裏の手は秘匿するのがお約束
「……時間は?」
それにファーレがポケットから懐中時計を取り出す。
おお、凄い。常備してるのか。
それに目を瞬く。こんな真夜中に突然、外に出ることになったというのにしっかりファーレは懐中時計を用意していたらしい。
その用意周到さには舌を巻くが、そもそもこんなことになった原因の八割はファーレにあるのだと思い直す。
(深夜にあやしい行動を取るテオもテオだけど……!)
突然連れ出すファーレもファーレである。
私の意識がなかったらそれこそ誘拐だ。(ちなみに残りの二割の原因はテオにある)
テオもファーレも何を考えているのかわからない。
仲間にするにはあまりにも心もとないけど……仕方ないわ。今の私の状況では、贅沢は言っていられないのだから。
(表向き)協力してくれる人間がいることに感謝しなければ……。
そう思ったところで、私は首を傾げた。
(…………うん?いえ、でも私が足をくじいた原因って、ファーレにあるわよね??)
改めて思うに、魔法は使えなくなるわ、自力で歩けないわで踏んだり蹴ったりすぎる……!!
やっぱり、ファーレには責任を取ってもらわなければ。私がそう思い直していると、ファーレが小声で答えた。
「あと二時間半。使える時間は二時間程度だと思います」
そういえば時間を確認してもらっているのだった。
というか、ジェームズ・グレイスリーってこの洞窟の奥で多分待ってるのよね??あんまり遅すぎると戻ってきちゃわない?
RPGさながらNPCみたいに、私たちが行動するまで待ってくれないかな……。
「……分かったわ」
「どうします?」
「行きましょう。ここまできたら乗りかかった船だもの。ただし、二時間以内にここを出たいわ。できる?」
私の答えに、ファーレが挑戦的に答えた。
「もちろん、いけます。……俺を誰だと思ってるんです?」
「私の答えを待つことなく攫うように宿を飛び出した挙句、落とし穴に落ちる暗殺者……かしらね」
「結果良ければ全てよしって言うじゃないですか!それに暗殺は得意ですけど、暗部ですからね俺は」
「何でも屋は廃業したの??」
「ご存知ですか?エレイン。暗部の人間ってほぼほぼ仕事内容は何でも屋なんですよ。つまり雑用です」
「はーん……要は物は言いようってことね」
「まあ暗部の人間なんて基本的に使い捨ての駒ですからねー」
……という、いまいち噛み合ってるのか噛み合ってないのか疑問なやり取りを交わした後、私たちは洞窟へと向かった──のだけど。
「何してるの?」
背後を気にするファーレに尋ねると、彼が意味深に片目を瞑って見せる。
「転ばぬ先の杖……の用意です」
謎かけか??謎かけでもしてるのかしらこのひとは??この状況で??
ちょっと、いやかなり腹が立ったので、私はファーレの頬を両手でそれぞれ摘んだ。
「おお、あんまり伸びないわね……」
意外な発見に驚いていると、流石に頬を引っ張られるとは思わなかったのだろう。
ファーレが引き攣った笑みを零す。
「ご令嬢の振る舞いとは思えませんね……離してくれます?」
「だから令嬢のエレインは死んだって言ったでしょ。今ここにいるのは平民の私!そんなことより、ハッキリ言いなさいよ!そういうのすっごいモヤモヤするのよ!こんな時になぞかけやってんじゃないわよ……!!」
「あー分かりました!はいはい言いますから!」
なんだか面倒くさそうに答えられたが、言うことにはしたそうだ。なので、私も手を離す。
すると、「乱暴だなー」とファーレがため息を吐いた。
(……あのねー!この状況で、意味深なことを言う方が悪いと思うのよ!私は!!)
亡命できるかできないか、かかってるっていうのに!
抗議するように睨み……もとい見つめていると、気を取り直したのか、ファーレが小声──さっきよりずっと小さな声で、続けた。
「あんまり、裏の手を明らかにするのは好きじゃないんですよ。裏の手ということは、追い詰められた時の最終手段ってことですから」
「で?」
はよ言え、という気持ちで耳を向けると、ぞんざいな言葉で返された。
「話聞いてるかあんた」
「良いから、早く」
胡乱な目を向けると、ようやくファーレがその裏の手とやらを吐いた。
「つまり、ですね」




