


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