敵?味方?
目を瞬いてあんぐり口を開く私に、テオはソファから立ち上がってから答えた。
「ファーレは、あなたの化粧が必要だ。陽も昇りきっていないうちに部屋の行き来をするのは、ほかの客に怪しまれる可能性がある。それと」
ちら、と彼はファーレを見た。
ファーレは洗いざらしの髪にタオルを巻き付けながらも、私同様、瞬いている。彼も彼で驚いているようだ。
「もし、オレたちの正体に気がついているやつがいたら、彼女がひとりでいるのは危険だ。今のエレインは魔法を使えない。一般的に考えて、二人部屋とひとり部屋なら、女性のエレインがひとり部屋に泊まると思うはずだ。オレなら多少荒事にも慣れているし、もし誰かが忍び込んできても、対処出来る」
「なるほど……。じゃ、ご令嬢は俺と同室でいいですか?」
「うーん……」
確かにテオの言っていることは、もっともだ。
ひとりでいるところを狙われたら、魔法が使えない私はひとたまりもない。貴族令嬢として一般的な体力(つまり全然ない)、武道の心得などもあるはずがない。テオの発言は的確で、もっともではある。もっともなんだけど──ちら、とファーレを見ると彼が首を傾げた。
そして、私の視線に合点がいったようにぽん、と手を打った。
「……ああ!安心してください。俺がご令嬢にどうこう、とか絶対有り得ないので!」
自信満々に言い切ったファーレは濡れた髪をタオルで大雑把に拭きながら続けた。
「主の獲物を横取りする気は無い……っていうのはもちろんなんですけど、単純に好みじゃないですよ、エレイン。俺、年下より年上派だし。ご令嬢は色っぽさがちょっと……」
……どうしてかしら。興味が無いと言ってくれた方が私も安心出来るし、そもそもファーレが私をどうこうとか考えてもいなかったのだけど。
どうして私が振られたみたいになってるのかしら……!?
確かに私は胸は控えめ(決して貧しいわけではない)だし、色っぽさとは無縁、窓辺で静かに微笑むより外を走り回っている方が似合うと私自身思う健康体……!!風邪を引いてもたいていは寝れば治るという驚異的免疫の持ち主でもある……!!
ファーレが二十一歳であることを考えても、婚約者でもない私が彼の恋愛対象に入るとは思えない。(入っても困るが)
(……別に、ファーレの好みじゃないってだけで、イコール女性の魅力がないということでは無いものね!うんうん!)
私はどうにか自尊心を立て直すとおおきくため息を吐いた。もしかしたら、昼間に華奢だのお化粧が似合うだのと私が言ったから意趣返しだろうか。ファーレは結構根に持つ性格だと思う。
「私も、ファーレと同室で構わないわ。私は今、足を挫いているし魔法も使えないもの」
よっ、と掛け声をしてから私はベッドに飛び移った。足をくじいてから二日。まずい方向に捻ってしまったらしく、足首は未だ重症である。色は赤から黄色に変色していて、ちょっと直視していたくない。もちろん触ってもかなり痛むので、絶対安静である。
そうして、私はファーレに浴室に放り込んでもらい、なんとか身を清めると──そのままベッドで眠りについた。思えば、三日も外にいたのである。ベッドで眠るのも三日ぶり。思った以上に体は疲労していて、ベッドに体をよこたえた途端、私の意識は途切れた。
☆
「……イン……エレ……」
誰かが、私を揺さぶっている。
でも瞼は貝のように閉じていて、目を開けることはできなかった。泥濘のような眠気がとろりと私を包む。体が起床を拒否している。そのままきつく瞼を瞑り、寝返りを打つと。
「起きてください、エレイン。緊急事態です!」
──という、ファーレの声が。
その低音が、あまりにも近くから聞こえてきたので、私は反射的にばっと飛び起きていた。そのままズザザ、と音がするほど後ずさる。ベッドボードにべったりと背をつけながら囁かれた耳を抑える。
「な、なに!?何してんの!」
深夜であることも忘れ非難すると、ファーレがしいぃ、と自身の口元に人差し指をあてた。暗闇の中であっても、この近さだ。彼の顔もよく見える。
「言ったじゃないですか!緊急事態って」
囁くようにファーレが言う。
(緊急事態はこっちだ……!!)
私は、ふー……とこころを落ち着かせるように息を吐く。そして、気合を入れるようにぐっと拳を握った。
「それが年頃の乙女のベッドに忍び込んだ言い訳ってわけね。いいわ、最期の言葉くらいなら聞いてあげる」
「あー……いや、それより!」
「それよりって言った?」
その長い髪、引っ張ってやろうか。
胡乱な眼差しを向けると、私の攻撃的な感情を察したのか彼は取り繕うように両手を前に掲げた。
「いや、ほんとうに緊急事態なんですって!──テオが部屋を抜け出しました……!」




