これっていわゆる詐欺メール?
「…………」
「…………」
瞬時に、私はファーレと顔を見合わせた。
言葉はなかったけど、お互いアイコンタクトで言葉を交わす。
(ひゃーーー!!いきなりビンゴ引いちゃったじゃないどうすんのよ!?)
という私の視線に対し、ファーレがやけに自信ありげに私を見つめ返した。
(流石俺ってところですかね!カンが冴えていると言いますか!)
(この場合、ツイてないって言うんじゃないの!?あなた分かってる!?あと三時間切ってるのよ!?)
(大丈夫ですよ。安心してください)
(安心できるかっていうのよ……!!)
……という、互いに意思疎通が正常に果たされているかは半ば疑問だが、そんなやり取りを交わしたところで。
ジェームズ・グレイスリーが私たちに声をかけた。
「では、ご案内しましょう。……おや、そちらの女性は怪我をされているのですか?」
「……ええ」
警戒しながら答えると、ジェームズ・グレイスリーは朗らかに微笑んだ。日中の地上で出会ったなら優しげに見えるその表情も、この異質な状況では怪しく見える。
優しげに見えるからこそ、不気味なのだ。
ジェームズ・グレイスリーは何度か頷くと、ゆっくりと言った。まるで、言い聞かせるように。
「治癒魔法は非常に高度な魔法ですが……ご安心なさい。賢者になれば、その程度の怪我もすぐ治りますよ」
「賢者になる、というのは?誰にでもなれるもんなんですか?」
軽い口調で尋ねたのは、ファーレだ。
職業柄、場馴れしているのかファーレはこの状況でも変に気負ったりはしていないようだった。その変わらなさが心強い。
(ジェームズ・グレイスリーのことも気になるけど……まずはここからの脱出が先だわ)
囚われている間に船が出てしまいました、なんてなったら笑い話にもならない。……テオとも合流しなければならないしね!
それにしても、テオは一体どこに行ったのだろう。彼は、この邸の裏口に回ったようだった。その足取りに迷いはないように見えたし、土地勘があるのだろうか。
少し考え込んだが、テオのことを考えるのは後にしようと私は顔を上げた。
視線の先では、ジェームズ・グレイスリーがファーレの質問に鷹揚に頷いたところだった。
「あなたの魔力量はごくごく平均ですね。欠点ではありませんが、特筆するところもない」
「それはどうも。それで?俺の質問に答えてくれるんですか?グレイスリー伯爵?」
「ええ。質問に答えましょう。騎士にはそれ相応の礼儀を払わなければなりませんからね」
「…………」
騎士扱いされたファーレはほんの一瞬沈黙した。
とはいえ、彼を知らない人間からしたら何を考えているかまでは分からないだろう。
だけど、短くともファーレと過ごした私にはわかる。この顔は──
(『俺、騎士じゃないんだけどなー。ま、いっか』……という顔だわ……!!)
暗部としての矜恃でもあるのか、そんな微妙な顔をしたファーレだったが、すぐに何を考えているかわからないような、含みのある笑みを浮かべた。
恐らくこれがファーレの仕事用の顔なのだろう。
相手に、何を考えているか悟らせないようにするために。
ジェームズ・グレイスリーは、ファーレのそんな、一瞬の表情の変化には気付かなかったのだろう。
彼は両手を広げると、まるで演説する権力者のように声高に言った。
「ええ。誰でも賢者になれます。どうです、夢のようでしょう。あなたも、あの寓話を知っているからこそ、ここに来たのでしょう?勇気あるものよ」
「……俺は、半信半疑ですけどね。そもそも、賢者なんて本当にいるんですか?」
「おや。信じているから足を運んだのではないのですか?」
「だから、半信半疑なんですよ。本当に賢者になれるなら、それこそ夢のような話だ。だけど、誰でもなれる……なんて、怪しいことこの上ない。誰でも賢者になれるんなら、あちこちに賢者がいて然るべき。それなのに、賢者が現れた……なんて話は今まで聞いたことがない。その理由はなぜ?」
(たしかに……!!)
私は思わずうんうん、と頷いた。
前世風に例えるなら、詐欺メールのようなものである。
宝くじに当たったから振込先を教えろだの、総理大臣に選ばれたから手数料をウン万円払えだの。
(迷惑メールって一回くるととんでもない量がきはじめるのよね……)
絶対どこかで流出しているのだと思う。
私はメルマガあたりを怪しいと踏んでいる……のは、どうでも良くて!
詐欺メール同様、もしそれが真実なら世の中には億万長者だらけだし、総理大臣だらけだし、今回に至っては、賢者があちこちにいて然るべきだ。
しかし、今のところそんな話は聞いたことがない……となると。
(詐欺……もとい、偽りの可能性が高い)
ジェームズ・グレイスリーの目的は何なのだろう。ひとを集めて、賢者に仕立て上げる、なんて噂まで流して。
人身売買?いえ、それならもっといい謳い文句があるはず。それに──セドアの街で聞いた話によると、実際、魔力を与えられたという男がいたらしい。
(何か……からくりがあるはず)
私がそう考えていると、ジェームズ・グレイスリーがため息を吐くように笑った。
「……まずは、こちらにいらしてください。話は、後です」
そういうと、彼は踵を返してしまう。
向かう先は、奥の洞窟だ。
私とファーレは互いに目配せをした。
そして、頷く。
どうやら、考えることは同じようだ。
(……ついていってみよう。ここから脱出するのが先決とはいえ、ここまできたらこの先になにがあるのか──)
知りたいもの。
それに、もしかしたら私の魔力回路を治すきっかけになるかもしれない。
私は少し考えたあと、こそっとファーレに尋ねた。




