【賢者食いの伯爵】ジェームズ・グレイスリー
(……おかしい)
それは、ふと感じた違和感だった。
しかし、戦場でこの手の違和感はばかにでかない。根拠の無い第六感、あるいはカンといったものが今後を分けることはおおいにある。
ファーレは手始めにローブの人間たちを無力化してからこの場を逃走するつもりだった。職業柄、人間の弱点を狙うのは慣れている。
しかし──戦っているうちに違和感を覚えた。
なぜなら、彼らは彼の攻撃を受け流すか躱すばかりで、反撃してくることはない。
彼らの魔力は異様だ。
その魔力量だけでいうならそれこそ【賢者】に匹敵するレベルだろう。エレインは知らないが、ファーレは過去に何度か彼女を見たことがある。
魔力量は、ある程度魔法を行使することが出来、さらには【魔力感知】という技法を身につけたものにしか視ることはできない。
今代の賢者であるエレインは別だ。彼女は、その高い魔力量から、技を身につけなくとも視ることは可能だろう。
だけどファーレはいたって一般的な魔力量しか保持していないので。暗部の人間としてその技を身につけることは必須だった。
アレクサンダーの手のものとして仕事をするうちに、エレインの姿も何回か目の当たりにした。姿かたちこそ、どこにでもいそうな少女だが、彼女の魔力量はそれこそ桁外れ。
素直に言うなら、化け物だった。
ウェルランの森で出会った時、彼女の魔力が見えないのはなぜなのか。ずっと気になっていたが──まさか、魔法が使えなくなっているとは思わなかった。
なぜ、エレインの居場所を報告しないのか。
彼に課された魔法契約は【エレインの居場所を密告しない】というものであり、それ以外の行動は縛られていない。
やろうと思えば、彼女を拘束し詰所なりなんなり、連れていくことはできる。
それなのに、そうしない。
それはなぜか。
(んー……我ながらどうかしてる)
彼自身、明確な答えはない。
ただ、あるとしたら。
それは、面白そうだから、だ。
貴族として生まれ、賢者の責務を理解しているくせに、その上で『恋愛結婚がしたい』と彼女は豪語した。
エレインは、義務を果たせば権利を行使できる【貴族】より、責任の伴う【自由】を選んだ。彼女は、鳥籠で生きることに息苦しさを感じる人間だったのだ。
その気持ちは──少しだけ、わかる。
思考が乱れたからか、僅かに着地の際、バランスを崩した。
「っと……」
よろけて、そのまま体勢を整え、何歩か後退した、時。
ふと、地の感覚がなくなった。
「……は?」
「えっ!?」
ファーレと、エレインの声が重なる。
見れば、物の見事に足場が消失している。先程まであった地面は、偽り──。
「はっ!?え、えええええーーー!?」
ファーレにしっかりしがみつきながらも、エレインの悲鳴──というより、驚きの声が尾を引くように穴の底へと落ちていった。
もとより用意された落とし穴だったのだ。
叫ぶエレインとは反対にファーレは舌打ちをした。
戦闘中に感じた違和感は、これだった。
彼らが攻撃を受けても反撃してこなかった理由。こちらを追い詰めるように見せて──この場に誘導していた。
おそらく、この場所に。
ファーレが着地の際、よろけたのも落とし穴の付近で土の表面がなだらかではなかったからだろう。
そのまま、ファーレとエレインは地下へと落下した。
【賢者食いの伯爵】ジェームズ・グレイスリーの邸宅の地下室に。
【二章 完】




