表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/100

寓話は誰のためのもの







「俺、思ったんですけど」


「何?もしかしてやっぱりおとなしく宿に居ればよかったわ〜〜って?それなら奇遇ね!私も全く同じことを思ってるわ!!」


私はヤケっぱちに答えた。

大体、ここどこよ!?


あの後。つまり、穴に落ちたあと。

ファーレと(ファーレに抱えられている)私は、彼自身が受身を取り無事着地したので、お互いに怪我はないようだった。


(ただ……)


真っ暗だ。何も見えない。


彼ら──私たちをここに誘導した男たちの話によると、ここは【賢者喰い】ジェームズ・グレイズリーの邸らしい。


他人に魔力を与えるだの、神を自称するだの、きな臭いにも程がある。絶対後暗いことがあるわ、と思ったものの。


(まさか私たちがここに来ることになるなんて……)


来る、というより落とされた、と言うべきかしら。


自分たちが落ちてきた穴を見上げてみれば、そこは既に封鎖されていた。もしかしたら落とし穴のような構造で、重みが加わった時だけ開くような仕様にしているのかもしれない。

頭上を見ても暗闇しかないのでため息を吐いていると、その間何事か考え込んでいたのかファーレが頷いたように言った。


「いえ、でもこれは良い機会ですよ。むしろ、絶好のチャンスなのでは?」


「何が??」


何がどう良い機会なのよ。絶対ピンチでしょ。

胡乱な視線を──見えていないだろうけどファーレに向けると、彼は至極真面目な声で答えた。


「テオの素性を知る絶好の機会です」


「素性を知る前に船が出そうなのだけど??」


「そこは……まあ、なるようになるということで!」


「絞めるわよ!!」


私は未だファーレの首に掴まったままである。彼の首を掴んで前後に揺さぶると、揺らされながらファーレが取り繕うように言った。


「冗談ですって!いざとなったら脱出しますし、心配しないでください」


「脱出って……どうやって?」


「そりゃー、俺は身軽な暗部の人間…………」


そこで言葉が止まったのは、今のファーレは身軽ではないからだろう。いや、身体能力で言えば身軽のままなのは違いない。

だけど、今の彼には私という文字通り大きな荷物があるわけだし、そもそもファーレひとり脱出したところで私が取り残される。

そこはどうなのよ、とファーレ(と思わしき影)を睨みつけていると、気配を察知したのか、ファーレが軽く笑った。


「…………ピンチはチャンスとも言いますからね!暗部の基本です!」


「おい!!」


思わずドスの効いた声で、ふたたびファーレを揺さぶってしまう。揺さぶられながらファーレが「揺れる揺れる、揺らさないでください落としますよ」と言った。


(こ、こいつ……!落としちゃいますよ、じゃなくて落としますよって言ったわね!?!?)


不可抗力ではなく、故意に落とすというのである。ここはもう、その長い髪を引っ張ってやるべきかと考えていると、そこで口元を覆われた。誰に、と言ってもこの距離だ。ひとりしかいない。


「ンンッ!?」


「しっ」


そして、私の口を覆ったあとで、ファーレが短く言う。その言葉に、この場に私たち以外の誰かがいる──あるいは、誰かが来たのだと知った。

この暗闇……暗闇?


いつの間にか、場には仄かな灯りが灯っていた。

そういえば、先程は真っ暗だったのにファーレの影が分かるようになったし、今は彼の輪郭もハッキリと見えるくらいになっている。


ファーレに抱えられたまま、周囲に視線を向けた。背後は壁。元々は通路だったのだろう。

だけど、今は、石で埋め立てられている。ほんの少しの隙間から、その先が見えるけど……


(魔法が使えたら、爆破してその先もいけるんだけど……)


今は、行き止まりと認識するしかないだろう。

その反対方向、つまり私たちが立っている先に視線を向けると、その奥は洞窟に続いているようだった。ファーレを見ると、彼は思いのほか真剣な顔をしていた。さながら、宝石を鑑定する職人のような集中力がある。

ぽつりと、ファーレが言った。


「……潮の匂い」


「え?」


「潮の匂いがします。……海に続いている」


その時、ファーレの話を証明するようにぴゅう、とひときわ強い風が吹いてきた。……洞窟の向こうから。その風は確かに潮の匂いを含んでいて──


(つまり……この先にあるのは、海?)


なぜ、ジェームズ・グレイスリーの邸の地下に、洞窟があるのだろう。

この先には、何がある?


じっとそちらを見ていると──コツ、コツ、と洞窟の向こうから足音がした。

固唾を飲んで見つめていると、現れたのはひとりの男性だった。


(…………誰?)


私に見覚えはない。

と、なると社交界によく顔を出す人間ではない。

その男性は、四十前後と見られる。遠目にもわかる、真っ白なシャツは恐らく(シルク)

ノリの利いたシャツに、袖口や襟に細かな刺繍が繕われたジャケット。

一目見て、裕福な人間だと分かった。そして、地位ある人間だとも。


男性は、気が弱そうな顔をしていた。

困ったように微笑むと、ファーレ──と抱えられている私に向かって、挨拶をする。


「初めまして、お客人……でしょうか?」


「……あなたは?」


ファーレが同じようににこやかに返答をする。

それに、男性は胸に手を当てると優雅に礼を執った。その動作で確信する。


彼は──


「私は、ジェームズ・グレイスリー。我が邸に、ようこそいらっしゃいました。歓迎いたします、お客人」


間違いない。この男こそが、ジェームズ・グレイスリー。セドアの街で【賢者喰い】と噂されている──悪名高い、伯爵だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ