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【書籍化&コミカライズ】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。  作者: ごろごろみかん。
三章:寓話の相違

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アルヴェールの裏側


オフェーリアとは、テオとエルゼの母であり、王の第二妃の名だ。

父は今、思い出したかのように母の名を呼んだ。

今の今まで、存在すら忘れていたかのようだったのに。


具合の悪くなった母を原因不明の病だと隔離し、王族ともあろうものが病に侵され倒れるなど、名誉を汚す恥さらしだと罵倒した。


テオは跪き、顔を伏せているから王は分からない。

彼の目が、眼差しが、どんどん冷えていっていることに。

王が母を、エルゼを侮辱する度に、テオの決意は固くなるということに。


(いつか)


王の傲慢な言葉を聞く度に、知らずして手に力が入る。


(いつか、必ず)


こいつを玉座から引きずり下ろしてやる。

エルゼと母を侮辱したことを後悔させてやる──その時、テオは誓った。自身の名に、こころに、魂に。


『まさかあの出来損ないから賢者が生まれるとは思いもしなかった。エルゼの使い道など、そこら辺の好色家に嫁がせるくらいしか思いつかなかったが……いやはや、想像以上だ』


『…………』


『お前……ロイだったな?ロイよ、報奨が欲しければなにか出してやろう。オフェーリアとエルゼの献身を、報いなければな』


『……母は』


つい、口走っていた。

あまりにも好き勝手に言うこの男が、自分の父だとは思いたくなかった。母は、父をどう思っているのだろう。

こんなロクデナシを好きだったのだろうか。あるいは、王に見初められ仕方なく嫁いだのだろうか。母から、父の話を聞いたことは無い。

話すのを嫌がっているように見えたから、テオも自分から母に尋ねることはしなかった。


テオはゆっくり赤い絨毯をじっと見つめながら、淡々と王に、自身の父である国王に尋ねた。


『母はいつ、息を引き取ってもおかしくない状況にあります。陛下は母の死を労うと、そういうことでしょうか』


『……オフェーリアのことなら、あの女自身の弱さが招いたことだ。追い出されなかったことを感謝すべきだろう。まさかお前は、私を責めているのか?』


お前ごときが、という言葉が聞こえてくるようだ。

やはり、王はテオ──オフェーリアたちを見下している。自分でどうとでもできる存在だと、そう思っているのだろう。

だから、逆らうのが許せない。


是とも否とも答えないテオに、さらに不愉快になったのだろう。王は大仰にため息を吐くと、手で振り払う仕草をした。

つまり、退室しろと言っているのだ。


『下がれ、ロイ。気分を害した。二度と私の前に顔を見せるな。その気色悪い瞳を、私に見せるなよ』


それから、思いついたように王は片眉をあげる。

あからさまに嘲笑するように、テオに言ったのだ。


『……オフェーリアの病が、お前にも感染しているかもしれんな?移されるわけにはいかん。病持ちは去れ!』


『お言葉ですが』


テオの声は、淡々としていた。

自身に向けられた侮蔑の言葉などどうでもいい。自身をどう言われようが、悪意を向けられようが、今この時においては特別重要ではない。

退室のため立ち上がりながら、テオはゆっくりと王に告げる。まるで、幼子に言い聞かせるように、はっきりと。


『報奨は、謹んでお断り申し上げます』


まさか、先程の話が今になって返ってくるとは思わなかったのだろう。面食らった様子の王だったが、しかし意味を理解するとみるみるうちに顔を赤くした。


気分がいいから与えてやろう、と思った善意(・・)が、まさか、よりによって格下相手である王子に断られたのだ。

顔に泥を塗られたも同然。

王は激昂し、すぐさまテオを追い出した。

テオもまた、それ以外何も言わずに、礼だけ執ると謁見の間を出た。




その足で母の部屋に行くと、彼女はいつものようにエルゼの行方を聞いた。答えは得られなかった、とテオが答えると、母──オフェーリアは黙ってしまった。

テオを責めなかったし、嘆くこともしない。


しかし、その心の内では、自身を酷く責め、そして悲しんでいることは──誰よりも、彼自身に伝わってきた。


『母上。エルゼは必ずオレが、連れ戻します』


『……ええ。お願いして、いいかしら』


母の弱々しい声は、テオを信じているわけではないようだった。ただ、息子の言葉を否定するわけにはいかないから──答えた、とでもいうような。それが分かって、テオは自身の無力さがあまりにも歯がゆくて仕方なかった。

まだ十五歳で、長年政争から外れて育った。

城の中にいても、放置されていた自分たちはすべての出来事の蚊帳の外に置かれている。


『……ごめんなさい、テオ。弱い母で、ごめんなさい』


エルゼの行方が知れなくなってから、度々母は謝るようになった。

テオの本名はロイだが、母のオフェーリアは彼をテオと呼んだ。

母だけが呼ぶ、愛称だった。


『私が、こんな体だから……陛下にも、見限られてしまって』


それは違うとテオは思った。

母の具合が悪いのは、彼女のせいではない。彼女だって、好きで寝込んでいるわけではない。彼女が一番、健康体を得たいと思っていることだろう。当たり前だが、好きで寝ているわけではない。


母が病を得たことで、王の態度が一変したのは事実。

王として、原因不明の病から距離をとるのは正しいのかもしれない。

だけど結果として母は、城の中でただひとり、孤独と隣り合わせに生活することとなった。

彼女の傍にはテオとエルゼ、そして二人の使用人しかいない。

オスターヴァルト公爵家から連れてきた侍女のうち、そのほとんどが実家に戻ってしまった。

今も残っているのは、彼女の乳母とその娘のヘレーネだけだ。


隔離された北の塔は太陽の陽が入らず、気は滅入るばかり。


……あまりに悲惨な状況だった。

鬱屈として、抑圧された鳥籠の中。


テオの幼少期は、そんな環境にあった。


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