もしかして毒林檎?
私自身は、生まれつき魔力が豊富なのもあり、魔力を失ったのはつい最近のこと。だから、ジェームズ・グレイスリーの言葉は的外れもいいところなのだけど──
(彼は、何のためにわざわざ魔力なしを貶すのかしら……?)
そこには、何かしらの意図があるはずだ。
ただ私にムカついたから苛立ちに任せて言っているわけではない……はず。
考察めいたことを考えていると、ジェームズ・グレイスリーが私に言った。
「お嬢さん、この石に手をあてなさい。そこで願えば──」
彼がそこまで言った時、だった。
牢の中にいる女性が、悲鳴のように声を上げる。
「だめよ!!その男の言葉を聞いてはだめ!!」
「……………」
ジェームズ・グレイスリーが目を細める。まるで、煩わしいとでも思っているような、そんな目だ。
「──」
それに、思わず背筋が冷えた。
ジェームズ・グレイスリーという人間は、出会った当初からずっとにこやかで、穏やかそうな男に見えた。何も知らない人間が見たら、良いひとそうだ、と第一印象で思うことだろう。
しかし──今のジェームズ・グレイスリーの目は、驚くほど冷たい。
生気がない、というのとは、また違う。
つまらなそう。そう、つまらなそうな、目。
あるいは、空っぽの、目。
ジェームズ・グレイスリーが指を鳴らす。
すると、牢を囲うように火の手が上がる。
「な……っ」
驚きに声を上げる。突然の火の手に、牢の中の人々は悲鳴をあげた。
「きゃああああ!」
「うわああああ!!」
「やめて、消して!!消してったら!!ねえ!!」
「ここから出して!!」
(これ……)
酷い光景だった。
この状況は、異常だ。
牢の中を火の手が襲うが、ある一定の範囲以上は燃え広がらないよう指示を出したのだろうか。それ以上、火の手が広がることはなさそうだった。ギリギリ、囚われたひとたちも火の手に巻き込まれることはなかったようだ。
いいえ、違う。
今のは脅しだ。
だから、意図して彼らを焼かなかった。
「下衆のやることね」
ハッキリと言うとジェームズ・グレイスリーがにこやかに笑った。
それが、時計仕掛けで動く人形を思わせて、この空間のせいもあるのだろう。不気味に見えた。
「言うことを聞いていれば、私は何もしません。ええ」
「言うこと、というのは、あなたの命令通りに動くお人形さんになれ、ということ?ドール遊びの趣味でもあったの?伯爵」
「あなたは言葉が過ぎますね。口を塞いでしまいましょうか」
次の瞬間、ジェームズ・グレイスリーがちいさく呪文を呟く。
しかし──魔法を詠唱しても何も起こらない。
(……不発?)
いえ、そんなことはないはず。
今、口にした魔法詠唱は正式なものだったし……魔法式に誤りがあった?
ジェームズ・グレイスリーを警戒しながら見ていると、彼も同様に怪訝な顔になった。
「……おや?魔力なしだから、効かない?……いや、そんな話は聞いたことがない。見たこともない。事実、今まではそんなこともなかった」
自問自答を繰り返すかのごとく、ジェームズ・グレイスリーはブツブツと呟いた。
それから、のっそりと彼は顔を上げる。
それまでのっぺらぼうのごとく無表情だったジェームズ・グレイスリーは、私を見た途端、ふたたび満面の笑みを浮かべる。
「──……」
ゾッとした。気味が悪い。寒さのせいではない鳥肌が立つ。
ジェームズ・グレイスリーが朗らかに振る舞えば振る舞うほど、こころがザワついた。なにかがかけちがっているような、そんな違和感。
「つくづく、興味深いですね。お嬢さん?お名前を聞いてあげましょう」
え、偉そう。
私はちらりと牢の中に視線を向けた。
火は、まだ燃えていた。
燃え広がってはいないようだけど──熱いだろうし、息苦しいだろう。
早いところ、何とかしなければ。
ファーレを見ると、彼はただジェームズ・グレイスリーに視線を固定していた。
「名無しで結構よ。火を、消してもらえる?」
「なぜ?」
「息苦しいもの。気を失ってしまうわ」
私の言葉に、ジェームズ・グレイスリーは一理あるとでも思ったのだろうか。ふたたび指を鳴らす。すると、炎は消えた。
しかし、空気は非常に乾いていて、喉が渇く。
潮の匂いも合わさって、空気は最悪だ。
「生意気なお嬢さん。私はあなたの希望を飲みましたよ。つぎは、あなたの番だ」
ジェームズ・グレイスリーの言葉を受けて、背後で音がする。振り返れば、いつの間にか地上で私たちに攻撃を仕掛けてきた謎のローブ集団が再集結している。
(ふぅん……言うことを聞かなければ、無理やりにでも、というやつね)
おおかた、囚われているひとたちも似たような状況にあるのだろう。
だけど──ジェームズ・グレイスリーの募集を受けて集まるのは、魔力量に自信があるひとのはず。囲まれても、魔力量が高ければ逃げることは可能だと思えるけど……。
視線の先に煌めくのは、ジェームズ・グレイスリーが言った【青の輝き】。
(あれに、なにか秘密がある……?)
カラクリがあるとしたら、あれ……?
私はファーレに視線を向けて彼を促した。それを受けて、ファーレは私を抱えたまま、ジェームズ・グレイスリーの元に向かう。
コツ、コツ、と静かな足音が響いた。
やがて、私たちは岩壁の前にたどり着いた。
青く煌めく鉱石は広範囲に広がっている。本当に、まるで鉱石のようだ。
削り取って研磨すれば、宝石になりそう。
私がそんなことを考えていると、ジェームズ・グレイスリーが言った。
「さあ、時間ですよ。シンデレラ」
(シンデレラ……?)
はあ?という気持ちである。




